沈丁花

七鳴

第1話 春を待つ花

九月の終わり頃

母は、しずかに庭にしゃがんでいた。

空はオレンジ色となり、帰ると子供たちの声が聞こえてくる。

「何してるの?」

カバンを置きながら聞くと、母は手を止めて顔を上げた。


「沈丁花、植えてるの。春になるといい匂いがするんだよ」


「沈丁花って?」

「沈丁花はね、春に咲く花なのよ。

冬は地味だけど、春になれば、いい香りがするのよ。」


そう言って笑う母の手には、土が少しついていた。

なんでそんなに落ち着いていられるんだろう。

こっちは毎日、時間に追われてるのに。


受験生の秋。

学校では「判定」「偏差値」「志望校」「推薦」。

その言葉ばかりが飛び交っている。


「大丈夫?」と聞かれるたびに、

自分でも何が大丈夫じゃないのか、よく分からなくなってた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る