第24話 庭師と薬師04
虎が出たということは、周りにさらなる脅威がいる確率は低いだろうという予測のもと、安心して床に就く。
ライナはどこか緊張した様子だったが、私が、
「いざという時はマロンとリルがいるからな。安心して眠るといい」
と言うと、なんとか目を閉じて寝ようとしてくれた。
翌朝。
少し眠そうなライナに朝のお茶を淹れてやってから朝食を作る。
いつも通り簡単なホットサンドの朝食だったが、わざわざ市場で購入した高級チーズを使ったので、マロンも納得の味になった。
「ここからは本当に油断できないぞ」
と声を掛け、さらに奥を目指していく。
ここから、最終目的地の山の裾野までは二日といったところだろう。
なんとなくこれからの行程を頭に描きながら、私たちは慎重に歩を進めていった。
途中いくつかの群生地を確認し、ほんの少し採取をして沼地のほとりに辿り着く。
そこでシャーリー先生が辺りの植物を観察している間、私とライナはまた周辺の警戒にあたった。
昼間は何事もなく、行動食で昼を済ませ、そろそろ野営地を探して行動を開始しようかというころ。
「なんか変な匂いがする!」
とリルが私に急を告げてくれた。
「湿地ということはリザードか? ……厄介だな」
とつぶやく私のもとにシャーリー先生が気軽な様子で近づいてきて、
「リザードなら任せてくれていいよ。どうせ、百にも満たない感じなんだろ?」
と言ってくる。
私がマロンに軽く視線を送ると、マロンは軽くうなずいて、
「せいぜい五十といったところじゃろう」
と言ってくれた。
「本当に任せていいのか?」
と一応確認する。
するとシャーリー先生は笑って、
「うん。一瞬で片付けるから問題無いよ。じゃあ、私は観察と採取の続きをしているから、後ろの防御だけお願いね」
と言い、さっさと沼の淵の方に戻っていってしまった。
「あ、あの! いいんですか?」
少し慌てたようにいうライナに、
「ああ。先生が問題無いというんだから問題無いだろう。きっと面白いものが見られるぞ」
と微笑みながら返し、一応刀を抜く。
そして、しばらくすると沼地の向こうから二足歩行のトカゲたちが「ギャーギャー」騒ぎながらこちらに攻めよせてきた。
「来ます!」
ライナが緊張したような声を上げるが、シャーリー先生に動く気配はない。
「ユーリさん!」
とライナがこわばった声を出すが、私は落ち着いて手で制し、
「見てろ。面白いぞ」
とだけ言った。
いよいよリザードの群れがこちらに迫ってくるかというその時、ようやくシャーリー先生が、いかにも「よっこらしょ」と重たい腰を上げる。
そして、何事かぶつぶつつぶやくとシャーリー先生の頭上に二、三センチほどの水の球が無数に浮かび上がった。
「ネイト!」
という声と共に水の球がものすごい勢いで射出される。
その球は迫って来ていたリザードにそれこそ雨のように降り注ぐと、一瞬でリザードを穴だらけにしてしまった。
「……すごい……」
ライナがそう言うように、その光景はいつみても凄まじいものだと私も感じた。
「ふっ。水辺で私に襲い掛かろうなんて百年早いってもんよ!」
とドヤ顔でいうシャーリー先生に苦笑いを送り、さっさとリザードの後始末に向かう。
全身を穴だらけにされてしまったリザードを積み上げ燃やし終えるころにはシャーリー先生も満足いく成果が得られたらしく、私たちは急いでその場を後にした。
何事もなく迎えた翌朝。
さっそく最終目的地の山の裾野に向かう。
上り基調の道はやや険しかったが、シャーリー先生は慣れたようすでスイスイと歩いてついてきていた。
「さて。ここからは調査に本腰を入れるからあとは頼んだよ」
と言うシャーリー先生に軽くうなずき、周辺の警戒にあたる。
開けた場所ということで見晴らしがいい分、警戒は楽だが、相手からも見つかりやすい位置にいるということをしっかり頭に入れて、油断なく周囲に目を配った。
「出るとしたらなんでしょうか?」
と聞いてくるライナに、
「地上なら熊か山羊、空からならワイバーンか最悪、グリフォンだろうな」
と気軽に答える。
「ぐ、グリフォンですか!?」
と驚くライナに、
「ああ。この辺りなら出てもおかしくないぞ。まぁ、本来ならもっと奥にいる魔獣だから確率は低いが一応頭にいれておいてくれ」
と言うと、ライナはやや青ざめた顔で、
「はい!」
と返してきた。
