第11話 姫様とお茶会

ユーリのお家に来た次の日。

朝からユーリがお仕事に行くのを見送る。

僕が寂しくてつい、「くぅん……」と鳴いたら、マロンが、

「アーニャの所に遊びにいくかのう。ああ、その前にハンナにも挨拶をせねばな。昨日はなんだかんだで会えんかったからのう。きっと美味しいお菓子をくれるぞ」

と言葉を掛けてきてくれた。

「お菓子! お菓子ってあの甘くて美味しいのだよね? どんなのだろう? 楽しみだな!」

「ハンナのお菓子はどれも美味しいぞ。そうじゃ、美味しいお菓子をたくさん作ってもらって、アーニャのところに持っていってやろう。きっとアーニャも喜ぶぞ」

「うん! 僕、アーニャ大好き!」

「そうか、そうか。アーニャもリルのことが好きじゃから、きっと楽しいお茶会になるじゃろうて」

「やった! 早く行こう!」

そんなことを言ってさっそくお出かけする。

まずはハンナさんという人に挨拶すべく、ユーリの家の隣の大きな家に向かった。

「ハンナに会いに行く時は裏庭から行くんじゃ。ハンナは大体台所か井戸端におるでのう」

というマロンの案内に従って建物の裏側に行くと、そこにはたくさんの野菜や果物を洗っている人たちがいた。

「遊びにきたぞい」

マロンがそう声を掛けると、何人かいた女性のうち一人の人が立ち上がって、

「あら。いらっしゃい。その子が噂のリルちゃんね。うふふ。私がハンナよ。よろしくね」

と微笑みながら僕に挨拶をしてきた。

「リルだよ。よろしくね!」

元気に挨拶を返すと、

「あらあら。お利口さんだこと。お昼まで時間があるから、少し待っていてね」

とまた微笑みながらそう言ってきた。

「午後から、アーニャの所に遊びに行くでの。すまんがおやつを作ってくれ。とびきり美味しいので頼むぞ」

「あら。そうなの。じゃあ、午後まで退屈ね。いつもみたいにサロンでお昼寝して待ってる? それともお外で遊ぶのかしら?」

「そうじゃのう。リルはどっちがいい?」

「僕、お外で遊びたい!」

「そうか。では魔法の稽古でもつけてやろう」

「やった!」

「うふふ。じゃあ、お昼になったら呼びに行きますね」

「うむ。今日も期待しておるぞ」

「はい、はい。頑張って美味しいのを作りますからね」

そう言って僕たちは再び庭の方に移動すると、そこで、マロンと一緒に風魔法を使って木の枝を空中でくるくるまわす遊びを始める。

最初は上手くできなかったけど、段々コツをつかんでくると、今度はお互いにくるくる回る木の枝を空中でぶつけ、弾かれたりして先に地面に落ちた方が負けという遊びをし始めた。

「きゃん! また負けたぁ……」

「はっはっは。集中力が足りんのだよ。魔力にムラがあると回転が不規則になるからのう。その隙をつけば簡単に棒を弾き飛ばすことができるんじゃ。ほれ。もう一度やってみるぞ」

「うん。今度は負けないよ!」

そんなことを言いながら楽しく遊んでいると、そこへハンナさんではない女の人がやってくる。

僕が誰だろう? と不思議がっていると、マロンが僕に、

「あれはメイドといってのう。この家の家事を手伝うことを仕事にしておるやつらじゃ。まぁ、言ってみればハンナの部下というところじゃの」

と教えてくれた。

「マロン様、リル様。お昼の準備が整いました。どうぞ」

と、にこやかに言ってくれるそのメイドさんについて、屋敷の方に戻っていく。

そこで僕は驚愕の体験をした。

「わっふーん! これ美味しい! なにこれ! とっても美味しくて止まらないよ!」

そう言って目を輝かせる僕にマロンが、

「それはチキンナンバンという料理じゃ。ふっくらした鶏肉とカリカリの衣、それに甘酸っぱいタレとタルタルソースの濃厚さが合わさって、絶妙なハーモニーを奏でておるじゃろ? これはこの家でしか食べられんそうだから、心して味わえよ」

