第6話 ムースさんVS銀角さんです!

銀角は長い間退屈を満たしてくれる遊び相手を求めていた。

李に封印によるブランクという弱点を突かれて地獄に落ちたあとも遊び足りないと思っていたのだが、目黒怨からすすめられるがままに人間の劣等感などの負のエネルギーを吸収すると全身に力が漲ってきて、格段のパワーアップを果たしたことで今度こそ思う存分遊べると蘇った。

リングに入って目の前の対戦相手を見据える。金の長髪に青い瞳。口元には残忍な笑みが広がったムース=パスティスだ。


「あなたを血の海に沈めて差し上げますわよ」

「おおー、それはとっても楽しみだよー」


銀角は鋭い爪を猫のように伸ばしてリング中央で猛然と殴り合いを開始する。

策も何もない打撃数だけの攻撃にもムースは怯むことなく拳を穿つ。

互いから噴き出された血がリングを赤く染め上げていく。

ムースは拳の初動を見切って腕を掴むことで動作を止め、銀角に頭突きを見舞う。

額からダラリと血を流した銀角はポーッとした表情をしていたが身体を後方に反らして勢いよく頭突きの返礼を行った。

まるで大木が衝突したのかと思うほどの衝撃が全身を駆け抜け脳を揺らすがニヤッと笑って彼女の首に肘鉄を食らわせる。


「確か銀角様でしたっけ? あなた、なかなか楽しい玩具ですわよ」

「君と遊んでいると楽しいかもー」


頭を首相撲で固定してからの強烈な膝蹴り。口からダラダラと血を滴らせる銀角だが金色の瞳はかつてないほどの歓喜に満ちていた。

掌から先ほどの紫のエネルギー弾を放出するがムースには全て見切られて接近を許してしまい、ボディーブローを打たれる。前屈みになったところを両腕を極められ、そのまま後方へ投げるダブルアームスープレックスで放り投げられ思いきりマットへ脳天を叩きつけられてしまった。

試合を観察していた李がぽつりと言った。


「今のは君の技だね」

「はい。わたしの投げ技をムースさんも覚えていたみたいです」


近くにいればいるほど、暮らせば暮らすほど相手に似てくると言われるがムースも例外ではなかったようで、幾度も美琴の投げ技を見続けた結果として使いこなせるようになっていた。

大技を食らっても銀角の笑みは消えず、額の2本の角を長く鋭くして突進してきた。

しかも角は凄まじく回転している。


「お腹に穴を開けてあげるよー」

「お断りしますわよ!」


真っ向から角を受け止めようとするムースだが回転の摩擦で手の皮が裂けて血が噴き出す。

脂汗が流れ歯を強く食いしばっているが、角の勢いを止めることができない。


「ムースさん!」


美琴の叫びも虚しく上空に吹き飛ばされたムースは角でがっちりと逆さまにホールドされて脳天落下激突技を受けてしまう。


「大角頭蓋落とし~!!」

「こ……この程度ですの? パワーアップも大したことありませんわね」


顔中を血でメイクのように赤く染め上げながらもムースは立ち上がって対戦相手を睨んだ。無傷とまではいかないが戦闘続行可能な程度なダメージだ。


「ここからはわたくしのお遊びに付き合っていただきますわよ」


ムースは虚空から赤い傘を出現させて、槍のように前に突き出す。

対抗するかのように銀角も角を前にして突進。

傘の先端と角が正面衝突するが、打ち勝ったのは傘だった。

砕け散った角の破片を見て言葉を失う銀角にムースは不敵に笑った。


「一点に集中することでとてつもない力を生み出しますの。あなたの角は見た目は派手ですけれど、中身はスカスカのようですわね。だからわたくしの傘に勝てないのですわ」

「まだだよー」


口から緑色の炎を噴き出してくるもムースは躱してタックルを決め、そこから腕ひしぎ十字固めに移行して完璧に銀角の腕を伸ばして細枝のようにヘシ折った。


「いい音ですわぁ」


骨折の音にうっとりとした表情を浮かべ、技を解除すると、今度は左腕を腕固めに極めて折った。間合いをとって出方を待っていると、両腕が折られたにもかかわらず銀角は立ち上がってくる。


「もっと遊ぼうー」

「お望みどおりにして差し上げますわよ」


目潰し一閃。ムースの指先が銀角の黄金の眼球を破壊してしまった。

涙のように血を流しながらも、銀角はまだ笑っていた。

あまりに凄惨な光景に美琴は口元を手で覆って息を飲んだ。

李の額からも汗が流れている。だが、これがムースの戦闘なのだ。

戦う相手を玩具とみなして徹底的に破壊する。

銀角はパワーアップの影響なのか潰された目玉や負傷を回復させていく。

ムースは彼女の首を固定して豪快にプレーバスターで投げつけ、滅多蹴りにしてから適度な間合いをとると呼吸を整えた。


「あなたがどれだけ傷を再生できるのか実験してみますわ」


先ほどの傘を向けるとエネルギー弾を機関銃のように連射していく。

ムースの拷問器具を生み出す能力が解放されたのだ。無防備に撃たれ穴が開いて血が噴き出した銀角は後方に倒れそうになるも踏ん張りを利かせてダウンを拒否。拳を固めて前進してきた。ムースの機関銃をも物ともせずに鼻と鼻がつきそうになるほど接近すると、彼女の頬を殴打した。ムースも白い歯を見せて傘で殴打したが、代償として傘は壊れてしまった。

掌に凝縮した電気エネルギーを球として放ると、銀角は難なくキャッチ。

刹那、凄まじい電流が全身に流れて黒焦げにしてしまった。


「新技ですね!」


美琴が胸の前で手を合わせて歓喜した。


「従来のムースは電気椅子を作り出していたけれど、電気だけを生み出すことでより威力を高めたようだね」


李の口元にも嬉しさが宿っていた。

原型を留めないほど炭になった銀角だったが、負の感情を利用して蘇ってくるが、息が上がってきている。

やはり再生は体力を消耗するのだ。


「そろそろ楽しい遊びの時間もお終いですわ」


上に掲げた掌を前へ突き出す。


「ソードキャンバスクラッシャー!」


長剣がびっしりと取り付けられた板が銀角の真上に振ってくる。

声を上げる間もなく全身を貫かれ、小柄な銀角は板に圧し潰された。

とめどなく血が流れる。辛うじて目を動かせば彼女の目が捉えたのは腰に手を当てて見下す姫君の姿だった。床を靴で踏んで更なる圧力を与えてムースは告げる。


「わたくしの勝ちですわ!」


技を解除すると銀角は微笑を浮かべて四肢を投げ出して言った。


「もう遊びたくないやー」


その言葉を最期に銀角は消滅したが、ムースも両膝から崩れ落ちる。

慌ててリングに飛び込んだ美琴が肩を貸す。


「お疲れ様でした」

「美琴様の前で勝利できて幸せですわ~」

「おめでとう、ムース」


李も駆け寄って拍手で称える。


「あの、ご褒美をいただけませんか?」


ムースの懇願に李と美琴は顔を見合わせてからにっこり笑って、ムースの左右の頬にキスをするのだった。


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