第6話『ふたたび』
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### エピソード「交差点のバカヤロウ」
あの取調室での誓いから、数ヶ月が過ぎた。
俺は、富樫のおっさんの計らいもあって、保護観察処分になった。学校に行き、たまに仲間とつるむ。傍から見れば何も変わらない日常。だが、俺の中では何かが確実に変わっていた。
唇にかすかに残る、あの夜の感触。
「いつか、どこかでバッタリ会った時に、胸張れるだろ」
そう誓った自分の言葉が、錆びついた錨のように俺をこの退屈な日常に繋ぎとめていた。
その日も、古びた自転車を漕いでいた。夕暮れの商店街を抜け、大きな交差点に差し掛かる。赤信号。ペダルを止めて、ぼんやりと空を見上げた。オレンジと紫が混じり合った、見慣れた空。
ふと、視線を前に戻した時、心臓が跳ねた。
交差点の向こう側。人混みの中に、見間違うはずのない後ろ姿があった。少しウェーブのかかった長い髪。華奢な肩。
「……まさか」
信号が青に変わる。人々が一斉に横断歩道を渡り始める。でも、**彼女だ!** 彼女だけが、その場に縫い付けられたように**立ち尽くす!**
車の流れが再び始まる。クラクションがけたたましく鳴り響く。一台の黒いセダンが、気づいていないのか、スピードを落とさずに彼女に向かっていく。
なのに、彼女は動かない。うつむいて、まるで世界の音すべてを遮断しているかのように。
時間が、スローモーションになる。
あの夜の、泣き顔がフラッシュバックする。
守ると誓った。胸を張って会うと決めた。こんなところで、こんな形で終わらせてたまるか。
「**死にてーのか! バカヤロウ!**」
腹の底から、自分でも驚くほどの声が出た。
俺は、信号なんて無視して、**猛然と自転車を漕ぎ交差点へ**突っ込んだ。ペダルが壊れるんじゃないかと思うほどの力で。
車がすぐそこまで迫る。間に合わない。
頭で考えるより先に、体が動いていた。
俺はサドルから飛び降りると、何年も乗り続けた愛車を、俺の足そのものだった鉄の塊を、盾にするようにセダンに向かって全力で投げつけた。
ガッシャアアアン!!!
耳を劈く金属音。
**間一髪、自転車はクルマに真正面から激突し**、フロントガラスを蜘蛛の巣状に砕きながら、くの字に折れ曲がった。その衝撃で車は急ハンドルを切り、数メートル先でキーッと音を立てて止まる。
俺は勢い余ってアスファルトに転がり、肘と膝を盛大に擦りむいた。だが、痛みなんて感じなかった。
顔を上げる。
彼女は、すぐ目の前で起きた惨事に腰を抜かし、へたり込んでいた。怪我はない。ただ、呆然とこちらを見ている。その瞳が、俺を捉えた。
「…あ…」
彼女が何かを言いかける。
俺は、擦り傷だらけの体を引きずって、彼女のもとへ駆け寄ろうとした。
だが、その前に、凄まじい怒気をまとった影が俺たちの間に割り込んだ。
「てめえ! 何してくれてんだゴルァ!!」
セダンから**怒鳴りながら降りてくる運転手**。高そうなスーツを着た、見るからに気の短そうな男だ。
**クルマは大破**し、ボンネットからは煙が上がっている。
「どうしてくれるんだ、この車! おい、聞いてんのか!」
男が俺の胸ぐらを掴み上げる。
でも、俺の目は男じゃなく、その後ろにいる彼女を見ていた。
やっと会えた。
こんな、最悪の形で。
遠くから、サイレンの音が聞こえてくる。
ああ、またか。
また、富樫のおっさんの世話になるのか。
胸ぐらを掴まれながら、俺はなぜか、少しだけ笑ってしまった。
胸を張って会うことはできなかった。
でも、バカヤロウ。
お前を助けるためなら、自転車の一台や二台、安いもんだ。
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