第2話 無価値と判断された日

 目を覚ました瞬間、まず思った。


 ――天井が、高すぎる。


 白一色の空間。病室のようでいて、医療機器はない。代わりに宙に浮かぶのは、幾何学的な魔法陣。線が重なり、淡く発光しながら、俺の体をなぞっていた。


「覚醒、確認」


 低い声が響く。


 振り向くと、白衣を着た魔法使いが二人。

 片方は魔法陣を操作し、もう片方は俺を“測る”ように見ていた。


「魔法適性、測定完了」

「結果は?」


「……ゼロだ」


 一瞬、空気が変わった。

 失望ではない。評価の終了だ。


「転移者か」

「ええ。召喚ではない。偶発的転移」


 俺はベッドから上体を起こす。


「質問しても?」

「簡潔に」


「ここは、どこですか」


「管理都市第七区。魔法使いが統治する国家だ」


 説明はそれだけだった。


 次に渡されたのは、簡素な衣服と紙切れ一枚。

 紙には、名前も身分もない。


「市民登録は行わない」

「理由は?」

「魔法適性がないからだ」


 淡々とした口調。

 そこに悪意はない。合理があるだけだ。


「この社会は、魔法使いが支える。才能のない者に資源を割く意味はない」


 つまり――

 ここでは、魔法が使えない人間は“保護対象外”。


「……仕事は?」

「存在しない。魔法がある」


 その一言で、すべてが説明された。


 街は、驚くほど整っていた。


 空を飛ぶ輸送魔法。

 壊れない建物。

 交通も治安も、魔法使いが“最適解”を維持している。


 だが、俺には居場所がなかった。


 技術職はない。

 工場もない。

 修理という概念すら薄い。


 壊れたら、魔法で直す。

 それで終わりだ。


 文明が、蓄積しない。


 数日後、財布は空になった。

 配給は魔法使いと登録市民だけ。


 俺は路地裏で座り込む。


「……そりゃ、そうか」


 この社会は優しい。

 犯罪も少ないし、戦争もない。


 でもそれは――

 才能がある者だけの話だ。


 乾いた音が、空気を裂いた。


 銃声じゃない。

 雷だ。


 次の瞬間、視界が白く染まる。


「伏せろ!」


 反射的に、言われた通りにした。

 頭上を、何かが通過する。


 顔を上げると、そこにいたのは――

 装甲を纏った少女だった。


 フリルも、装飾もない。

 あるのは外骨格と、魔導兵装。


 背後には、倒れた魔法使い。


 魔力回路を焼かれたのだろう。痙攣しながら、動けずにいる。


「……魔法少女?」


 知識はなかった。

 でも、その単語だけは、なぜか口をついた。


「質問するな。走れるか?」


 少女の声は、冷静だった。


「たぶん」

「じゃあ生きたいなら、ついて来い」


 選択肢はない。

 俺は走った。


 地下。

 使われなくなったインフラ層。


 そこには、武装した少女たちがいた。

 整備、通信、作戦確認。

 動きは完全に軍隊だ。


「拾った一般人?」


「はい。魔法適性、ゼロです」


 一斉に視線が集まる。


 敵意じゃない。

 評価だ。


「処分する?」


 合理的な問い。

 俺は苦笑する。


「妥当ですね。でも一つ、言わせてください」


 全員が、こちらを見る。


「さっきの雷、出力が無駄に高い」

「……は?」


「三割は空気に逃げてる。位相を少しずらせば、同じ効果で消費は減ります」


 空気が凍る。


 俺は続けた。


「魔法は現象です。才能じゃない。制御できます」

「……魔法使いでも、そこまで言語化しない」

「感覚でやってるからです」


 沈黙。


 やがて、代表らしき少女が口を開く。


「……次の作戦で、試す」


 結果は、すぐ出た。


 消費魔力、減少。

 戦闘時間、短縮。

 被害、軽微。


 数字は、嘘をつかない。


「……使えるな」

「生かす価値はある」


 そう判断されただけだ。

 だが、それで十分だった。


 その夜、少女が言った。


「名前は?」

「……まだ、ないです」


「じゃあ、役割で呼ぶ。技術顧問」


 俺は、少しだけ笑った。


 魔法が使えなくてもいい。

 才能がなくてもいい。


 この世界には、欠けているものがある。


 引き継がれる知識。再現できる技術。


 帰れるかどうかは、わからない。


 でも決めた。


 才能に管理される社会は、長くはもたない。


 なら――

 壊して、作り直す。


 文明を、ここから始める。

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