第一章
もしもし
「もしもし」
ああ、耳が甘い。
「もしもし、めーじくん、聞こえてる?」
「聞こえてるよ」
「ふふふ、よかった」
今、僕が死ぬとしたら、それでいいや、とすら思えた。我が生涯に一片の悔いなし。好きな人と通話してるだけなんだけどね。
「「あのさ」」
あ、言葉が被った。ここだけ切り取ったら初々しいカップルっぽくないか。
「あ、桜庭さんごめん、先どうぞ」
「うん。めーじくんさ、『白雪姫』についてどう思う?」
桜庭さんの『どう思うクイズ』だ。僕の意見を聞いているようで、会話を誘導されて、いつの間にか桜庭さんの中の正解を当てるクイズになる。
1学期のとき、休み時間、給食、体育、移動中など、隙間時間があったらよくやっていたので、おおよその正解はわかるようになった。
「『チョロい女』。王子がキスして助けてくれただけで、惚れて結婚してしまうから」
「キスはディズニー版の話だよ。でも、わたしの意見も同じ。白雪姫は『精神的ビッチ』」
かわいい声から不似合いな単語が飛び出した。これは学校ではできない話だな。
「イケメンに助けられたら惚れてしまう程度の女、ビッチだから。イケメンを恋人にすることも助けられることも、詰まるところは自分の利益。自己利益追求型ビッチだね」
「じゃあ逆に、王子を救って恋に落ちた人魚姫は?」
「めーじくん、どう思う?」
「……。『面食いビッチ』」
「正解!」
嘘だろ。
「最初に助けられていない分、面食い要素がそれだけ強いビッチってことになる。わかってるね、めーじくん」
「そう……かな。自分で言っておいてあれだけど、『ビッチ』要素はちょっと微妙じゃない? 文字通り死ぬほど一途だし」
「一目惚れからの自己犠牲はただの自己陶酔だよ。愛が浅いよ。そして『愛が浅い』は『ビッチ』の同義語だからね。ちなみに対義語はわかるよね?」
「『恋愛しない処女アイドル』。愛するのはファンだけ。『愛が深い』から、プライベートでは恋愛しない。ファンがどんなに醜くても、全身全霊で、自分の人生を削ってファンに愛を与える」
「そう。この世にそのような存在が本当に居るのかと疑問に思うよ。でも、わたしは精神的にはそこを目指したい。……アイドルにはならないけどね」
「それ、本当にもったいないと思うけどな。桜庭さんの精神的理想がそれだったら仕事にすればいいのに。忙しそうで嫌なのはわかるけど、事務所の人と相談したら調整できるかもしれない」
「アイドルには消費期限があるから、事務所は売れたらスケジュールギチギチにするに決まってるよ。わたしは規則的な時間に寝ないといけない体なんだ。これは体質の問題だから、愛ではどうにもできない」
「じゃあ、桜庭さんは将来何になりたいの?」
「ちょうどいいのが見つからないんだよね。やっぱり自分の容姿を活かしたいけど、口説かれる面倒さは避けたい」
「YouTuberは?」
「レッドオーシャン過ぎるよ。VTuberの方が売れてるし。流石のわたしも2次元には勝てないよ。多分収益化すらできないと思う」
「でも僕、じいちゃん家の猫の動画で収益化できてるよ。小遣い程度だけど」
「えっ、そうなの!」
スピーカーが破裂しそうな大声だった。
「めーじくん、もしかして天才?」
「アルゴリズムにうまく引っかかっただけだと思うよ。でも、収益化できるような動画編集はできるという自負はある」
「じゃあ、明日めーじくんの家に行って機材とか見せてくれない? できそうなら動画撮影もしてみたい」
「いいよ」
明日は土曜日だ。自分の部屋、掃除しなくちゃ。
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