スペアのスペア ~近い将来、滅ぶ家のいなくなっても平気扱いの三男に転生したので、より良い自分の未来のために足掻こうと思う~

冬蛍

第1話 俺、転生しちゃった?

「俺、ひょっとして読んでいた小説の世界のキャラに転生したのか?」


 頭部への衝撃が原因で、戻った記憶からそんな言葉が漏れる。


 ただし、そのままのんびりと考え事ができる状況ではなかったけれど。




 魔獣を引き付ける囮役を務め、なんとか直撃だけは避けた魔獣からの攻撃のせいで、デズルが運転していた魔道車は横転している。


 シートベルトで身体が固定されていたおかげなのか、彼の命だけはどうやら助かっていた。


 けれども、ビグザ領の貴族、ビグザ家の三男として生まれた男は、身体のあちこちから激しい痛みを感じているのだった。


 デズル・キ・ビグザ。


 それが彼の名前だった。


 魔道車の横転時に頭部を強打したことで、前世の記憶が突然戻った。


 少なくとも本人の認識ではそうなっている。


 もっとも、正確に言えば『思い出せた記憶がある』とでも言うべきかもしれないけれど。


 デズルのこれまでの人生の記憶に、いきなり前世の記憶が追加された。


 そのことで一瞬パニックに陥りかける。


 けれども、激痛によってそれどころではなくなった。


 ついでに言えば、『現状を維持すれば待っているのはおそらく死』でしかない。


「(俺は、生きたい。こんな死に方は嫌だ)」


 デズルは、本能的な意思を以て余分な思考の全てを放り投げ、生にしがみ付こうとしたのだった。


 横転した魔道車の運転席に身体を固定していたベルトを、腰に差していた大ぶりのナイフを使ってなんとか切り裂く。


 結果として、デズルはもう動かない魔道車からの脱出に成功する。


 その直後、魔道車は魔獣に潰されてしまう。


 ただし、その行為に出た魔獣は2体のスーツからの攻撃を同時に受けて、その場で絶命したけれども。


「なんだ。デズルは死んだかと思ったけど生きていたのか。なら、おしゃかになった魔道車の魔石を回収して、村へ戻れ。魔道車を失ったせいで素材を運ぶ手間が増えたじゃないか。故にデズル、お前の今日の取り分はなしだ。それに、魔道車をダメにしたから今後5年は無給になることを覚悟しろ」


 とにもかくにも、戦闘は終わった。


 長兄がデズルに向けて発した言葉は冷たく、そして厳しい。

 

