第19話 拾った命と、お財布へのダイレクトアタック


「さて、旦那様。オリーブオイルの積載は完了しました。これでカレンシーのギルドでの用事は済みましたが……本当によろしいのですか?」


 カレンシーの港。初夏の爽やかな海風が吹く中、愛船である魔導船の甲板で、従者のサクラが呆れたように問いかけてきた。

 相変わらず、肌が発光しているんじゃないかと思うほど艶めかしい。こいつ、俺の精気を吸ってからというもの、無駄にフェロモンを撒き散らしていないか?


「いいんだよ。親父の残した謎……オネスティー家の『黒歴史』を知っちまった以上、俺は親父の真実を知らなきゃならない。そのためには、あの岩礁地帯の調査は避けて通れない道だ」


 俺、グラス・ド・オネスティーは、海に向かってキリッとカッコつけた。

 まあ、本音を言えば「商売のついで」だ。オリーブオイルを南方の迷宮に近い無人島周辺の国へ売りに行く。その航路の途中に、例の岩礁地帯があるのだから、寄らない手はない。


「それに、あのチェストの件も気になるしな」


 以前、俺たちが回収した謎のチェスト。中には俺も見たこともない文字で書かれた紋章が入った航海日誌などが入っていたが、だが、サクラには読めるらしい。

 そう、サクラが言うにはあれはサクラやこの魔導船を作った連中の記したものらしい。

 そのサクラの解析によると、あれは「個人の所持品」ではないらしい。


「ええ。以前申し上げた通り、あれは補充物資、あるいは修理用の備品チェストの可能性が高いです」


 サクラがこめかみに指を当て、講義モードに入る。


「決め手は羅針盤です。通常、羅針盤は船橋(ブリッジ)に固定されています。それがチェストの中に放り込まれているということは、予備か、あるいは新造船へ運ぶ途中だったか……いずれにせよ、あの場所で『船そのもの』が沈んだわけではないのかもしれません」


「つまり、運搬中に荷崩れで落ちたか、あるいは……」


「あるいは、緊急時に投棄されたか。なんにせよ、あの辺りにはまだ『何か』があるはずです。旦那様のその、空っぽの頭でも理解できるように言えば……宝探しの続きですよ」


「お前、さらっとディスるのやめない?」

 

 そんなわけで、俺たちは一日休養を取った後、カレンシーを出港した。

 目指すは南。魔導船のエンジンが軽快に唸りを上げ、波を切り裂いていく。

 最初の目的地である「以前チェストを見つけた岩礁地帯」にはすぐに到着した。

 だが。


「……何もないな」


「ありませんね」


 海は広く、そしてただただ青い。岩場が波間に顔を出しているだけで、人工物は影も形も見当たらなかった。

 一日かけて周辺をくまなく探索したが、成果はゼロ。


 俺ががっくりと肩を落としていると、サクラが「あ」と思い出したように声を上げた。


「そういえば旦那様。私の記憶領域の隅っこに、もう一箇所、似たような岩礁地帯のデータがありました」


「それを先に言えよ!」


「人間の脳と違って、私のメモリは整理整頓が必要なんです。ここの南、通常の帆船なら一、二日の距離ですが、本船の魔導エンジン全開なら半日で到着します。行ってみますか?」


