第3話 党錮
もともと、九十年近く前に
このような何かに頼りきりの形式を作ってしまうと、少しでもずれが出てきてしまえばすぐに崩れてしまう。実際、和帝の死んだ後に外戚も勢力を盛り返して、都度に権力闘争が起きるようになってしまった。
これらを快く思わなかったのは、各地方より集ってきた士大夫たちだった。
彼らは己のいた処と民との位置が近いものだから、民が何を求めているのかをよく知って登朝してきた者たちである。そういった者たちから見れば、何かにつけて
特にこの時代の上流階級にある者は
その嫌悪を示すかのように、こういった士大夫たちは自らの集団を「清流」、宦官らを「濁流」と呼んで公然と罵り、それに刺激されたのか、宦官らはこういった
「清流派」である
「我らは朝廷のためを思って人を厳しく
と逆手にとって朝廷への罵倒であると主張した中常侍たちが、清流派の人間を捕え、死罪にこそしなかったものの終身禁固(この場合は、官界からの永久追放)の身としたのである。
まだこのころの
──宦官というものは意地が汚い
と思った。しかし、父を視れば顎をさすりながら難しい顔をして考え込んでいたので、その心情はいかばかりなのかと父に問うたとき、
「清流派の人間は国の大事であるからと言って大義を得た気になっているが、その実、自らの内にある権威を楯にしている時点で濁流派と変わらぬではないか」
という答えが返ってきた。
顔良ははっとして、自らの心の内にあった傲慢と向き合う機会であったと素直に得心した。
しかし、いまだ渾沌とした宮中ではそういったことを考える由もなく、同じ過ちがまた繰り返されることとなってしまった。
竇武は自殺し、陳蕃は獄中死。また
当然、この竇武の乱に加担した者たちは獄に繋がれ、清流派への圧力もさらに厳しいものになった。
朝廷内で権力闘争が起こっていたころ、長兄からは頻りに
「私は国のためになると思って官の冠を被った。しかしながら今の朝廷は私腹を肥やすものか
兄の苦労はいかばかりか。それを想うことはできても、自分は近くにいて手を差し伸べられるわけではない。この国における官たらざる者の
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