第2話 心の摩擦

人の心は、近づけば近づくほど、必ずどこかで擦れる。

それは痛みになることもあれば、温度として残ることもある。

あの頃の僕は、その違いさえ分からなかった。

陽乃詩織と、言葉を交わすようになったわけではない。 相変わらず、朝はそれぞれの席に座り、授業が始まり、放課後になれば帰るだけだ。

それでも、僕の中では、何かが確実に変わっていた。

休み時間、君は友達と楽しそうに話していた。 僕の知らない話題で、僕の知らない笑い方をしていた。

それを見て、なぜか安心して、同時に少しだけ苦しくなった。

この感情に、まだ名前はなかった。


今日は席替えの日だ。

クラスの人は楽しみで仕方がない様子だった。


なにがいいのだろう。

席が替わるだけで人はこうも心を揺さぶられる。

これも、『恋』なのだろうか。


黒板に貼られた席順表を見た瞬間、教室の空気が一斉に動いた。

あちこちから名前が呼ばれ、笑い声や落胆の声が重なる。

僕は少し遅れて、自分の名前を探した。

月原蓮――。 そのすぐ隣に、見覚えのある名前があった。


陽乃詩織。

心臓が、今度は遅れずに跳ねた。近い。

思っていたより、ずっと。

それだけで、胸の奥がざわついた。

席に着くと、君との距離は腕一本分もなかった。

椅子を引いた拍子に目が合った。

なんだろう、このざわめきは。

周りの声が遠くなるような、そんな感覚だ。

どちらからともなく視線を逸らして、同時に前を向く。

それだけのことなのに、胸の内側がひどく忙しかった。

落ち着こうとしても、うまくいかなかった。


黒板に向かう先生の声が聞こえても、内容は頭に入ってこない。

隣に人がいるだけで、こんなにも落ち着かなくなるものなのか。

それが嬉しいのか、怖いのか、まだ分からない。

ただ、距離が近づいた分だけ、心も擦れている気がした。

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