第4話 元アイドル、マッチング相手と恋に落ちる

 あれから西峰さんとは何度かデートを繰り返して結婚に合意できる男性ひとだと改めて思えました。一緒にいてとても楽しいですし、私を気遣ってくれることが何よりも嬉しいです。

 ただ一つだけ、どうしても西峰さんが英空保えくぼ推しだということが気になるのです。英空保推しなのにも関わらず私を英空保だと認識していないことが。

 最初は惚けているものだと思っていたのですが、どうやら本気で気付いていないようなので今回、気付きのヒントを出すことにしました。

「西峰さん。カラオケに行きませんか?」

「カラオケですか?」

「ええ」

 流石に英空保えくぼがセンターを務めた『風に乗って』を歌えば、いくら鈍感な西峰さんといえども私が木田英空保だと分かってくれるでしょう。何ってたって正真正銘、本人の歌唱なんですから。


 カラオケに入りドリンクと料理をオーダーしてさっそく『風に乗って』の曲番をリモコンに入れます。

 『風に乗って』の前奏が鳴り始めたと同時に西峰さんが『うおぉ』とテンション爆上がりになりました。もっと上げて下さいね。

 引退以来、歌は全く歌っていないので以前ほど声は出ませんが、まだまだイケますよ。どうですか。

「福屋さん、上手いですねぇ」

「まぁ、それはそれなりにです。結構、得意ですから」

 上手いんじゃなくて本人なんです。上手いとか上手くないとかじゃなくてこの歌声が正解なんです。

「感激しました」

 そうでしょ、そうでしょ。推しがあなたのためだけに歌ったんですからね。『もしかして福屋さんって英空保えくぼちゃんですか?』という台詞がこの後くる。そう思っていたのですが。

英空保えくぼちゃんに凄く似ていますね」

 いや、だから、似ているんじゃなくて、私、本人なんです。期待していた反応と現実が微妙に違います。だから遂に言ってしまいました。

「私、英空保えくぼなんですけど」

「なるほど。福屋さんはモノマネアイドルだったんですね」

「モノマネじゃなくて……」

「そう言えば福屋さんて何となく英空保ちゃんに雰囲気が似ていますよね」

 いや、だから何となく似ているじゃなくて本人なんですよ。


 カラオケを出てどこかで食事でもという雰囲気になった時に記者の姿を見かけました。急いで隠れたので見られてはいないはずです。ただ、安心はできません。

 こういうのはもう習慣になっていて危険な場から離れるに限ります。

「西峰さん、もしよかったらウチに来ませんか? 家で夕ごはん、どうですか?」

「えっ、いいんですか?」

「ええ、どうぞ」

 家でご飯も悪くありません。


 初めて男性を部屋に招き入れました。この部屋に男性がいることが不思議な感じです。

 アイドルだった頃は忙しかったのでほぼ外食でしたが、食べたい料理がある時には自分で作ったりもしていました。芸能界を辞めてからは部屋に引き籠りなのでほぼ自炊です。

 ですからご飯作りにはそこそこの自信があるのです。焦げた目玉焼きくらいしか作れないと思ってる皆さん、残念でした。

 西峰さんも焦げた目玉焼きの方を想像していたらしく普通に夕ごはんを作って出したら驚かれました。


 缶ビールですがお酒も飲み、楽しいお話をしていた時です。西峰さんが急に真顔になりました。

「福屋さん、僕、今日限りで英空保ちゃんの推しを辞めます」

「どうしてですか?」

「推し変します」

 推し変?

「次は誰を推しにするんですか?」

福屋美唯耶ふくや みいやを推しにします」

 不意を突かれるとはこのことです。こう言われたこの瞬間、私は生まれて初めて恋に落ちるという経験をしたのです。

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