第9話 広宗

 六月に入って、顔良がんりょうの所属する盧植ろしょくの軍は張角ちょうかくの立て籠もった広宗こうそうを取り囲んだ。

 黄巾こうきん軍は数多くの民を扇動して連れこんでいる分、ひとところに閉じ込めてしまえば糧秣りょうまつが尽きるのも早い。敵が多いならば、多くなったぶんを含めて城に閉じ籠らせ、飢えさせる。城攻めの方法としては、時に力攻めよりも悲惨になる方法だが、盧植は悲惨なものにはさせまいとしたのか、逃げてきた者たちは受け入れて手当てをした。

 むろん、ただの慈悲によってやったことではなく、物理的なけつは作らずに食料を運びこませないようにした代わりに、これによって心理的な闕を作ったのである。

 心の移ろいやすい民の集合体である黄巾の賊たちには効果的であった。ひと月経って城の中から脱け出すものが増え、またぞろ隙ができるであろうと思った矢先、突如としてこの軍の長たる盧植が更迭こうてつされ、代わりに西方軍閥ぐんばつの長である董卓とうたく指麾しきるという知らせが舞い込んできた。

──なぜ

 この軍にいたものは皆がそう思ったであろう。

 その実は、監督のために朝廷より派遣された左豊さほう賄賂わいろを受け渡さない盧植の潔白さを恨んだため、という何とも言えない理由によるものだったのだが、兵卒として参画していた顔良がそれを知ることはなかった。


 新しく派遣されてきた将軍の董卓は、西方にてきょう族などを相手取って戦をしていた将軍だったが、その本領は野戦にあって攻城戦にはなかった。それゆえに野戦の戦術を攻城戦に持ち込んで力攻めを敢行した結果、連戦連敗を喫して兵を多く失ったのである。

 顔良もこれに参加し、矛を振るって幾人いくにんかを斬ったが、心の中では

──これでは無謀である

と判断してとにかく生き残ることを一番に考えた。多くの犠牲を要する力攻めが十数日続いて、ひとつの結果も出せなかったことに痺れを切らした朝廷は董卓をすぐに解任し、州とえん州の黄巾討伐にてすでに成果を出していた皇甫嵩こうほすうを、広宗攻めの軍の将帥しょうすいとして派遣した。

 皇甫嵩が軍中に来ると、すぐに損害と現在の布陣を確かめて

──子幹しかんどのの見立てが正しい

として、元通りに包囲して持久する形に戻した。

 相次いだ強引な力攻めに疲弊していた漢軍の兵たちもこれに喜んだ。気を緩めることはできないとはいえ、英気を養うだけの時間を設けられたのである。


 包囲はふた月ほどに及んだ。顔良をはじめ周りの兵卒も徐々にかゆが薄くなっているというのを感じ取っていた中、幾人かの将のもとに命が届く。

──配下より勇気に勝るものを数人選んで皇甫こうほ左中郎将さちゅうろうしょうのもとに送るべし。

と書かれた文言に従って、各軍団のすいは勇士を選抜して皇甫嵩のもとに行くように命令を下した。そして、その中には顔良の姿もあった。

──これから将軍は何をするつもりなのか

 そう思いながら皇甫嵩のもとに足を運んだ顔良は、初めて高官につく人間の顔を見る経験をしたのである。

「よくぞきてくれた。感謝する」

 頭を下げたその人物は穏やかで、腰が低い。それなのに他にはない気高さがある。相手は下から出ているのに、その実際は超えられない山のように感じた。

──これが人の上に立つ者の気か

そう思った顔良の感動を発散させる間もないまま、言葉が連ねられる。

「我が貴公らを呼んだのは他でもない。敵首魁しゅかいの一人、張梁ちょうりょうが城を脱して北に逃げようとしているとの報が入ったためだ」

 首魁が逃げる、という言葉を聞いた者の中には機転が利いた者も利かない者もいたが、一様にどよめきが起こった。

──逃げるところを一気に襲うのか

 顔良は得心したが、一兵卒が言葉を発するわけにもいかない。ただ黙って、言葉を待つ。

「われらは夜に広宗の城より北の道沿いにある林にむかう」

 その言葉の通り夜になるまで待ってから、顔良はほこを担いで、馬に乗った将帥の後をついていった。


 北の林の中、城の中にいる見張りに気づかれないように、なるべく速足で向かう。

 林までは二十里(約8km)ほどを歩いた。木の陰に身を潜め、城のほうを見る。

 皇甫嵩は前もって、張梁の逃げ道がこちらに向くように、あえて北の一角に闕を作っていた。

 しばらくして月が天の上から傾いたころ、南から小さな光が漏れた。誰かが門から出てきた証左である。林の中、撒いた餌が魚を釣る瞬間が迫ってくる。やがて蹄音ていおんが小さく聞こえてきた。

──まだだ、まだ遠い

 顔良は矛を握る手を強く締めた。

「かかれ、かかれっ」

 その声が上がるとともに顔良は喊声かんせいを上げながら林の外にいる集団に斬りかかった。

 一気に上がった声のかたまりに馬は驚き立ち上がって乗っていた人物を振り落とす。

 狙うべきはこの中にいるであろう張梁その人である。絶対に逃すまいと雪崩をうって人影に殺到した。

 相手も抵抗する姿勢を見せて剣を振り回したが、顔良はそれを打ち払って鉾の穂を突き刺した。

 あがる呻き声。横に払って刺さったものを抜き去ると、斬りかかってきた敵の一撃を柄で受けてそのまま打ち据え、止めを刺した。

 後ろから声が聞こえる。おびえ恐れる声ではなく、凱歌の声であった。

「逃げてきたものは全員討ち取った。張梁の首もあろう。これを城下にさらす」

 皇甫嵩がそう言い放ち、この奇襲に参加した兵卒たちは各々がたおした者の首を獲って広宗城下の軍営へと戻った。

 朝になり、城門の近くに昨晩獲った首を並べた。これをた城壁上はにわかに慌ただしくなった。慌て方を見るに、確かに重要な人間がこの首の中に含まれているようである。


 日が中天を突いたころ、城の門が開いた。

「先に城下に晒されました首は首領の一人、張梁のものにございます。彼のものが居なくなれば、われらは逆らう理由もございません。降伏いたします」

 地に頭をついて平伏した使者に、皇甫嵩は優しく声をかけてから軍を率いて入城した。黄巾賊の蓄えていた食料や財宝を収容したのち、広宗のもとのの中に葬られていた張角の遺体を引きずりだしてくびきり、旗の柄にくくり付けて梟首きょうしゅとした。


 これにておおよその勝利をものにした官軍は、続いて曲陽きょくようにいる張角の末弟の

張宝ちょうほう

が率いる軍を狙い、これを木端微塵にする。これによって首魁たる張三兄弟が、みな命を落としたことになり、黄巾賊が瓦解。ひとまず、官軍の勝利となったのである。



 顔良はこの戦役を終えて、故郷の堂陽どうように帰った。もとの田畑を耕す生活に戻るためである。

 父や兄、母も彼の帰還を喜んだ。広宗で出会った老父や皇甫将軍、広宗と曲陽での戦い。それを家族に語り、

「私は畑を耕すような生活のほうが、性にあっているようです」

といって、すきを手に取った。

 しかし時勢は乱世に進むにあって、彼の存在を放っておかなかったのである。

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