第18話 魔弾の射手と輝く肌の従者


「では、十日後にここで」


 冒険者パーティー『暁』のリーダー、イレブンさんがそう言い残し、彼ら五人は迷宮の奥へと消えていった。


 契約では、信号弾が打ち上げられたら数時間以内に駆けつけられる範囲にいれば良いことになっている。だが、ここは地図にも載っていないような岩礁地帯の果て。近くに街などあろうはずもない。

 俺たちに残された選択肢は、外洋の強力な魔物を相手にするか、あるいは以前調査した岩礁地帯をもう一度うろつくか、ここでおとなしく待機するかだ。


「旦那様、どうされますか? ちなみに今の旦那様の戦闘力で外洋に出れば、三秒で海の藻屑、五秒で魚の餌です」


「……選択肢、実質一つしかないよな?」


 俺、グラス・ド・オネスティーは、潮風に吹かれながらガックリと肩を落とした。

 隣に立つ従者のサクラは、相変わらず無駄に艶めかしい。肌は内側から発光しているかのように輝き、長い髪は海風を受けてサラサラと流れている。

 魔素(と、俺の精気)が満タンのサクラは、無敵だ。その余裕綽々な態度が、今の俺には少し恨めしい。

 一方で俺はと言えば、ここまでの航海と「夜の魔素供給」により、足腰が生まれたての小鹿状態である。


「今回は、あの時押収したチェストの中身の調査も残っています。ですが、古代語の解読や魔術的な解析は旦那様のポンコツ頭脳では処理落ちしますので、私が担当します」


「お前、最近毒舌が戻ってきてないか?」


「事実を申し上げたまでです。そこで、旦那様には暇つぶし……いえ、有意義な時間を使っていただくべく、特別なカリキュラムをご用意しました」


 サクラが取り出したのは、例の黒光りする「魔法銃」だった。

 ニヤリと笑うその顔は、美しくもどこかサディスティックな輝きを放っている。


「迷宮の第一層付近、入口から大声が届く範囲であれば、出没する魔物もたかが知れています。魔法銃の実戦訓練にはうってつけですよ」


「えっ、俺一人で潜るの?」


「まさか。私がバックアップします。何かあれば私が即座に殲滅しますので、ご安心を。大船に乗ったつもりで……ああ、もう乗っていましたね、魔導船に」


 サクラの裏付けのない自信――いや、彼女の中では計算し尽くされた自信なのだろうが――に押され、俺の十日間に及ぶ地獄の合宿が幕を開けたのだった。


 ◇


 一日目から、俺は死ぬ気で引き金を引いた。

 迷宮の入り口付近といっても、現れるのはスライムや巨大なコウモリ、たまにはぐれゴブリンなんかも顔を出す。


 俺のような温室育ちの(元)お坊ちゃんにとっては、十分すぎる脅威だ。


「旦那様、右です! エイミングが甘い! 腰を入れて!」


「うわあああ! 来るなああ!」


 ズドン!!


