好きな娘が処女厨過ぎて付き合えない
沢尻夏芽
プロローグ 終わりのない始まり
中学2年の10月。
僕は自分の人生の残り全てを、決して報われない恋に全ベットすることにした。
相手は、桜庭さくらさん。
学校一の美少女と噂されている彼女は、生涯恋人を作らないことを宣言している。結婚はしたくない、子どもも要らない、そもそも人と接触するのが嫌い、だから恋人は作らない、と。
(この理由は実は正確には違うのだが、そのうちわかるだろう)
そこを覆して何とかならないか、と数多の男が告白し、玉砕してきた。
それでも僕は、放課後、彼女を屋上に呼び出した。
告白ではない、と告げて。
◇ ◇ ◇
屋上に行くと、桜庭さんが既に待っていた。
長いストレートの黒髪が秋風になびいてさらさらと揺れていて、そこだけ世界のレンダリング精度が高かった。
「来てくれてありがとう、桜庭さん」
桜庭さんは穏やかな顔をしているが、そこには少しだけ失望の陰りがある。告白ではないと言われて呼ばれつつ、実は告白だったってパターンも経験しているのかもしれない。
「ごめんね、人に聞かれるとややこしくなる話だったから」
桜庭さんは、まるで小動物を見るように優しく僕を見ているけれど、同時に今にも泣きそうにも見える。
「1学期、僕は桜庭さんの隣の席で楽しかった。桜庭さんが案外オタクで、他に誰も知らないようなレトロゲーや漫画の話ができて、毎日学校に来るのが楽しみだった」
「……わたしも楽しかったよ、めーじくん」
言葉とは裏腹に、桜庭さんは眉尻を下げていて目に光もない。この後来るであろう破滅を予感しているのだ。
――またか。
きっとそう思っているのだろう。
「ごめん、先に結論を言うとね、僕は桜庭さんと——」
沈黙。
あんなに頑張って捻り出した戦略なのに、声が、言葉が、出てこない。
おそらく数秒にもならない時間が、とても長く感じた。
でも、長引けば長引くほど、誤解される。
言わなければ。
「僕は、桜庭さんと……友達になりたい」
「えっ?」
驚きとともに、桜庭さんの表情がぱっと明るくなった。それがとても嬉しかった。
「桜庭さんの人生のスタンスは理解しているよ。僕は桜庭さんの彼氏になりたいわけじゃないし、桜庭さんとキスとかそういうことをしたいわけでもない」
嘘である。
「でも、僕は桜庭さんと放課後に遊んだり、休日にゲームでボイチャしたりしたいんだよ。楽しそうだから」
これは真実だ。
「——それは……、わたしも楽しそうとは思うけど……。でも、そういうのって結局恋になっちゃうってよく言わない?」
「桜庭さんは、全ての男が自分に惚れると思っているの?」
「そこまで自惚れてはないよ」
「じゃあ、桜庭さんに惚れない男の中に僕がいてもおかしくはないよね?」
「まあね」
「僕は桜庭さんと一緒に遊ぶのが本当に楽しそうだと思ってて、それだけなんだ。多分、僕は普通の人とは性的嗜好が違う。うまく言えないけど、違うんだ」
これは嘘と真実が混ざっている。桜庭さくらのそばで、絶対に報われない恋をしようとしているのだから、普通の人とは性的嗜好が違うとも言えると思う。
「ああ、そういう……」
ゲイやアセクシャルだと思っているのかもしれない。いいよ、それで。桜庭さんの思う僕のイメージを、生涯貫き通そう。
「桜庭さん、どうかな? 友達にすらなれません、というのは言いにくいと思うけど、もしそうならちゃんと受け入れるから安心して言ってほしい。それで僕が傷つくことはないよ。性格が合わないってだけで、よくある話だから」
「合わないなんて思ってないよ。実はわたし、ちゃんと友達と呼べる人がいなくて。女子は距離を取ってくるし、逆に男子は距離を必要以上に縮めようとしてくるから。友達になりたいって言ってもらえて嬉しいよ」
桜庭さんが少し頬を赤らめながら、こぼれるような笑顔を僕に向けているのが嬉しい。
僕にはそれだけでいい。
僕の人生なんて、どうせ実らない恋しかできないだろうから。だったら好きな人の笑顔を近くで見れることが、僕の人生における幸せの最高到達点だ。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
桜庭さんが右手を差し出してきた。
僕はズボンで手を拭いてから、右手を出して桜庭さんと握手する。
こうして、僕の出口のない恋が始まった。
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