第3話 党錮

 延熹えんき九年(166年)に行われた党錮とうこきんもまた、その流れが生んだ事件である。

 もともと、九十年近く前に帝が幼少で即位したがゆえにとう氏一族が専権したことに始まっている。それを快く思わなかった和帝は鄭衆ていしゅうという宦官にはかりごとを任せ、この時は見事に実権を取り戻した。これによって鄭衆は鄲郷たんきょう侯、および大長秋だいちょうしゅう宦官かんがんの最高位)となり、この後も経験則から和帝が宦官らを頼りにしたことで、宦官らが朝堂内で大きな権力を持つようになった。


 このような何かに頼りきりの形式を作ってしまうと、少しでもずれが出てきてしまえばすぐに崩れてしまう。実際、和帝の死んだ後に外戚も勢力を盛り返して、都度に権力闘争が起きるようになってしまった。


 かん帝の時に世の情勢の不安もあってか、これが顕在化した。宦官の勢力拡大に歯止めが利かなくなってしまうと、権勢とはかりごとをもってのし上がってきた者たちの、己の利と欲を追求する姿勢も次第に強くなっていき、汚職の規模は大きくなっていく。

 これらを快く思わなかったのは、各地方より集ってきた士大夫たちだった。

 彼らは己のいた処と民との位置が近いものだから、民が何を求めているのかをよく知って登朝してきた者たちである。そういった者たちから見れば、何かにつけてまいないを求めようとするこの宦官たちの行動は、人々にのみ負担を求め、国を傾ける愚行でしかない。


 特にこの時代の上流階級にある者は儒教じゅきょうにある「徳」を重視したため、宦官という存在やそれに近しい者たちが行っていた拝金主義的な行為は、到底受け入れられるものではなかったのかもしれない。

 その嫌悪を示すかのように、こういった士大夫たちは自らの集団を「清流」、宦官らを「濁流」と呼んで公然と罵り、それに刺激されたのか、宦官らはこういった士大夫しだいふたちを「党人とうじん」と呼んで弾圧の対象としたのである。


 「清流派」である司隷校尉しれいこうい李膺りようらが朝廷にて中常侍ちゅうじょうじ(宦官の中で大長秋に次ぐ位)を弾劾する動きを起こしたが、むしろこれを

「我らは朝廷のためを思って人を厳しくさらい、その徳を計らんとしているのです。古来より他人ひとのために財をなげうつことのできる者こそ徳があると言います。社稷しゃしょくを継ぐ天子のためならば尚更でしょう。それなのに彼奴等はそれを否定し、吝嗇りんしょくに努めよというのです。これでは中華は物がとどこおり、人々が己の元に物を蓄えるだけ蓄えてなお、他者を貧窮ひんきゅうさせます。これが愚であることを知らぬばかりか、責を朝廷に、あるいは天子になすりつけるために我々を面罵めんばしているのです」

と逆手にとって朝廷への罵倒であると主張した中常侍たちが、清流派の人間を捕え、死罪にこそしなかったものの終身禁固(この場合は、官界からの永久追放)の身としたのである。


 まだこのころの顔良がんりょうは幼く、世の道理というものにも通暁つうぎょうしなかったが、この惨状を伝え聞くに及んで

──宦官というものは意地が汚い

と思った。しかし、父を視れば顎をさすりながら難しい顔をして考え込んでいたので、その心情はいかばかりなのかと父に問うたとき、

「清流派の人間は国の大事であるからと言って大義を得た気になっているが、その実、自らの内にある権威を楯にしている時点で濁流派と変わらぬではないか」

という答えが返ってきた。

 顔良ははっとして、自らの心の内にあった傲慢と向き合う機会であったと素直に得心した。


 しかし、いまだ渾沌とした宮中ではそういったことを考える由もなく、同じ過ちがまた繰り返されることとなってしまった。


 建寧けんねい二年(169年)、二度目の党錮の禁が起きる。今度は清流派官僚もその力を増大させなければ宦官らに勝てないと思ったのか、一度目の党錮の禁が起きた直後から、清流派の陳蕃ちんはんは外戚に属するとう氏の一人である竇武とうぶと結んで宦官の悉くを誅殺しようと挙兵した。しかしながら逃げ場を無くさんとした彼らが多くの人にこの計画を伝えたことで、宦官の耳に届くところまで話が広まってしまい、逆に宦官側の根回しを促進した結果、当代でも一二を争う異民族討伐の名将の張奐ちょうかんらを抱き込んだ宦官たちがこれに勝った。

 竇武は自殺し、陳蕃は獄中死。またかん帝の皇后であった竇太后とうたいごうは廃され幽閉。こうして外戚の権力が一気にそがれて、宦官の権力をさらに引き上げる結果となった。

 当然、この竇武の乱に加担した者たちは獄に繋がれ、清流派への圧力もさらに厳しいものになった。


 朝廷内で権力闘争が起こっていたころ、長兄からは頻りに簡牘かんとくが届いた。一度ならず、二度までも官僚を弾劾するような事態が続いたのである。それ故に、官途に就いている者の特有の悩みが切実に書かれていた。

「私は国のためになると思って官の冠を被った。しかしながら今の朝廷は私腹を肥やすものか剛腹ごうふくなものがいるばかりで、我々が陳情ちんじょうを出そうもそれを聞き入れることはなく、己を高位にのぼらせんとして、それぞれの人格を責めるばかり。此処にはこのように書いてはいるがその実、我々のような小人であっても、立場を明確にすると何方いずこからか誹謗を受けてしまい身を排されかねず、自らの中に義はあったとしても、ただ口をつぐむことしかできない」

 兄の苦労はいかばかりか。それを想うことはできても、自分は近くにいて手を差し伸べられるわけではない。この国における官たらざる者のうれいが、顔良の身を覆った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る