 俺の手の中で魔法銃が咆哮を上げ、赤い閃光が飛び出す。

 光弾は迫りくる大コウモリの翼をかすめ、背後の岩盤を砕いた。


「惜しい。ですが、魔力の込め方は良くなっています。昨晩の『特訓』の成果ですね♡」


「その特訓のせいで、腕がプルプルしてるんだよ!」


 サクラの言う通り、魔素に対する不安がなくなってからの彼女は、どこか吹っ切れたように生き生きとしている。

 以前のような、エネルギー切れ寸前のイライラ感は皆無だ。その代わり、溢れ出るパワーを持て余しているのか、俺への指導にも熱が入る。


 午前中は迷宮の入り口で、ひたすら動く的を撃つ。

 俺が少しでも弱音を吐こうものなら、サクラはニッコリと微笑んでこう言うのだ。


「あら、そんなに体力がないのですか? これでは夜の『魔力充填』に耐えられませんよ? 男として、それでよろしいので?」


「くっ……やるよ! やればいいんだろ!」


 男としてのプライドを刺激されると、俺は弱い。

 結局、午前中は魔物相手に実弾射撃、午後は魔導船にこもるサクラの資料整理の手伝い、というルーチンが出来上がった。


 手伝いと言っても、俺にできるのは古びた羊皮紙を年代別に並べたり、サクラにお茶を淹れたりする程度だ。

 重たい酒樽を運ぶような肉体労働がないだけマシだが、それでも「全くやることがない」という虚無に比べれば天国だった。


 そして、夜。

 これが一番の重労働だ。

 男なら嫌とは言えない、むしろ本能が喜ぶはずの行為なのだが、相手が絶倫ホムンクルスとなると話は別だ。


 昼間の射撃で消費した魔力を補うため、そしてサクラ自身の稼働エネルギーを維持するため、毎晩のように濃厚な儀式が行われる。

 サクラの肌は日に日に艶を増し、俺の頬は日に日にこけていく。等価交換の法則が乱れている気がしてならない。


 だが、そんな生活も五日、六日と続くと、不思議な変化が現れた。

 魔法銃の扱いが、驚くほど手に馴染んできたのだ。

 最初は暴発を恐れて腰が引けていたが、今では呼吸をするように魔力を込め、引き金を引くことができる。


「そこだッ!」


 八日目の朝。

 岩陰から飛び出してきた角ウサギに対し、俺は反射的に銃を構え、発砲した。

 吸い込まれるような弾道を描いた光弾は、ウサギの眉間を正確に貫いた。


「お見事です、旦那様」


 背後で見ていたサクラが、パチパチと拍手をする。


「今の反応速度と魔力制御、冒険者ギルドのガンナー枠で登録しても恥ずかしくないレベルですよ」


「ほ、本当に? お世辞じゃないよな?」


「私は事実しか言いません。まあ、相変わらずへっぴり腰ではありますが、命中すれば正義です」


 俺は熱を持った銃身を見つめた。

 自分の手で魔物を倒す。その確かな感触が、俺の中に小さな、しかし確固たる自信を芽生えさせていた。


 重い荷物を運ぶだけの商人見習いだった俺が、戦える力を手に入れたのだ。

 ……まあ、その力の源泉が「夜の猛特訓」にあることは、墓場まで持っていく秘密だが。


 ◇


 そして運命の十日目。


 約束の午後になると、迷宮の奥から複数の足音が響いてきた。

 戻ってきた『暁』のメンバーたちの姿を見て、俺は思わず息を呑んだ。


 ボロボロだ。


 リーダーのイレブンさんの鎧は所々凹み、剣士のロームさんの服は袖が千切れかけている。シーフのポプラちゃんに至っては、煤だらけで顔が真っ黒だ。

 何度か死線をくぐり抜け、その都度神官のエームさんの回復魔法で立て直してきたのだろう。


 だが、彼らの表情は、夏の太陽のように輝いていた。


「おーい! 待たせたな、グラス!」


「イレブンさん! みなさん、ご無事で!」


 俺が駆け寄ると、イレブンさんはドサリと重そうな袋を地面に置いた。

 中からジャラジャラと音がする。


「成果はありましたか?」


「ああ、十日だけだが十分な成果だ。未知の魔法具も二つほど見つけられたし、魔物をかなり倒したので素材や魔石も山ほどある。今回はかなりの儲けになるぞ!」


 副リーダーでイレブンさんの奥さんであるセブンさんが、疲れ切っているはずなのに嬉しそうにガンナー用のゴーグルを拭きながら補足した。


「途中で魔物の巣くつに落ちちゃって大変だったけど、その分リターンも大きかったわ。グラス君が待っててくれるって安心感があったから、ギリギリまで粘れたのよ」


「そう言ってもらえると、待っていた甲斐があります」


 彼らは十日間、迷宮という極限状態で戦い続けていたのだ。

 それに比べれば、俺の「昼は射撃、夜はサクラ」という合宿など、遊びのようなものかもしれない。……いや、別の意味で俺の方も命を削っていた気はするが。


「よし、全員揃ったな! こんな岩場じゃ祝杯もあげられねぇ。すぐにカレンシーに戻ろうぜ!」


「賛成! お風呂入りたい!」


「温かいシチューが食べたいですぅ……」


 全員が元気いっぱい(精神的に)のようなので、俺たちはすぐに魔導船を出港させた。

 帰りの船旅は、行きよりも賑やかだった。


 『暁』のメンバーが語る冒険譚は刺激的で、俺は操舵輪を握りながら夢中で聞き入った。サクラも、彼らが持ち帰った魔法具に興味津々で、魔法使いのファミーさんと何やら専門的な議論を交わしている。


