第17話 プレリュードさんと最終決戦です!!

 HNΩが倒された直後、雲ひとつなかった青い空に突如として分厚い黒雲が発生し、雷鳴と共にひとりの人物が降り立った。逆立った淡い金髪に整った顔立ち。瞳孔のない赤い目。屈強な体躯。頭上には天使の輪が輝いて、コウモリのような巨大な悪魔の翼を生やした男だ。

 美琴とロディは彼の顔を見た瞬間にハッとした。リザードマンと対決したときに大量に襲い掛かってきた悪魔軍団の外見にそっくりなのである。男は口の端を上げて言った。


「俺の名は絶望の天使プレリュード」

「プレュード、さんですか?」

「スター流、この俺と戦え。人類を消滅させられたくなかったらなぁ」


 翼を羽ばたかせると凄まじい突風が発生したので、美琴は咄嗟に前に出て拳を突き出す。

 彼女の拳圧が風を封殺するとプレリュードは喉奥から笑い声を発した。


「すこしはやるではないか。お前がこの俺と戦うというのか」


 訊ねられ、美琴の動きは停止した。振り返って仲間を見る。

 全員が前の戦闘の影響でまともに戦うことはできない。

 見るからに強そうな相手で勝てるかどうかは自信がない。

 冥府に蓄積した負の感情が意思をもち具現化したのがプレリュードである。

 これまでの強化してきた相手とは何もかもが異なる。

 けれども自分が戦わなければならないのだ。

 不安と緊張で拳が震えるが、それでも相手を見据えて言った。


「はいっ!」

「いい返事だ。お前との戦いが楽しみになってきた。とはいえ、今日は2試合行われたから日を改めて大々的に行ったほうがよかろう。人類に俺の力で絶望を与えるためにもな」

「わかりました」


 試合はいまから1週間後に行われることになった。


 そして決戦当日。用意された会場には10万人もの観客が入り、世界各国も中継を行うことになっていた。美琴が敗北すれば絶望の天使に世界を支配されてしまうため、誰もがこの試合の行方を注目していた。

 長い黒髪をサラサラと風に揺らして、いつもの忍者装束姿で美琴はリングに上がる。

 プレリュードは王者の如く腰に手を当てて美琴を見下ろしていた。

 彼女が差し出したおにぎりをはたき落としてニヤッと笑う。


「俺の名プレリュードは前奏曲という意味がある。お前の死が人類にとっての前奏曲というわけだ……」

「わたしは、負けません」


 美琴は彼を見上げ、静かな闘志を燃やした。構えをとる。試合開始の鐘が鳴る。

 試合開始序盤から美琴は並外れた動体視力でプレリュードの猛攻を躱し続けた。

 放たれた拳を掴まえ、その勢いを利用して背負い投げでマットに叩きつける。

 起き上がってきたところを再び放り投げる。

 圧倒的な体格差などものともせずに紙のように放り続けた。

 プレリュードは強く歯を噛み締めて睨んだ。

 拳を固めて殴りかかるが美琴は澄ました顔で全て捌いている。

 やがて、観客が騒ぎはじめた。


「プレリュードって弱くね?」

「違う。美琴ちゃんが強すぎるんだ」


 美琴の大外狩りが完璧に決まって、これでもかとマットに叩きつけられたプレリュードが悶絶している最中に美琴はスルスルとコーナーの最上段に駆け上がってムーンサルトを決めながら、プレリュードの厚い胸板に膝爆弾を炸裂させた。


「冥府ニードロップです!」

「ギャアアアアアアアアッ」


 美琴はジャドウの技を借りることで、彼の気持ちに報いたいと思ったのだ。

 素早くプレリュードに首4の字固めをかけて絞め上げていく。

 太い首が一気に絞まりプレリュードの顔が白くなっていくが、剛力で辛うじて技から脱出すると喉を押さえて呼吸を整える。滝のように汗が噴き出し、美琴を一瞥する。

 なんだこの相手は。俺は何と戦っている?

 拳を繰り出すも上体を反らされてなんなく回避され、下からアッパーを打ち込まれる。

 顎を完璧に捉えた一撃に絶望の天使の意識が半ば断ち切られた。


「天使のアッパーです!」


 美琴は仲間の技を繰り出すことで、一連の復活騒動で犠牲になった彼らに報いたいと考えていた。

 美琴は跳躍してプレリュードの両肩に手刀を叩きこむと骨が砕ける音がした。

 凄まじい手刀を受けた絶望の天使の盛り上がった肩が凹んでいる。

 それでもダウンはせずに美琴を捉えようとするがサマーソルトキックで顎を蹴られて動きが停止したところを、背後を取られてジャーマンスープレックスを極められる。

 これでもかと脳天をマットに激突させられ、流血。

 倒れていることを許さずに美琴の肘が喉へ直撃する。


「ガハッ」


 身体を反転させられて逆エビ固めに極められる。背骨が悲鳴を上げる凄まじい威力だ。

 どうにかロープブレイクで技を解除させるが、プレリュードは戦慄していた。

 湖のように穏やかな表情ながら、ひとつひとつの技の切れ味が尋常ではない。


「俺は絶望の天使だ。貴様如きに負けるはずは……」


 言い終わる前に美琴は彼の巨体を反転させてパイルドライバーを決めた。

 プレリュードは何度目かの吐血をして、それでも立ち上がってくる。


「俺はお前たち人類を絶望させる……それが俺の存在意義~ッ」


 だが目の前に美琴はいなかった。

 どこへ消えたのかとリング内を見回すとあっという間に上空へ吹き飛ばされ、腰を捉えられバックドロップの体勢で落下していく。


「不動倶梨伽羅落とし~ッ!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 断末魔と共にプレリュードは黒い粒子になって消滅していった。

 美琴のおにぎりをはたいて雑に扱ったことと、これまでの騒動の元凶であったことが美琴に本気を出させてしまったのである。

 こうして再び平和が訪れ、美琴たちはたった6人でも地球を守り抜いたのだった。


 おしまい。

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攻撃反射系美女は最強だけど自信がない モンブラン博士 @maronn777

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