「行く一択だろ!」


 サクラの提案に乗り、俺たちはさらに南下した。



 これから向かう途中には、ついで商売するつもりの港もあるので、途中によって積んできたオリーブオイルをギルド荷下ろしたが、ここで仕入れる商材が見当たらない。


 時間が惜しかったこともあり、そのまま次の予定、そう本来の目的である宝探しに向け船を南に進めた。


 半日後。目の前に現れたのは、ギザギザとした岩が海面から突き出す、船乗りにとっては悪夢のような海域だった。


「あそこ! 何かあるぞ!」


 俺が指差した先。岩の間に、木片のようなものが引っかかっている。

 近づいてみると、それは大破したボートの残骸だった。そしてその近くに、見覚えのある形状の箱――チェストが浮いている。


「ビンゴか!?」


 期待に胸を膨らませて回収してみたが、結果はハズレだった。

 チェストは現代でもよく見るありふれた量産品で、中身も水浸しになった粗末な衣類や、錆びたナイフ程度。


「……世知辛いな」


「現実は小説より奇なり、とは言いますが、現実は単に地味なだけということも多々ありますね」


 サクラが冷めた目で濡れた衣類をつまみ上げる。

 だが、俺は諦めきれずにボート周辺をさらに目を凝らして探した。

 すると。


「おい、サクラ! 岩の陰に誰かいる!」


 ボートの残骸から少し離れた岩場に、ぐったりとした人影があった。

 急いで船を寄せ、俺とサクラは岩場に飛び移る。

 そこにいたのは、獣人の少女だった。


 ボロボロの衣服をまとい、肌は青白く、ピクリとも動かない。だが、頭には猫のような耳がついている。


「息は……ある、か? 微かだけど」


「どいてください、旦那様」


 サクラが割り込み、手際よく少女の脈と瞳孔を確認する。


「生存限界ギリギリです。あと半日、いえ、数時間発見が遅れていれば手遅れでした」


 サクラは華奢な見た目に反して、軽々と少女を担ぎ上げた。お米の袋でも運ぶような気軽さだ。


「魔導船の医務室へ運びます。旦那様は急いで船を出してください。ここを離れますよ!」


「わ、わかった!」


 魔導船の船内にある一室。そこは俺もあまり立ち入らない区画なのだが、サクラに言われるがままに少女を運び込むと、俺は目を疑った。

 そこには、ファンタジー世界には似つかわしくない、謎の機械やチューブが並んでいたのだ。


「サクラ、これは……?」


「古代の医療ポッド……のようなものです。説明している時間はありません」


 サクラはテキパキと少女を台座に寝かせると、どこからともなく取り出した、見たこともない機材やコードを少女の身体にセットしていく。


 ピ、ピ、と電子音のようなものが響く。

 俺がポカンとしていると、サクラが振り返った。


「旦那様、ここは私に任せて、船をカレンシーに向けて走らせてください。全速力で」


「えっ、あ、ああ!」


「少女の容態は安定させることはできますが、ちゃんとした治療には神官の魔法が必要です。急いで!」


 尻を叩かれるようにして、俺は操舵室へと駆け戻った。

 復路はまさに弾丸ツアーだった。

 サクラの指示通り、俺は魔導エンジンを限界まで回した。だが、しばらくするとサクラが操舵室に上がってきた。


「処置は終わりました。とりあえず生命維持は確保しましたが、予断を許しません」


「そうか……よかった」


「操船を代わります。旦那様だと遅すぎます」


「え?」


「私がやります。旦那様は下に行って、あの子の様子を見ていてください。何、アラートが鳴ったら私を呼ぶだけでいいです」


 言うが早いか、サクラは俺を操舵輪から引き剥がし、自ら舵を握った。

 その瞬間。

 ドォォォォォン!!

 船が悲鳴を上げ、景色が後方へすっ飛んでいく。


「ちょ、速すぎだろおおおお!?」


「『ドラクマ』に最初に向かった時と同じ設定です。これなら朝にはシルヴェール沖に着きます!」


 サクラの顔が、スピード狂のそれになっていた。普段は冷静沈着な従者が、ハンドルを握ると性格が変わるタイプだったとは。


 俺はGに耐えながら、千鳥足で医務室へと向かった。

 船底の医務室では、機械に繋がれた獣人の少女が静かに眠っていた。

 俺にできることといえば、彼女の汗を拭ってやることと、謎の機械が「ピーッ」と鳴らないことを祈ることだけだ。


 夜通し看病を続け、サクラの爆走操船のおかげで、空が白む頃にはシルヴェールの街並みが見えてきた。

 ここまで来れば、魔物の襲撃の心配もほとんどない。


「ふぅ……生きた心地がしなかったな」


 俺が甲板に出ると、サクラが涼しい顔で風を浴びていた。


「到着しましたね。彼女の意識も戻ったようです」


 医務室に戻ると、少女がうっすらと目を開けていた。

 だが、起き上がる力もないようで、ただただ怯えた瞳でこちらを見ている。


「大丈夫だ。悪いようにはしない」


 俺は精一杯の営業スマイル(商人スマイル)を向けたが、反応は薄い。

 入港手続きもそこそこに、俺たちは少女を担いで神殿へと駆け込んだ。

 神官による回復魔法は劇的だった。


 光に包まれた少女の顔色にはみるみる赤みが差し、数時間後には身を起こして話ができるまでになった。魔法ってすごい。そして治療費もすごい。

 俺たちは一息ついた後、彼女を連れて商業ギルドへ向かった。

 応接室に通され、ギルド長も交えて今回の経緯――岩礁地帯での発見、ボートの残骸、そして彼女の保護について報告した。


「ふむ……なるほど」


 ギルド長が重々しく頷く。

 そして、驚きの事実が判明した。


「彼女は、とある神官見習いの奴隷だったようですな」


「奴隷、ですか」


「ええ。ですが、持ち主も不明、船も沈没。状況から見て、持ち主は所有権を放棄したとみなせます。あるいは死亡したか。いずれにせよ……」


 ギルド長は眼鏡をくいっと上げ、ビジネスライクな口調で言った。


「海洋法およびギルドの規定により、発見者であるグラスに、彼女の所有権が移転することになるな」


「は、はい?」


 所有権? いや、助けただけなんだけど。


「手続きはこちらで進めるが、移転登録手数料と、これまでの事務手続き費用がかかが、いいな」


「あ、はい。おいくらで……?」


「金貨10枚」


「ブフォッ!?」


 俺は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。

 金貨10枚!? 日本円で約100万円だぞ!?