 それから二日後。


 俺たちの船は、無事にカレンシーの港へと滑り込んだ。

 桟橋に降り立つと、陸の土の感触にホッとする。

 そのまま商業ギルドへと直行し、今回の依頼の精算を行うことになった。


「お疲れ様でした、グラスさん。それに『暁』の皆さんも」


 受付カウンターでは、いつものようにマーガレットさんが笑顔で迎えてくれた。

 今回の依頼内容は「往復四日の輸送と、十日間の待機」。

 精算書にサインをし、俺の手元には金貨十四枚が渡された。


「き、金貨十四枚……」


 俺の手が震える。

 日本円の感覚で言えば、約百四十万円だ。

 たった二週間弱の仕事で、これだけの大金を手にしたことになる。

 これまでの小商いでコツコツ稼いでいた銅貨や銀貨が可愛く思えるほどの金額だ。


「これなら、次の仕入れ資金も十分に確保できますね」


 サクラが背後で冷静に計算をしている。彼女の頭の中では、既に次の投資計画が組み上がっているに違いない。


「ありがとう、グラス。お前さんの船のおかげで、最高の遠征になった」


 イレブンさんが俺の肩をバンと叩いた。


「俺たちは装備の修繕と休養が必要だから、しばらく迷宮には行かねぇ。だから、グラスへの依頼は一旦ここで終了だ。また頼む時は声をかけるからな!」


「はい、ぜひお願いします!」


 『暁』の面々は、稼いだ金貨を懐に、意気揚々と酒場の方へと消えていった。

 嵐が去った後のような静けさが、俺とサクラの間に降りる。


「さて、旦那様。私たちも一度隠れ家に戻りましょう」


「そうだな。少し休みたいよ」


 金貨十四枚の重みを懐に感じながら、俺は大きく伸びをした。

 今後の予定としては、少し休んでからにはなるが、せっかく見つけたあの無人島――今はまだ誰も知らない国――を、もう一度訪ねてみたいと考えている。


 あそこなら、誰にも邪魔されずに珍しい果物や資源を採取できるかもしれない。

 サクラとそんな相談をしながら、俺たちは船宿のあるボロ屋へと戻った。

 だが、安息はまだ遠かった。


 部屋に戻り、ソファに腰を下ろした瞬間、サクラが真剣な表情で切り出したのだ。


「旦那様。これからの計画も大事ですが、その前にご報告があります」


「報告? ああ、射撃訓練の成果とか?」


「いいえ。例のチェストの中身……その解析が、ほぼ完了しました」


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 あの岩礁地帯で回収した、オネスティー家の紋章が入った謎のチェスト。

 中に入っていたのは、曽祖父や祖父の時代の航海日誌や、怪しげな図面の数々だった。


 サクラは、分厚い羊皮紙の束をテーブルに置いた。


「結論から申し上げますと、旦那様が知るべき『真実』がここに記されています」


「……真実?」


「はい。中身の書類には私の……いえ、私がかつて所属していたところのことが書かれておりました。それを読んでいく内に私も少しづつですが思い出してきましたので、それもわせてご報告いたします。」


 俺は顔を引きつらせた。

 オネスティー家の黒歴史だけでもお腹いっぱいなのに長期大文明の謎が解き明かされるって、大事件では。


「あー、サクラちゃん? 俺、今日は疲れてるし、その話はまた今度でも……」


「いいえ、今聞くべきです。なぜなら、これは旦那様の今後の『冒険者としての在り方』に直結する、重大な秘密だからです」


 サクラの瞳が、逃がさないとばかりに光った。

 彼女が手に持っている日誌の表紙には、相変わらず俺何かが読めるはずもないのだが、サクラはそれを見ながら説明してくれる


 それにはサクラがかつて働いていたことから始まるのだが、超古代文明のある国のことについての日常的な文章がカアkれていたらしい。

 それを読んでいく内にサクラは自分の過去を思い出してきたそうだ。


 それによるとサクラは海の治安を守る部署に居たらしい。

 さしずめ騎士や門兵、はたまた近衛兵のようなものかと思ったがサクラは違うという。


「私は海洋警察というところで海の安全を守るために船に乗って海賊や魔物と戦っておりました」


「それって、あの魔導船のことなのかな」


「多分、私と一緒に見つけられていたことからそれしか考えられません」


「だから、俺達が襲われたときに咄嗟に魔導砲だっけあれを使えたのか」


 そこでサクラはさらに興味深いことをはなしてくれた。

 どうも、サクラはプロトタイプのホムンクルスで、あの魔導船の火器管制と言っていたがよくわからないというと、魔導をを使うにはとても微妙な操作と沢山の魔素が必要ですが、とても難しいそうだ。


