第10話 わんこと謁見02

「まずは、このような事態になった経緯を説明いたします。といっても、突然のことでしたので、私たちも最初は驚いたのですが……」

そう言って、オークロード討伐の際、リルがいきなり現れて討伐を手伝ってくれた時の様子をかいつまんで説明する。

その説明に王はうなずき、

「ということは、やはりリル殿はユーリと共に行動すると考えてよいのだな?」

と念を押すように聞いてきた。

「本人はそのつもりのようです」

「ユーリ自身はどうなんだ?」

「はい。私もリルの望みをかなえてやりたいと考えております」

「……そうか。あいわかった。しかし、そうなると妙なやっかみを起こすやつらも出てくるだろうな……」

「申し訳ございません……」

「いや。そなたが謝ることではない。しかし、頭の悪い連中は、またグランフォード伯爵家かと愚痴の一つもこぼしてくることだろう。その辺りの政治向きのことは私に任せておくがよい。しかし、将来的にはそれなりに身の振り方を考えてもらわんといかんようになるだろう。その辺りは覚悟しておけよ?」

「……かしこまりました」

その会話で私の気が一気に重くなる。

それを察したのか、リルが気遣わしげに、

「くぅん……」

と鳴いて、私に頬ずりをしてきた。

「ははは。大丈夫だ。心配かけてごめんな」

そう言ってリルを撫でると、リルは少しだけ笑顔を見せ、

「僕も頑張るね」

と言ってきてくれた。

そこで話は終わりだろうと思い、立ち上がろうとしたが、そんな私の横をリルがすたすたと王族のもとへ歩いて行き、アナスタシア殿下の前にちょこんとお座りすると、

「僕、リル! お姉ちゃんは何ちゃん?」

といかにも人懐っこい感じで質問した。

「あら。私はアナスタシアよ。でもお友達はアーニャって呼ぶから、リルちゃんもアーニャって呼んでくれるかしら?」

「うん! アーニャ、すっごく綺麗な魔力だね。近くにいるとぽかぽかするよ!」

「あら。そうなの? ありがとう。ねぇ。撫でさせてもらってもいい?」

「うん。してして!」

「うふふ。まぁ! リルちゃんの毛ってとってもふかふかで気持ちいいのね」

「えへへ。そこ撫でられるととっても気持ちいいかも!」

「よかった。また撫でてあげるから、また私の所に遊びに来てくれる?」

「うん! 行く!」

「ありがとう。リルちゃんは優しいのね」

そう言って優しく微笑むアナスタシア殿下にリルが頭をグリグリと擦り付けて気持ちよさそうな表情になる。

そこへマロンがひょっこり顔を出し、

「アーニャは聖魔法の素養があるからのう。力は弱いが、純粋で良い魔力をしておる。わしら神獣にとってはその魔力がとても心地よく感じられるんじゃ。だからこれからも時々リルの相手をしてやってくれ。ああ、もちろんわしもな」

と周りにいるみんながわかるように状況を説明するようなことを言ってくれた。

そこからしばらくアナスタシア殿下とリルが戯れるのをみんなして眺めるという時間になる。

その空間は王室のサロンではあるが、どこか家庭の食卓を思わせるような和やかな空気が流れ、一同微笑ましく、きゃっきゃと笑う二人を眺め続けた。

そこへ執事がやってきて、王に、

「会場が整ってございます」

と一言告げる。

「では、行くとするか。面倒ではあるが、うるさい貴族連中もおるからな。しっかりリル殿はユーリと共にあるという所を見せておかねばならん。リル殿。リル殿はユーリと一緒にいて、美味しい物をたくさん食べてもらっていればいいからな。あまり緊張しないでほしい。面倒なやりとりはこちらで全て引き受けるゆえ、貴族の質問にも答えなくてよいぞ」

王の気遣い溢れた言葉に軽くうなずき、みんなして会場の大広間に向かう。

私は内心、

(面倒なことになったな……。将来、ある程度覚悟しておけというのはおそらく爵位うんぬんだろうが、そればっかりは避けてほしいものだ。しかし、人間社会の中でリルとマロンをしっかり守ってやるのも私の役目だ。これからは気を引き締めてかからんとな……)

