第4話 安心

 竜崎さんがいなくなったところで、私は祐樹さんに尋ねる。


「あの、竜崎さんって私の名前を聞いて急に意見を変えたのはなんでなんでしょう?」


「……すぐわかるよ」


 祐樹さんはげんなりした顔でそう言った。





 まず、彼は部屋の案内から始めてくれた。


 月乃庭には個室が四部屋あり、あとは全て共同スペースになっていて自由に出入りしていいとのことだった。はじめに空いている部屋を紹介され、ドキドキしながら中に入ってみる。


 中は綺麗に掃除もされた洋室だった。六畳ほどで広いとは言えないが、大きめのクローゼットが付いているので収納には困らなそうだ。白っぽいフローリングは部屋全体を明るくさせくれているし、日当たりもよさそうだった。ベッドも一応おいてあるが、マットレスしかないのでパットや布団は持ち込みが必要みたいだ。


「部屋の前には簡単でもいいから、必ず名前を貼っておくこと。寝ぼけたり酔っぱらって間違えたりしないように」


「は、はい。あの、四部屋ってことは」


「俺と竜崎さんと、あともう一人女がいる」


「女性がいたんですか!」


 私は嬉しくて声を大きくしてしまった。同じ能力を持っている人たちのルームシェア、という部分に惹かれて入りたいとすぐに希望してしまったが、思えば男性たちとルームシェアなんてどうしよう、と思っていたのだ。でも女性もいるなら心強い。


「名前は秋野雅。ただ、雅はちょっと特殊で、うちでの仕事以外もバンバン受けてるから家にいないことが多い。全国を回ったり、海外に呼ばれたりもする」


「す、すごい人なんですね」


「そのうちふらっと帰ってくる」


 部屋は私の隣に雅さん、正面に祐樹さんで、斜め向かいが竜崎さんだった。それぞれ部屋に名前が書いてあるのだが、個性が出ていて面白い。


 祐樹さんは適当な紙にボールペンで書いたものが貼ってあり、雅さんは猫の柄が書いてあるネームプレート、そして竜崎さんはピンク色のネームプレートだった。


……ピンクって。そういえば名刺入れもそうだったっけ。好きなのかな。


 イメージとあまりに違いすぎる。淡々としていてクールなイメージなのに。


「こっちが共有スペース」


「あ、はい!」


 他の洗面所やリビング、ダイニングなどは自由に使っていい。家事は基本的に全て自分で行うこと。掃除に関しては分担表があるのでそれを見て、期間内に当番の所をやっておく。


 風呂場やキッチンを使うのは時間制になっているので、時間を見て動くこと。冷蔵庫に入れるものは全部名前を書くこと。


……など、細かなルールを全て教えてもらう。今まで一人の生活だったので、こういうところは気を付けて動かないといけない。私はしっかり頭に入れ込んだ。


「ざっとしたルールはこんな感じ。でも細かな部分は暮らしてみないとわかんないと思う。そのつど聞け」


「ありがとうございます。祐樹さん、親切ですね」


「え!?」


 私のお礼を聞いて、彼はすぐに恥ずかしそうに、でも得意げにした。


「そ、そうー? まあ、まだあんたの入居に賛成したわけじゃないけど、竜崎さんが決めたんならしかたねーし? 竜崎さんは忙しいから、わかんないことは俺に聞いておけ?」


 わあ、なんていうか……この人、よくも悪くも凄く分かりやすい人なんだなあ……。多分かなり竜崎さんを慕っていて、竜崎さんに近づく女性は敵意むき出しにして守ってて、でも褒められると素直に喜んじゃうタイプか。竜崎さんとは正反対。


「あ、ありがとうございます……!」


「ん、まあいいけど? あとは仕事に関してだなあ。ここに住むからには一緒に仕事をしてもらうと思うけど、まあそこは竜崎さんに聞くのが一番だな」


「分かりました……あ、あの一ついいですか?」


「なに?」


「この家の中に、変な物を一つも見ていません。何か原因が……?」


 そう、私のアパートでは廊下や部屋の中と、あらゆるところに霊がいた。塩を盛ってみたりお札を貼ってみたりしたが、あまり効果が得られなかったのだが、ここに来てから一体も見ていない。


「あーそりゃもちろん、この家にいれば大丈夫。竜崎さんがいろいろやってくれてるから」


「竜崎さんが……? あ、そういう力をお持ちなんですか!」


「そういうこと。あとは竜崎さんに聞け。ところで、荷物はこれから運び入れるんだろ? どうすんの」


 そう聞かれ、確かに、と自分の状況を思い出した。このルームシェアにすぐ食いついてしまったが、引っ越しの手続きなどまるでしていない。荷造り、今のアパートの管理会社への連絡、使っている家電などの処分も必要だろう。


「そうでした。今使ってる家電とかはいらないから、捨てたりして……」


「あー待て待て。さっき竜崎さんが言ってたことを忘れたか? お互い、どっちかでも無理だと思ったらルームシェアは解消だ。その時今住んでるところを引き払ってしまってたらあんたが困るだろう。とりあえずそのままにして、必要なものだけ持ってうちに来るんだ」


「あ、そうか……」


「最初の一か月なら、家賃とかいらないって言ってくれると思うよ」


 家賃の話が出たので料金のことを聞いてみると、私が今住んでいるアパートよりずっと安かったので驚いた。これだと財布にもかなり優しい。どんな生活が待っているかはわからないが、いろんな面でここでお世話になれたらありがたいことには変わりない。


 とはいえ、全く知らない人たちとルームシェアをして、さらに霊に関する仕事とやらもやるっていうのは、かなり特殊な環境だ。大丈夫なのだろうか。


「とりあえずざっと説明は終わり。わからないことはまたきいて」


「あ、ありがとうございます」


「あーそれともう知ってると思うけど、俺は中川祐樹、二十七歳。よろしく」


「あ、よろしくお願いします!」


「それと竜崎奏多さんは三十歳、秋野雅は二十六歳ね。みんなそれなりに近いから」


「そうなんですね。私が一番年下だったんですね……ありがとうございます」


「とりあえずあんたは自分の部屋の掃除を一旦したら? 掃除道具貸すから」


 祐樹さんに借りて、私は自分の部屋の掃除を簡単にすることにした。道具を借りてから一旦彼と別れ、一人部屋に籠る。


 パッと見たところ綺麗だったのだが、拭いてみると少し埃があったので入念に掃除をしておく。そして窓を開け、外の景色を眺めた。


 静かな住宅街の穏やかな風が流れ込んでくる。あまり車通りは多くない道なの夜も静かだろうし、過ごしやすそう。


 突然こんなことになってしまったけれど、今自分にとってはとてもありがたい話だ。どうにかこの生活を何とか変えたい。そのために、何とか慣れなきゃ。


「二人とも悪い人じゃなさそうだよね……」


 私が電車に轢かれそうになったのを助けてくれたんだし、祐樹さんもなんだかんだ丁寧に説明してくれたし、きっと大丈夫。


 そう期待に胸を膨らませたとき、外に見える電柱の影に知らない女が笑ってこちらを見ていた。がりがりに痩せ、目玉が零れ落ちそうなほど目を見開き、肩を揺らしながらずっと笑っている。


 それに気づいた私はそっと窓を閉めた。この家から一歩出れば、あんなものはうじゃうじゃいる。その現実を、改めて痛感した。


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