ポチ袋のレジスタンス ~あるいは、叔父はいかにして渋沢栄一《かれ》を失ったか~

すまげんちゃんねる

第1話 『コタツ戦線異状なし』

 1月1日。午前10時00分。

 実家の六畳間の和室――コタツの中は、冷戦下の地下壕のように張り詰めていた。


「状況を確認する」

 私が重々しく切り出すと、向かいに座る従兄弟のケンジは死んだ魚のような目で頷いた。

「ああ。……最悪だ」


 コタツの天板の上には、乾燥して皮がカピカピになったみかんと、まだ中身の入っていないポチ袋が五枚。

 そして我々の財布の中身は、昨年末の『有馬記念』という名の焼却炉で灰も残さず燃え尽きていた。

 我々の残存兵力は私が「北里柴三郎」六枚。ケンジが四枚。

 以上である。


 対する敵勢力はまもなく到着する姉夫婦の息子(タケル・小3)、娘(ミナ・5歳)、そして今年から戦線に参加する兄の息子(ダイキ・中1)の計3名。


「いいかケンジ。これは『お年玉』という名の福祉事業ではない。我々の今月のライフラインを懸けた防衛戦争だ」

 私はコタツの中で握りしめた拳に力を込めた。

「1月は長い。給料日までの二十五日間、我々は氷雪の荒野(もやし炒め生活)を行軍しなければならない。医学の父(北里)たちを無駄死にさせれば即ち我々の死だ」


 ケンジは震える手でポケットから皺くちゃになった煙草の箱を取り出し、中身が空であることに気づいて舌打ちをした。

「わかってる……。俺だって死にたくねえ。電気を止められた部屋でカイロを抱いて眠るのはもう御免だ」


「ならば同盟を結ぶしかない」

 私は彼に提案した。

 この圧倒的な劣勢を覆すための唯一の戦略。


 名付けて『鉄の三千円協定』。


 いかなる圧力、いかなる可愛らしいおねだりがあろうとも、小学生以下の一人当たりの支給額は三千円を上限とする。

 そして中学生(ダイキ)に対しては「五千円(津田梅子)」という慣習の壁があるが、そこを巧みな話術――『君ももう大人だ。金よりもおじさんの経験談の方が価値があると思わないか?』という詭弁――によって煙に巻き、三千円あるいは図書カードで決着させる。

 そして何より重要なのは、「一万円札(渋沢栄一)という戦略兵器の投入は裏切り行為として固く禁ずる」という点だ。


 どちらか一方が見栄を張って『資本主義の父』を繰り出せば、もう一方の「ケチさ」が浮き彫りになり親族会議という法廷で裁かれることになる。

 我々は貧しさを共有する共犯者アライアンスでなければならない。


「約束だぞ、マサト」

 ケンジが縋るような目で私を見た。

「抜け駆けして『ケンジおじちゃんはショボい』とか言わせるなよ。俺は最近、婚活アプリでも『年収欄が空白』って理由でブロックされまくってんだ。姪っ子にまで嫌われたら俺の自我が崩壊する」


「安心しろ。私とて同じだ」

 私は頷いた。私の口座残高もまた冬の時代(氷河期)を迎えている。


 その時。

 玄関のチャイムが空襲警報のように家中に鳴り響いた。


「来たか……!」


 ドタドタドタという軽い足音が廊下を走ってくる。

 我々は顔を見合わせ、引きつった「愛想笑い」という名の防毒マスクを装着した。


 開戦だ。

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