と思いながら、王の後に続き、静かに大広間の扉をくぐった。


きらびやかな室内に大勢の着飾った貴族たちがいる。

その光景に私はやや気圧されつつ、王に続いて上座に最も近い場所に座った。

目の前にはこれでもかというご馳走が並べられている。

きっとリルをもてなすために、急ごしらえで作ってくれたのだろう。

そのことに感謝しつつ、私は王の言葉を黙って聞いた。

王の挨拶を要約すると、神獣であるリルが自らの意思で私の前に現れ、共に行動することを望んでいる。

そのことに王家は一切関与していないし、これからも関与するつもりはない。

神獣というのはあくまでも森を守護する存在であって、同じく森を守ることが国の根幹だと考えている王家もそれに協力し、様々な事態に対応することになるだろう。

よって、この国が、神獣の加護を得たなどと思ってはいけない。

グランフォード伯爵家もまたしかりである。

神獣とはこの森に接する人みんなと共にあるものだ。

けっして、一国の権力、または一個人の力のもとにあるものではない。

そのことを忘れてはならない。

という内容だった。

私はそこまで予防線を張ってくれた王に感謝し、

(これで当分の間は今まで通りの生活が送れそうだな)

と密かに安堵した。


その後、本当に面倒なやり取りを全部王家が担ってくれたおかげで、何事もなく晩餐会が終わる。

私はあまり味のしない料理を一応、口に運んだという感じだったが、マロンとリルはどれも美味しそうに食べていたから、きっとどの料理も美味しかったのだろう。

そんなことを思いつつ、カイゼルさんと一緒に大広間を後にする。

いつも通り王城の裏庭を抜け、伯爵家の離れに入ると、どっと疲れが込み上げてきた。

「はぁ……、全部美味しかったなぁ。また食べたいなぁ」

無邪気にそう言って私にじゃれついてくるリルを撫でてやりつつお茶を淹れ、どっかりとソファに座り込む。

「なんじゃ。やけに疲れておるのう。もしかしてリルのことを負担に思っておるのか?」

マロンが少しからかうような感じでそんなことを言ってくるのに、

「ふっ。貴族うんぬんのことは少し気が重いというのは事実だな」

とこちらも冗談めかして答えるとリルが不安そうに、

「僕、迷惑?」

と聞いてきた。

どうやら、私たちの会話を真剣に受け止めてしまったらしい。

私は少し慌てて、

「そんなことないぞ。リルという新しい家族ができてうれしいんだ。まぁ、貴族とかそういう人間社会ならではの面倒なこともあるかもしれんが、いざとなればそんなもの全部捨ててしまっていいものだからな。だから、リルはなんにも心配することはないぞ? これからも、一緒にたくさん食べてたくさん冒険しよう。そして、楽しく生活していれば、そのうちみんな落ち着いて現状をさらっと受け入れてくれるさ」

と言うと、出来る限り優しく微笑み、リルをわしゃわしゃと撫でてあげる。

すると、リルはさも嬉しそうに、

「わっふ!」

と鳴いて私に頭をぐりぐりとこすりつけてきた。

ふんわりとした温もりが我が家の小さなリビングを包み込む。

私たちはその空気を楽しむように、ゆっくりとお茶を飲み、静かにその日を終えていった。


翌朝。

いつも通り夜明け前に目を覚まし、木刀を振る。

稽古を終え、台所に入るとさっそくマロンがやってきた。

「今朝はなんじゃ?」

「いつも通りだよ。ああ、みそ汁は具沢山にしようと思うが、なにか入れて欲しい物はあるか?」

「うむ。たまには豚汁にせい」

「了解」

いつも通りの会話でいつも通り朝食の準備を整える。

そして、小さなダイニングに朝食を並べていると、リルが元気に起きてきた。

「いい匂いだね! これなぁに?」

「これは豚汁といって、豚肉入りのみそ汁だ。こっちは卵焼きだな。甘くて美味しいぞ」

「やった! 早く食べよう!」

「ああ。そうだな。いただきます」

「「いただきます!」」

いつもより少しにぎやかになった我が家の食卓に美味しい笑顔がこぼれ落ちる。

私はその光景を好ましく思い、

(これからもこのにぎやかな光景が続けばいいな……)

と思いながら、熱々の豚汁をズズッとすすった。

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