と教えてくれた。

「うん! 白いお米とよく合うね! 止まらなくなっちゃうよ!」

「うふふ。たくさんあるからお替りしてね」

「うん! お替り!」

そう言って、ガツガツ食べて、お櫃というお米を入れていた入れ物がすっかり空になったころ、僕はようやく満足して、その場に寝そべった。

「これこれ。食べてすぐに寝るではない。ごちそうさまが済んでおらんぞ」

「そうだった! ハンナさん。ごちそうさま!」

「はい。お粗末様でした。今お茶をいれますね」

「うむ。わしの分は少し渋めでたのむぞい」

「はいはい」

そう言ってハンナさんが席を立っていく。

やがて戻ってきたハンナさんにお茶をもらって、ゆっくりとお腹を落ち着けた。

大きな器に入れられたお茶をぴちゃぴちゃ飲む僕に向かってマロンが、

「リルもそのうちこう、ちゃんと器を手に持って飲めるようになるといいぞ」

と言ってくる。

僕は、頑張って真似をしようとしてみたけど、どうやっても出来なかった。

「それ、どうやってるの? 難しくてできないよ」

「純粋な魔力で器を覆って、手にくっつけるんじゃ。繊細な魔力操作が必要になるから、一朝一夕にできるようにはならんが、練習すればリルもきっとできるようになるから、頑張って練習してみようぞ」

「うん! 僕がんばるね!」

「うむ。その意気じゃ」

「うふふ。頑張ってねリルちゃん」

「うん!」

そんな楽しい会話をして、お茶を飲み終え、

「今日はリンゴのタルトを焼きますから、出来上がるまでゆっくりして待っていてね」

というハンナさんの言葉に元気よく返事をして、いつもマロンがお昼寝をしているというサロンに向かった。

ぽかぽかと優しい陽の当たるサロンの床に寝そべって幸せを噛みしめる。

「美味しかったねぇ……」

「ああ。ハンナの料理は世界一じゃ」

「うん。僕、ユーリの所に来られて幸せだよ」

「ああ、そうだろうとも。なにしろわしもこの料理が無ければこの家に居つこうとは考えておらんかったからな」

「そうなの?」

「うむ。世界樹からユーリを助けろとは言われたが、最初は森におって時々手伝う程度にするつもりじゃった。しかし、ユーリが持っていたスープの素で作ったリゾットが美味しくてのう。それで、詳しく話を聞けば、それはハンナが作ったというではないか。それにケチャップやらマヨネーズやら、わしの聞いたことのない調味料の名をあげよってのう。それで、興味が湧いて、この家に来たんじゃ。そしたら、このザマよ。もう、ハンナの料理無しでは生きていけんほどの虜にされてしまったわい。ほんに、ハンナの腕は恐ろしいものじゃ」

そう言って目を細めるマロンの顔はどこまでも嬉しそうに見えた。

(そうか。この家にはまだまだ僕の知らない美味しいものがたくさんあるんだ……。これからも毎日が楽しみだな)

