第3話 悪役令嬢のせいで性癖と世界線が歪んだ
魔王の花嫁とは
1000年前、魔王が人間世界を支配してた時に捧げられた、花嫁とは名ばかりの生贄だ。
毎年何人もの女性が犠牲になったと歴史書に記録されている。
「俺の先祖が魔王を討伐しただろう?神の加護を受けて勇者は暗黒の山上へ乗り込み魔王を倒した。というのが伝説になっている。なぜ今頃、魔王の話なんか出てくる?」
本当に魔王復活なら俺は国を守るために戦わなくてはならない。 戦えるのか?俺は魔法があまり得意ではない。剣術ならそれなりに訓練しているが。
アンジェリカは、ふん、と鼻を鳴らす。
「魔王はね、ただの悪の化身じゃなかったのよ。ちゃんとご家庭があって、魔族の妻がいて、二人の息子と一人の娘がいて…… 魔王の父親が倒されたあと、母と子で必死に生き延びたの。 稼ぎの要がいなくなって大変だったみたいよ?でも賢母であった彼の妻が立派に育てた。そして、その子孫に ――また“魔王になれる器”を持った男子が生まれた。それが魔王ルードリッヒ」
「……稼ぎの要??」
魔王ってそういうもんだっけ?
「で、ソフィアは魔王に花嫁として捧げられるの。悪役令嬢の私の策略で。」
は? 悪役令嬢の策略? お前、悪役なの?
「……待て。策略ってどういうことだ?」
アンジェリカは肩をすくめた。
「本の中のアンジェリカは、本当に意地が悪くて、連れ子の義妹が嫌い。だからソフィアをいずれ現れると予言されている魔王の花嫁に仕立てるの」
「仕立てる?」
「ええ。まず、聖女として でっち上げるの」
アンジェリカは拳を握り締めた。
「ソフィアが聖なる力を持っていると教会に知らせる。教会は常時、近々現れる魔王対策のために、聖女募集中よ。だから喜んでモロー家にソフィアの教育資金を援助する。もちろんそのお金のほとんどはアンジェリカの服飾に消えるんだけど……」
俺の眉が寄る。
「……ひどいな」
「で、魔法も教養も中途半端に教育する。優しい姉の仮面をかぶって、ね。でもソフィアは聖女じゃない。どんなに努力しても魔獣を倒せるような力は持てなかった。魔王が現れた後、ソフィアは聖女の特技、『魔王よ、10年眠れ』の祈りを捧げるけれど、なんの効果もなかった。怒った教会はソフィアを嘘つき娘として世間に吊し上げる」
アンジェリカは小さく溜息をついた。
「それで私は優しい仮面を被ったまま妹の前で泣くの。あなたを聖女にできなかった責任をとって私が魔王の花嫁になるって……」
な、なんて策士!
「当然ソフィアは『お姉様が行くなら、私が』って言って、まんまと魔王の花嫁候補となるの」
「本人が行くと言うのなら、王も教会も止めはしないだろうな」
アンジェリカは深く頷いた。
「それが、悪役令嬢アンジェリカの策略」
俺は腕を組んだ。
「……それで終わり?」
アンジェリカは少し言いにくそうに視線を逸らす。
「あと、ソフィアのエセ教育と並行して、本の中の私は――」
小さく咳払いをしてから、台詞を引用するように言った。
「ごめん。私、カイト殿下に恋をするの。」
「マジで!?」
エイダがまた涙目になる。
「お、お嬢様〜!嘘をついてはいけません!」
アンジェリカは目を伏せた。
「違うのよ、殿下。だから、これは“乙女小説”の中のアンジェリカの話。 私は『うまい棒』1万本もらってもあんたに恋なんかしません。」
「……うまい棒?」
「うまい棒は前世の世界にあった人々を虜にする魅了の魔力を持ったお菓子よ。この世界で作ってくれないかしら....」
すごいお菓子だな...