 そのため、何だっけか海洋警察とか言ったか、そこが特別なホムンクルスにそういう部分を担当できる機能をつけたものを作り出してテスト中だたとか。

 なのでサクラのようなホムンクルスは他には居ないらしい。


「いえ、まだ他では聞いたことはありませんが私と同時期に何体ものホムンクルスを用意されたはずです。

 私もはっきりとは覚えておりませんが、何体かと一緒に仕事をしていた記憶がありますから」


 そこからサクラが色々と説明してくれるが、正直全くついていけない。

 ただ、わかったことは他にもサクラのような特別なホムンクルスがかつて作られたということだ。


「はい、私も偶然から発見されましたが、今後発見されないとは思えません」


「それに、桜の記憶を頼りにするが、探せなくもないと」


「はい、ですがよろしいのでしょうか」


「良いもなにもないよ。そこまで思い出したんだ。見つけられればサクラも心強いだろう」


「旦那様は女性の扱いについては赤点以下ですが、ときどきどうして私を喜ばすことを言うのですか」


 なんかサクラは喜んでいた。

 その後も、他のホムンクルスも含めて色々と話し合った。


「サクラの魔素は今俺が補充しているが、前の職場では誰に……」


「旦那様は変態ですか。職場であんなことはしませんよ。思い出せませんが何か装置があったような気がします」


「でも、その装置だっけ、見つかっていないんだよな」


「はい、ですので現在働いているホムンクルスは皆同じように」


 サクラが言うには、各地で数は少ないは見つけられたホムンクルスたちが働けるのは、みな曾祖父のような変態のおかげだと。

 聞かなきゃよかった。

 国の黒歴史まで暴いていたよ。


「……ちょっと待て。俺が知っているホムンクルスの殆どは女性、それもサクラのように皆美人ばかりだと聞いているけど、男性のホムンクルスも居たよな」


「はい、居ましたね」


「そいつらの魔素の補充はどうしていると思う?」


「接触だけでも魔素の補充はできます。私も旦那様に補充してもらうまではそれだけでしのいでおりました」


「接触だけで十分だというのか、それなら女性からというのもできるよな……俺が言って良いのかワカなら居けど、乱れているな」


「ええ、働いているホムンクルスの魔素の補充は普通の接触、ただし濃厚なものになりますが、それだけでも問題はありません」


「なにかひかかるような言い方だな」


「ええ、私が発見された時のように、完全に機能が停止した状態からの復活はちょっと。それに男性って固くならないと役立たずでもありますし」


「サクラ、言い方! でもたしかにそうだよな……ひょっとして」


「ええ、男色の方が少なくない人数いると聞いておりますし……」


 最後のはききたくなかったよ。

 それしか考えられないとサクラは言い切るが、それなら俺でも納得ができる……できるけど男性のホムンクルスが男色のおかげなんて聞きたくはなかった。

 でも、だからこそただでさえ働いているホムンクルスの数は少ないが居ないわけでもないという理屈が。


 それも、圧倒的に女性が多いという理由にもなるのかな。

 サクラの過去がわかった以上に最後のはインパクトが強すぎる 


 俺は天を仰いだ。

 金貨十四枚の喜びも、射撃の腕が上がった達成感も、今まさに暴露されようとしている新たな黒歴史の前では、風前の灯火だった。


 だが、サクラは更に俺に爆弾を落としてきた。


「旦那様のお父様については、旦那様がこれから事実を探していくしかありませんので、頑張ってください」


 これ以上、親父の情けない話なんて聞きたくなかったし、ある意味助かったとも思うが、そうなんも含めて色々と調べないといけないんだよな。

 だが、俺の意思とは無関係に、「オネスティー家・真の歴史講座(父の章)」が、今まさに始まろうとしていた。

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