第18話 February(18)
「このまえ。 あの人のコンサートに行ってきたよ、」
あれから3日経って、奏はようやく母に言うことができた。
「え?」
「設楽さんの、」
母は驚いたように目を見張った。
「篠宮先生のもう一人の生徒の人にチケットもらっちゃって。 偶然なんだけど・・」
「・・そう、」
そして小さな声で頷いた。
そのあと何も母が言ってこないので
「すごく。 よかったよ。 ほんっと。 想像よりずっと。お客さんみんなうっとりして聴いてた。 おれも、」
奏は素直な感想を言った。
「・・あの人が弾くショパンが素敵で。 最初に出会った時に・・すごく印象に残って、」
母・梓が設楽とのことを話すのは本当に珍しかった。
自分の父親が設楽であることをカミングアウトしたあとも
あまり思い出を話したがらなかった。
聞くことも、なかった。
「ピアノはとっても情熱的なんだけど。繊細で。 でもそのナイーブさでなかなか壁を破れなかった、というか。 すごく神経も細やかな人だったし。 感受性が豊かでね。 傷つきやすくて・・」
ぽつりぽつりと彼のことを話す母は今まで見たこともないような
少女のような表情だった。
「もっと。 早くあなたに彼のピアノを聴かせてあげたかった、」
そして優しく微笑んだ。
さくらは奏がピアノを弾くのをまるで
考える人
のようなポーズでじっと聴いていた。
もともと性格が素直なのか
注意をしたらすぐに自分で矯正してくる。
音が伸びやかで、まるで水面をすーっと撫でて行くような美しさがあって。
すごいものを持っているのかどうか
それはまだまだ未知数でわからなかったのだが、
人を惹きつける
なにか
を持ってることには間違いない気がしていた。
「どう、ですか。」
考え事をしていて、弾き終わったことに気づかずぼーっとして奏の声で我に返った。
「あ・・。 うん。 良くなってると思うよ。 この前よりメリハリついたし。」
褒められて奏は思わずホッとした顔を表に出してしまった。
いや。
何か
を持っていることを感じているのではなく
やっぱり彼に姿を重ねてしまっているのではないか、と思い
さくらはその思いを振り切ろうと必死だった。
「・・設楽啓輔は。 どうだった?」
いきなりさくらから設楽の名前を出されて、少し戸惑う。
「え、あ・・。 なんだか・・胸がいっぱいになりました。 素晴らしくて、」
どう言っていいのか若干ためらう。
「そう。 よかったね、」
さくらは素直にそう思えた。
彼が父親と知ってから、この少年の気持ちはどう変化していったのか。
ものすごい自信にあふれた?
それとも
ピアノを弾くことが怖くなった?
いろいろ聞きたいけれど
やっぱり聞けない。
ただ
きっと
この子はそんなことで浮ついた気持ちになったりしないんだろうな、ということだけは
わかった。
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