と思いながら、ニコニコな気分で目を閉じる。

すると、すんなりと眠気がやってきて、僕はそのまま幸せなまどろみに落ちていった。


やがて、

「タルトが焼けましたよ。アナスタシア殿下によろしくね」

というハンナさんの声で目を覚まし、今度は昨日も行った王城に向かって歩いていく。

こちらも、裏口に向かいマロンが適当におとないを告げると、すぐに扉が開き、また、メイドさんの案内でお城の中を進んでいった。

やがて綺麗な飾りつけがされた扉の前に着き、

「アナスタシア殿下。マロン様とリル様が遊びにいらっしゃいました」

「ええ。入れて差し上げて」

というやり取りがあって、扉が開けられる。

僕とマロンが部屋に入ると、アーニャがニコニコ笑いながら僕たちを迎え入れてくれた。

「ようこそ。さっそく遊びに来てくれてうれしいわ。すぐにお茶の用意をしますからね」

「うむ。ハンナからリンゴのタルトを預かってきたでのう。一緒に食おうではないか」

「あら。それは楽しみですわ! ジル。さっそく取り分けてちょうだい」

「かしこまりました」

アーニャがジルと呼ばれたメイドさんにタルトを取り分けるよう指示すると、ジルさんは静かに微笑みながら、綺麗にタルトを切ってくれた。

「この時期のリンゴは甘いでのう。きっと今日のタルトも美味しくできておるじゃろうて」

「ええ。ハンナの料理に間違いはありませんからね」

「うむ。その通りじゃ」

「わっふ! 早く食べよう!」

「ええ。そうね。さっそくいただきましょう」

そう言ってアーニャが小さく切ったタルトを上手に口に運ぶ。

マロンも同じようにしていたが、それができない僕は、ひと口でガブリとタルトを頬張った。

「あら。リルちゃんったら豪快なのね」

「ははは。こやつはまだ、細かい所作を覚えとらんでのう。まぁ、そのうちできるようになるじゃろうから、今は勘弁してやってくれ」

「うふふ。いいのよ。たくさんありますから、たんと召し上がってね」

「うん! これすっごく美味しいね! もう一つちょうだい!」

「あらまぁ。リルちゃんも食いしん坊さんなのね」

「ははは。あの家の人間で食いしん坊じゃない人間はおらんからのう。リルもすっかり染められてしまったわい」

「うふふ。ハンナの魔法にかかってしまったのね」

「ああ。そういうことじゃ」

と笑いながら今度はゆっくり味わうようにリンゴのタルトをかじる。

そして、お茶を飲みながら、アーニャやマロンと色々な話をした。

「私ったら少し体が弱いでしょ? だからお父様もお母様も心配してなかなか外に出させてもらえないの。だから、マロンから外の話を聞くのをとっても楽しみにしているのよ」

「ああ。といってもユーリがどんな仕事をしているかという話と、グランフォード伯爵家でどんな料理が出てきたかという話ばかりじゃがな」

「そうね。でも、市場の様子や町の人たちの暮らしのこともお話ししてくれるでしょ?」

「ああ。王族として知っておいた方がいいことだろうと思ってな」

「ええ。この国の人たちが幸せに暮らしていることはとっても嬉しいわ。でも、足りないところもたくさんあるでしょ? だからそういう小さなことに気が付ける王族でありたいと思っているの」

「うむ。心がけは立派じゃ。しかし、焦る必要はないぞ。アーニャはまだ若いんじゃから少しずつ覚えていけばよい」

「そうね。マロンちゃんが来てくれてから、ほんの少し体の調子も良くなってきたし、そのうち、町の視察に出るっていう目標も持てるようになったわ」

「そうか。それはよかったのう。アーニャは魔力が滞りやすい体質をしておるからな。今はわしが時々、魔力を循環させて調子を整えておるが、本来なら聖魔法を使えるものに毎日少しずつ魔力を循環してもらうのがよい。まぁ、聖魔法の使い手が限られるから、それはなかなか難しいことじゃというのはわかっておるがのう」

「そうね……。お父様も頭を悩ませておいででしたわ」

「……アーニャ、どこか悪いの?」

「うふふ。大丈夫よ。リルちゃん。さっきも言ったように今はマロンちゃんが時々調子を整えてくれていますからね。ずいぶん元気になったのよ」

「そっか……。あのね。僕もアーニャのこと応援する! だから早く元気になってね!」

「ありがとう。リルちゃん。元気になったらお外で一緒に遊びましょうね」

「うん!」

最後は明るい空気に包まれて楽しいお茶会が終わる。

「またきっと遊びにきてね」

「うん!」

「ああ。ユーリのやつが森に入っていかんうちは毎日でもこようぞ」

「ありがとう」

そう言って別れ、僕たちはユーリの家に帰っていった。

ユーリの家に着くと、すでにユーリは仕事から帰って来ていたので、連れ立って隣の家に向かう。

そこで、ノンナとも初めましての挨拶をすると、

「今日はリルちゃんの歓迎会だから、すき焼きですよ」

とハンナさんが言って、食事が始まった。

そこでまた衝撃を受ける。

「これ、すごい! お肉が甘くて、とろとろの卵につけるともっと美味しくて……。すごい! すごいよ、これ!」

そんな言葉を失ったような感想しか言えない僕をみんながニコニコ笑いながら見つめてくる。

僕はちょっと照れたような気持ちになり、

「えへへ……」

と笑ってまたすき焼きを頬張った。

ほかほかの湯気の向こうでみんなも笑っている。

僕はその光景を見て、

(本当に、この家に来られてよかったなぁ……)

という思いを噛みしめた。

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