第2話

 そのとき起きたことを説明しろと言われたら、春海はるみ義人よしとも、またアコウもエンザもこう答えることしかできなかっただろう。

「気がついたらそこにいた――」と。


 アコウとエンザの頭は、そのとき思考を止めてしまっていた。

 何もなかった空間に突然、二人組の男が現れたのである。アコウもエンザもその瞬間をはっきりと目撃していた。

 けれど、そんなことはあるはずがない――。というのが二人に染みついた常識だったから、そこから著しく外れた状況に遭遇して、頭はしびれたようにその働きを止めてしまっていた。 

 それでも、考えるよりも早く身体のほうが動いたのは、武人としての鍛錬の賜物だろうか。アコウはとっさに剣を抜き、目の前の男に突きつけていた。その隣では、エンザも同じく刃を男に向けていた。

 そこでようやく二人の頭も働き始める。突然現れた二人組を子細に観察する余裕もでてきた。

 床に尻をついて、息をつめてアコウたちを見上げている二人の男――というより、少年といったほうがいいほど、若く見えたが――は、格好がまずおかしかった。

 綿とも絹ともつかない、何で織ったかわからない生地でできている白の上衣と黒の下衣は、二人とも同じである。ただ、上衣の袖の長さが一人は肘程度、一人は手首までという違いがあった。

 しかしその格好など大した問題ではない。そんなことよりも、その二人組がどうやってここに現れたのか、という大きな問題がアコウの頭を占めていた。

 社の中には木でできた簡素な卓――祭壇があるだけで、神器はその上に無造作に置いてあった。

 エンザが話をしている最中、アコウは何とはなしに神器に目をやっていた。二人と神器の間には何も存在していなかった。それは確かである。

 その何もない空間に突然、わずかな空気の揺らぎとともに、その二人組は現れたのだった。

 もっとも、そのとき感じたはずの空気の揺らぎは、ありえない出来事を説明するためにつくられた、後付けの記憶であったのかもしれないが。


「何者だ、おまえら」 

 そう問われても、春海と義人は答えられなかった。二人とも、自分の身に起きたことが全く理解できていなかったからだ。

 気づいたら見知らぬ部屋の中にいて、目の前には二人の男――色白で神経質そうな年配の男と、肌が浅黒く剽軽ひょうきんそうな若い男――が立っていた。この人たちは誰だろうと思うより早く、二人の男たちが剣を抜いて目の前に突きつけてきたのだった。

 年配の男は学生服が珍しいのか、春海のベルトのバックルやワイシャツのボタンを剣の先で軽くつつく。身体を硬直させた春海が、怯える目でその剣の動きを追っていた。

 春海も義人もそれまで、刃物を突きつけられるなどという経験をしたことはない。あまりの恐怖で頭が痺れてしまって、とても質問に答えるどころではなかった。

「何者だ、おまえら。答えろ!」 

「……東浦、春海……です」

 ふたたび問いかけられて、春海がかすれた声で答えた。

「……」

 ――何を言ってるんだ、おまえは。

 義人は思わず心の中でつっこんでいた。

 初対面の四人が互いに自己紹介をしているのではないのだ。

 春海のそのとんちんかんな答えに、義人は気を揉んでしまう。

 今のこの状況で、「お名前は? ――わ、素敵」「ご趣味は? ――奇遇ですね! わたしも同じです」「え? じゃあ好きな映画は? ――えー⁉ 一緒じゃないですか。これって運命かも」なんてやりとりを求められているとでも思ったの? この人。

 そんなわけないじゃない。

 相手のことを知りたいのなら、自分のことなんかも軽く紹介しつつ、もっとにこやかにお話をするに決まってるでしょ。

 いったいどこの世界に、鼻先に刃物を突きつけて傲然と見下ろしながらプロフィールを訊ねる。――なんて独創的ゆにーくな御方がいるっていうの、この唐変木。 

 この男が求めているのは、自分たちがいったいどこから、どんな目的でこの場に現れたのか、っていう答えに決まっているじゃない。

 あーあ。まったくぶかぶか。

 ――と、大体こんな意味のことを義人はそのとき思っていた(断わっておくが、このとき義人が感じていたのは、ぼんやりとした形のもやもやとした思いであって、それをあえて言葉にすればこんな感じ、ということである)。

 春海には歯がゆいような苛立ちを覚えていたが、実際には義人とて、恐怖に身体が震えてまともに答えることなどできそうもなかった。


 アコウは困惑していた。少年たちの正体が全くわからなかったからである。

 彼は最初この二人組を、神器を狙う何者かが、何らかの術によって送り込んできた諜者の類かと考えていた。だがその線はどうにもうすいと思われた。

 盗みや暗殺を生業なりわいとする者は、肝が据わっていなければ到底つとまるものではない。当然修羅場もくぐっている。この二人組のように、刃物を向けられた程度のことでこうまで怯えるはずはない。

 もちろん、その振る舞いがこちらを油断させるための芝居という可能性も考えられる。

 しかし、床に尻をついて蒼白になっている少年たちの様子は、あきらかに刃物を向けられた経験などない人間のそれであって、芝居にしては真に迫りすぎている。先ほどから震えながらこちらを見上げているだけで、不審な動きをするわけでもない。

 ではいったい、この二人組は何者なのか。考えてみるものの、アコウにはまったく答えがでなかった。 

 異常な状況に遭遇してどうしていいかわからないときに、どんな判断を下すか、というところに人の本質は現れるのかもしれない。

 ――面倒だから斬ってしまおう。

 アコウはそう結論した。

 ぐずぐずしていれば神器をするために、紫翠しすい兵がやってきてしまうのだ。

 こんなときに手をわずらわせる二人組に対する憎悪が、アコウの心に湧いてきていた。

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