「た、高くないですか!?」


「法的手続き、奴隷商への仲介料、戸籍の再登録……諸々込みだ。これでも負けている方だよ」


 ギルド長からの説明が終わると、ギルド長が慌てて呼んだ奴隷商人が、ニヤニヤしながら書類を差し出してくる。

 俺は震える手で財布を取り出した。せっかく冒険者稼業で貯め込んだ虎の子が……。


「……支払います」


「毎度あり! では、彼女に名前を付けてやってください」


「え、名前?」


 前の名前がわからないと言う。信じられない話だが、奴隷というのはそういう扱いらしい。

 俺は少女を見た。猫耳がぺたんと寝ている。


「じゃあ……見たところ猫族のようだから『ミーシャ』で」


 安直だが、猫っぽいからいいだろう。

 こうして、金貨10枚と引き換えに、俺は新たな「家族」を手に入れたのだった。


「あの……ご主人様」


 手続きが終わり、ギルドを出たところで、ミーシャがおずおずと声をかけてきた。

 その声は鈴を転がすように愛らしいが、どこか言いにくそうだ。


「ん? どうした、ミーシャ」


「その、先ほどから『猫族』とおっしゃっていますが……私は『山猫族』です」


 ミーシャは少しムッとしたような、それでいて申し訳なさそうな顔で訂正した。


「……違いがあるのか?」


「あります!」


 ミーシャが身を乗り出す。


「猫族は愛玩用として好まれますし、冒険者としても優秀だとは聞いておりますが、その能力は限定的で、主にシーフとしての活躍が期待されておりますが、私たち山猫族はシーフとしても十分に能力を出せますが、魔力保有量が高く、多くの立派な魔法使いを排出しておりますので、総合的な能力も違います。一緒にされると……その、困ります」


 俺には猫耳の角度の違いもわからないが、彼女にとってはアイデンティティに関わる問題らしい。

 サクラが横から補足する。


「山猫族は希少ですよ、旦那様。特に魔法適性がある個体は高値で……じゃなかった、戦力として期待できます。金貨10枚はバーゲンセールだったかもしれませんね」


「そ、そうなのか?」


 サクラの言葉に、少しだけ心が軽くなった。現金なものである。

 さて、新たな仲間が加わったわけだが。


「よく考えたら、サクラもミーシャも、給料を払う必要がないんだよな」


 俺は宿への帰り道、指折り数えてみた。

 サクラはホムンクルスだから賃金不要。ミーシャは奴隷だから、これまた賃金不要。


 俺、ひょっとして経営の天才か? 人件費ゼロで船を回せるなんて、ブラック企業も真っ青の超高効率経営じゃないか。


「これは、商売人としてこれ以上ないアドバンテージだぞ!」


「旦那様、顔がニヤけていて気持ち悪いです」


 サクラの毒舌も気にならない。

 だが、現実はそう甘くなかった。


「あ、あの……ご主人様。お腹が……」


 ミーシャのお腹がぐぅ~と可愛らしく鳴る。


「そうですね。それに彼女には新しい服も必要です。今のボロ布では、旦那様の性癖が疑われます」


「俺の性癖じゃないわ!」


 そうだ。給料はいらなくても、経費はかかるのだ。

 食費、被服費、生活雑貨。人数が増えれば、当然それらも倍増する。

 それに、俺の手元から金貨10枚が消えた事実は変わらない。


 財布の中身を確認すると、風が吹けば飛びそうなほど軽くなっていた。


「……働くか」


「ですね」


 俺たちは再び商業ギルドへとUターンした。

 掲示板を見るが、今の俺たちの懐事情と即効性を考えると、割のいい仕事は限られている。


「結局、いつもの三角貿易か……」


 カレンシーでオリーブオイルを仕入れ、南の国へ。そこで別の商品を仕入れ、また戻ってくる。

 地味だが確実な商売だ。


「力仕事は任せてください」


 ミーシャが細い腕をまくり上げてアピールする。


「山猫族は力持ちなんです。ご主人様より重い荷物を持てますよ!」


「……え?」


 俺は自分の腕を見た。そして、サクラ(ホムンクルス・怪力)と、ミーシャ(山猫族・怪力)を見る。


 船長:俺。

 戦闘力:サクラ > ミーシャ >>>(越えられない壁)>>> 俺。

 腕力:サクラ > ミーシャ >>> 俺。

 地位:サクラ(影の支配者) > 俺(名目上の主) > ミーシャ(新入り)。


「……俺、この船で一番非力じゃん」


 男としてのプライドが、音を立てて崩れ落ちた気がした。

 だが、俺は船長だ。頭脳労働で貢献すればいいんだ。そうだろ?


「旦那様、荷積み指示をお願いします。重いものは私たちがやりますから、旦那様は伝票のチェックでもしていてください」


「はい、よろこんで!」

 

 こうして、金貨10枚の負債(?)と、頼もしくも手のかかる新たな仲間を抱え、俺の冒険者兼商人の生活は続いていくのだった。

 親父の謎にたどり着くには、まだまだ資金も、そして何より俺自身の体力が足りなさそうである。


 頑張れ俺。負けるなグラス。

 とりあえず、今夜の夕食代を稼ぐために、オリーブオイルの樽を数えるとしよう。

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