第一章 その2
——キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン
五限の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、生徒たちは思い思いのタイミングで体育館への移動を開始した。
『いま何を考えている?』
席も立たずに窓の外を眺めている俺に、俺のなかの化け物が話しかけてきた。
「……別に。今はとてもじゃないけど、部活動紹介なんて気分じゃないってだけだよ」
——思えば、この数日は色々ありすぎた。前触れもなく『謎の怪物が現れ街を一つ破壊した』というニュースが流れたかと思えば、その謎の怪物が自分の中に現れて、「これをやったのはお前だ」と言ってきた。「お前は人ではない」という言葉に、ただただ混乱したのを覚えている。
最初はもちろん信じていなかった。けれど昨日、化け物に飲み込まれ、実際にその視点で街を見下ろした時、あの破壊事件を起こしたのは本当に自分なのだと実感してしまった。受け止めきれない現実、止められない二度目の破壊、無力で、罪人である自分。
「うっ……!」
吐き気のようなものが全身を支配し、俺は口元を押さえた。
「どうした〜? 早く移動しろ〜」
教室をチェックしに来た先生がそう声をかけてきた。これ以上考えていても気分が悪くなるだけだけだと思った俺は、ふらつく足取りで、逃げるように移動を開始した。
「……そういえば、あれは誰だったんだろう?」
ふと、俺は化け物のボヤけた視界で見たあの宙を舞う少女のことを思い出した。人間が相手をするにはあまりに大きい、戦艦のようなこの化け物にたった一人で立ち向かっていた。記憶の混乱もあり覚えていることは少ないが、あの街が破壊されなかったのはきっと彼女のおかげだ。俺が二度目の大罪を犯さずに済んだのは、彼女が化け物を退けてくれたおかげだ。
『あれは想定外だった……。女はともかく、器がこうも未熟だったとは……』
「……どういうことだよ」
『貴様の身体が、我の力を引き出せなかったということだ。いや、身体というより精神の拮抗か……。つまり、必要なのは肉体へのアプローチではないのか……? 精神への攻撃、意思を砕くこと。それが出来れば、肉体を支配する権利が我のものに……。だがそれには——』
なにやらブツブツと呟き始める龍野郎。コイツが何を言っているのか、俺にはまるで分からない。けれど、コイツにとって不都合な事態があったことは確かで、それは俺に与えられたチャンス——この化け物につけ入る隙のように感じられた。
「……へっ! お前の思い通りになんてさせるかよ。精一杯抵抗して……、俺がお前をぶっ倒してやる」
強がりだと、ブラフだと自覚しながら、俺は強気に笑って見せた。
龍野郎は一瞬面食らったような顔をして、それから嘲笑うように鼻息を漏らした。
『楽しみにしているよ……』
そう言い残して、龍野郎は姿を消した。
「これ以上、暴れられてたまるかよ……」
——とは言ったものの、やはり俺には分かっていないことが多すぎる。まずは現状を把握しなければならない。結局俺はなんなのか、この化け物は何なのか、今何が起きているのか——知りたいことがいっぱいだ。
「どうしたらいいんだか……。——うわっ!」
「——きゃっ!」
——ドンッ‼︎
人気のない廊下の曲がり角で、俺は横から走ってきた誰かと衝突して尻もちをついた。
油断していた。一年生の大半が移動し終わった今、体育館へ向かうこの廊下を歩いているのは自分だけだと、つい上の空になってしまっていた。
腰のあたりを撫でる俺に、衝突相手が声をかけてくる。
「ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
「あ、はい、大丈夫で……、え?」
「え……? あっ!」
二色の星が、驚きに揺れた。
テーピングテープと空色のブレザーに隠された両腕、長い白髪に透き通った肌、声。クラスの女子生徒と同じ制服を身にまとい、二年生を表す青色の上履きを履いて、戸惑ったような表情をしてこちらを見つめる少女が、そこにいた。
「
俺が漏らすと、彼女は困ったように額に手を置いた。それからどこか観念したように小さく息を吐くと、あらためて俺の前に手を差し出し、どこか楽しそうに笑った。
「また会ったね、
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