「それはおいといて、物語の中のアンジェリカはね、殿下と出会った日……つまり今日ね。『美しい髪ですね』ってあんたに褒められるの。」
「ああ、お前に髪の毛があれば俺は言っただろうな」
そう、写真の彼女の髪はとても美しかった。
「その一言で、アンジェリカは殿下に恋をする。それはもう陰湿に。ストーカーかって言うくらい。 私はあんたを罠にはめてベッドに押し倒すの。そしてとうとう婚約する」
…ベッドに…押し倒す?
「俺を押し倒す?ご令嬢が…」
さっきの深刻な話が全て俺の中でぶっ飛んだ。
アンジェリカは得意そうに
「私、小説の中では魔王の次くらいにめちゃくちゃ強いの。それでもって嫌な方に頭がいいの。だから殿下なんか簡単に抑え込めるわ」
……そのご褒美はどうすればもらえますか?
今の君を見てると1ミリも押し倒してくれる気配はなさそうだけど?
彼女の髪を誉めれば好きになってくれる?今は髪の毛ないけど。どこを褒める?頭皮か?
「でも殿下は義妹のソフィアを好きになるし、ソフィアもあんたを愛するようになる。それに気づいたアンジェリカはバレないように陰湿な嫌がらせを始める。凍えるような湖に突き落としたり、ドレスの裾に火をつけたり……他にも色々……この辺が小説の中盤あたり。」
アンジェリカ…… それ、嫌がらせちゃう。殺人や。 さらに彼女が冷淡な面持ちで話す。
「物語の中のアンジェリカは最後は魔王と契約した挙句、王国の敵として立ちはだかるけど、ソフィアは聖女ではなく戦士として立ち上がり、仲間たちと共に魔王と戦うの。殿下も愛するソフィアのために戦うけど、あんたと私は相打ち。ソフィアは愛する男を義姉に殺される悲恋のヒロインよ。これが小説の終盤あたり」
……相打ち?俺、お前に殺されて?ちょ……重すぎる……
「お嬢様!こんな男のために魔王と契約なんて絶対ダメです」
……俺はこの侍女にも嫌われてんの?
「エイダ。大丈夫。魔王と契約はしないから。小説の中とは違うの」
「お前、血の繋がらない義妹と、この世界での仲はどうなんだ?」
「私とソフィアはマブダチよ。」
アンジェリカはツーンと横を向いた。
「ソフィアはね、すっごくいい子よ。だから絶対に守りたいし、不本意だけどあんたとの愛も守りたい。魔王の花嫁なんて、させないから」
俺は少しだけ胸を撫で下ろす。
「……じゃあ、その“運命”とやらは変えられるのか?」
「もちろん。教会に聖女報告なんてしないし、私は魔王を倒す為に、小説の中の私より強くなったの。何しろ既に魔王と対峙して47戦1勝46引き分けの記録よ」
「ちょっと待て! …お前、すでに魔王と戦った事あるの?」
「魔王が復活する日まで待ってるほど私の気は長くないからね。だからちょっと前に魔王城の封印を蹴り飛ばして、魔王のもとに乗り込んだわ。」
「な、なんて事しやがる」
実質、魔王を復活させたのお前じゃない?
「倒せば問題ないでしょ?すでに1勝してるし。あの時の戦いは、殴り合いが中心だったから時間がかかったけどKOしたから私の勝ち。で、奴の首の骨を砕こうとしたら……あいつ、母親の苦労話を始めたの。同情しちゃった……でもやっぱりあの時、確実にヤっとくべきだった。私は判断を誤った!」
アンジェリカの目はギラついている。
「あの魔王、最近、ソフィアにちょっかいかけてきてるのよ!街で見かけて買い食いしてる姿が可愛かったんですって。明日こそ酸素遮断魔法でトドメをさしてやるわ」
「酸素遮断魔法……」
王家に伝わる禁書の魔法じゃないか。 そんな恐ろしい魔法をなぜ知っている?転生者だからか? あと……買い食い?