(まぁ、まさかグリフォンは出てこないだろうが、ワイバーンは可能性があるな。それに山羊も厄介だ。あれの角は硬すぎるからな……)
と思いつつ油断なく周辺に目を凝らす。
すると、遠くの稜線に小さく動く影を発見した。
「ライナ! 見えるか? どうやら熊らしい。一匹だからやってみてくれ。ちゃんと手助けはする」
そう言って、なにやらしゃがんで植物を見ているシャーリー先生に、
「熊だ! 討伐が終わるまで、ちょっと休憩していてくれ」
と声を掛ける。
「はい、はーい」
と気軽な声が返ってきたのを聞き、
(なんとも信頼されたものだ……)
と苦笑いしながら、熊の接近に備えた。
ノシノシと近付いてくる熊をじっと睨みつつ、ライナに、
「基本はオークと一緒だ。だが、速さがオークとはけた違いだから油断するな。やつらはたいてい首から上を狙ってくる。ギリギリでかわして懐に入り込むことを考えるんだ」
と軽く熊退治のコツを伝授する。
「了解です!」
と返事はくるが、その声はずいぶん緊張しているように聞こえた。
「大丈夫だ。最初は手本を見せる。軽く動きを制限するから、落ち着いてやるんだぞ」
と言うとまたこわばった声で、
「はい!」
と返事がきた。
熊が迫り、「グオォォッ!」と威嚇の声を発する。
私はそれに構わず一歩前に出ると、熊が怒ってその凶悪な爪を私の顔めがけて叩き込んできた。
一瞬で身を屈めると同時に踏み込んで刀を横なぎに一閃する。
その一撃で、熊の左脚が飛んだ。
「ライナ、やってみろ!」
と後ろのライナに声を掛ける。
ライナはなんだかぽかんとした顔をしていたが、すぐに表情を引き締め、
「はい!」
と力強く返してきてくれた。
足を奪われた熊が怒り狂って爪を振り回す。
ライナはそれを慎重に見極めていたが、熊が一瞬疲れた隙を見つけると、
「ここっ!」
と叫んで、熊の懐に飛び込んだ。
一撃で心臓を仕留め、勝負が終わる。
「お疲れさん。よくできたじゃないか」
と声を掛けると、ライナは軽く、「あはは……」と笑い、どっかりと地面に腰を下ろした。
「さて。次は解体だな。今夜は熊鍋だから期待していてくれ」
と言ってライナに手を貸す。
ライナはなんとも言えない顔で苦笑いすると、なんとか立ち上がって自分の腰から解体用のナイフを抜いてくれた。
丹念に指導しつつ、熊肉についてほんの少し講義をする。
「一番美味いのはこの太ももの内側の部分だ。背中の肉は硬いからじっくり煮込まないと食べられない。それに臭みも強いから、今回は処分してしまおう。食料に困っている時はスパイスを多めに塗りたくって煮ればなんとか食えるようになるからな。あばらの肉は脂が多いからしっかり脂を取り除いてくれよ。それでも焼くとけっこうな量の脂がでてくるから、焼肉にするならここがおススメだ」
そんなことを真剣に教えていると、ふいにライナがクスッと笑い、
「ユーリさんって本当に食べることが好きなんですね」
と言ってきた。
「ああ。食は命の根源だからな。けっしておろそかにしてはいけないというのが我が家の教えなんだ」
「そうなんですね。ということは伯爵家のみなさまも?」
「ああ。総じて食いしん坊だな」
「うふふ。そうなんですね。なんだか一気に親近感がわきました」
「うちはそれほど厳格な家風ではないらしいからな。家ではみんな庶民と同じものを食べているぞ」
「そうなんですね。でも、それってハンナ様がお作りになったものなんでしょ?」
「ああ。そうだな。そういう意味では王宮以上のものを食べているのかもしれん」
「なんだか羨ましいです」
そんなことを気さくに話しながらテキパキと解体を進めていく。
やがて、解体が終わるころシャーリー先生に声をかけると、シャーリー先生は少し名残惜しそうにしていたが、
「まぁ、今回はこれで十分だろうね。うん。けっこう満足のいく結果だったよ。ありがとう」
と言って、採取を切り上げてくれた。
少し山を下ったところで野営にする。
その日の夜も、熊の縄張りの中なら大丈夫だろうということで、しっかりと体を休めることができた。
翌朝。
日の出とともに帰路に就く。
私は意気揚々と歩くライナの後姿を見て、なんとも微笑ましい気持ちになりながら、その後ろをなんとも清々しい気持ちで歩いていった。
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