「酸素遮断魔法は瞬殺できて便利なの。なかなか効かないけど。 あいつは戦闘中でも色々誘惑してくるから、即死してほしいのよ。 殴り合いだと時間がかかるからね。 とにかく、魔王に誘惑されないように必死よ。 あいつは、女の弱いところを嗅ぎ分けてくるから…… 買い食いはソフィアの趣味!」
そう言って、彼女は自分の頭を指でさした。
「だから切ったの。 誘惑に使われるものは、全部」
腕を組んだ坊主の令嬢は、やけに誇らしげだった。
「あんたごときに私は髪を褒められただけで恋に落ちるでしょう?魔王相手に同じ事が起こったら大惨事になるから、それなら先になくしてしまおうと思ったのよ」
勝ち誇った彼女の顔は美しい。しかし...
「いや、えっと、その……極端すぎだろ?」
「極端でいいのよ。私は殿下にも魔王にも恋する気なんてこれっぽっちもないの。 だから、バッサリいったわ!ブイ!」
人差し指と中指を立てて何かのマークを俺にPRする。 切ったんじゃなくて剃ったんだよな?
「それがお前の髪がない理由?」
「そう、半分はね。」
「あとの半分は?」
「お手入れ、大変だから」
頭痛が痛い...
「お前はそんな理由でスキンヘッドになったのか?その美しいドレスが泣いているぞ?」
アンジェリカは鼻で笑った。
「私のファッションは私が決めるわ。縦ロールにしようが、角刈りにしようが、私の勝手でしょ?」
啖呵を切った彼女はぴかりと光る。 なにがとは言わないでおこう。
「...もっと、深刻な理由かと思ったのに」
「深刻な話よ!でも女がヘアスタイル変えるのにいちいち理由を求めないでくれる?」
それから少し考えるように顎に手を当て、
「……うん。でも確かに、『淑女です』って言いたげなこのドレスは、今の私には似合わないわね。」
「ああ、だからお前は——」
「いっそヘビメタバンドみたいな格好にしようかな。」
「……へびめた?」
「前世ファッションよ。黒革で鎖やシルバー飾りのジャラジャラついた魔族の舞踏衣装みたいなやつ。あれ絶対似合うと思うのよね。私。」
俺は一瞬、間を置いて、
「……よくわからんが、似合いそうなのが悔しい。」
スキンヘッドでへびめた衣装を着て鎖のアクセサリーをつけたお前が俺を押し倒す...
あ、新しい世界、開けそう。
いや!そーじゃなくて! にわかには信じられない話だがと考えていると、その時、いきなり黒い雲が現れて、雷鳴が轟いた。
空気が一瞬、張り詰めた。
目映い閃光、目がくらんだが、視界が開けると目の前に黒ずくめの男がたっていた。
俺と互角の美形(負けはみとめない) 男は俺に目もくれずアンジェリカの前に立ちはだかる。
「アンジェリカ、探したぞ。お前のあた……ヘアスタイルが変わっているから探すのに時間がかかった」
きらきらしい、銀の髪を靡かせてアンジェリカの右手を取る。
あ、この野郎 と、思ったが、アンジェリカの左フックがみぞおちに入った。
ざまぁ(笑)
「今日はピクニックがあるから行かないって言ったでしょう?なんで魔王城から出てくるの?」
男は
「そうだったな。でも君とソフィアのために青いリンゴのアップルパイを料理長に焼かせたんだ。一緒に食べに来ないか?と思って」 苦悶に悶えながら笑顔を作る。
アンジェリカはパッと目を輝かせた。
「青いりんご. . .エイダもいい?」
「勿論だ!」
「うーん。でもやっぱりどうしようかな」 「ま、待て、こいつは誰だ?」
まあ、魔王なんだろうけど…な?
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