 今日のデズルは、ファーミルス王国のビグザ領に隣接している、いわゆる『魔獣の領域』の魔獣を間引くための釣り餌役をやらされていた。


 釣り出した魔獣の注意を引き付けて、兄二人のスーツによる奇襲攻撃を成功させる役目を果たしたのだ。


 まぁ、安くはない魔道車を失ったことで、前当主や義母、異母兄、異母妹たちから叱責を受けるのも確実なのだが。


 デズルの置かれているビグザ領での立場は辛く、非常に厳しい。


 彼の実父である前当主は、魔力量の釣り合う正妻との間に一男一女をもうけており、騎士爵の基準に届かない魔力量の第二夫人との間には、男子が一人生まれている。


 第二夫人の出産に遅れること僅か2日。


 保有魔力量が低い平民の母から生まれたのがデズルであった。


 後継ぎとなった長子の保有魔力量は1200。

 スペアとなる次男の保有魔力量は600。


 それに対して、デズルの保有魔力量は騎士爵基準の500に満たない、450でしかなかった。


 これでは、稼働させるには最低500の魔力量を必要とする武装である、『スーツ』を扱うことができない。


 しかも悲しいことに、実母は魔力中毒症の影響で、彼を産み落として3日後には息を引き取っている。


 デズルは、実母の顔すら知らずに、ビグザ家のスペアのスペアとしてこれまで育ったのである。




 日本で生きていた記憶が戻ったことで、デズルが生きる世界の常識的な現状の待遇は、本人にとって受け入れ難いモノとなった。


 生きて、食って行くことはできる。


 僅かだが、金だってもらえる。


 しかしながら、自由らしい自由はなく、現状の待遇は限りなく飼い殺しに近い。


 デズルは長兄にとって、使い勝手の良い駒でしかないのが現実であった。


 はっきり言えば、『使い潰しても全く構わない奴隷』の扱いである。


「領地を発展させ、ビグザ家の当主である兄が準男爵に陞爵すれば、お前の扱いも良くなる」


 実父からはそう言われていたのを、信じていた。


 いや、薄々とは嘘だと思っていても、それを信じようとしていた過去のデズル。


 だが、思い出した記憶からすれば、それは実現しない未来でしかなかった。


 デズルが読んでいた小説の通りに事態が推移するならば、ビグザ領はワーム種の魔獣の一群からの襲撃を受けて、滅ぶのだから。


「(『前世の名前』とか、『どんな仕事をしてた』とか、『どこに住んでいた』とかは、微塵も思い出せない。『あと十年ぐらいで年金がもらえる年齢になるけど、本当に受給できるのかな?』って記憶が、思い出せないことが多い中で鮮明にあるのは不思議だし笑えるけど)」


 状況を整理して理解しようとして、最初に考えたのはそんなことでしかなかった。


 むろん、それで終わりではないけれど。


「(まぁそれはそれとして、好きで何度も読み返していた【魔力が0だったので超能力を】の内容は細部まで良く覚えている。主人公のラックが生まれたのはファーミルス王国歴4011年4月8日。彼は俺の三学年下になるんだな。で、30年の4月にはゴーズ領ができあがる。今は29年の10月。つまり、ソレは半年後だ。作中ではワームの襲撃時期が明確にはされていなかったけど、赴任初年度だったのは確定だったはず。となると、このままだと最長でも1年半後には、ビグザ領は消滅する)」


 デズルは、ロクに治療も受けることなく、ダイニングキッチンの片隅で寝転んで思考の海に沈んでいた。


 ビグザ家の領主の館においてで、スペアである次男までは個室が与えられている。


 けれども、三男で、しかも騎士爵を継げる魔力量すら持たないデズルには、そのような部屋など与えられていなかった。


 彼の寝床は衝立の間仕切りだけはあるものの、全員が食事をとる部屋の片隅であり、畳めば小さく纏められる粗末なペラペラの寝具が与えられているだけである。


「(ビグザ領を救うことを考えるなら、事前に北部辺境伯に泣きついて機動騎士を派遣してもらって、常駐させてもらうくらい? あるいは、赴任直後のラックに接触して庇護を願う手もあるだろうか?)」


 そこまで考えた時、デズルはその考え自体の危険性に気づいてしまう。


 ビグザ領が滅ばない歴史とは、襲って来るワームの集団を撃退できることと同義となる。


 そうなると、南隣にあるデンドロビウ領が滅ばず、将来ガンダ領のガンダ村が襲撃されることもない。


 ガンダ村が無事ならば、だ。


 ガンダ家の当主が死亡し、その妻のリティシアが未亡人になり、子連れ状態で再婚をする未来は消滅するだろう。


 つまり、主人公であるラックの未来に多大な影響が出る。


 もしもそんな事態となれば、ラックとリティシア第三夫人になるはずの女性との婚姻がなくなるのは確実なのだった。


 それは、リティシア関連のイベントが全て消滅してしまうことに他ならない。


 物語の設定上、ラックの超能力は精神的苦痛を乗り越えることで成長する。


 これは仮定の話になるが、もしも歴史が、彼の受けるはずだった精神的苦痛をなくしてしまう方向へと変化してしまったならば、どうなるだろうか?


 どこかの段階で、超能力の成長不足が理由で詰んでしまう可能性が出てくるかもしれない。


 そうなれば、ファーミルス王国自体が滅んでしまう。


 何故なら、主人公の活躍で、王国は致命傷になりかねないレベルの危機をいくつも乗り越えたのだから。


 となれば、歴史改変そのものが危険なのである。


 ビグザ領に限定してついでに言えば、『仮に直近のワームの襲撃を無事に乗り切ったとしても、その先にはバスクオ家が蟲毒で生み出す災害級魔獣の襲撃イベントだってある』という話だ。


 また、トランザ領が滅んだ時の狼型魔獣の襲撃にしても、ビグザ領が健在ならばその魔獣たちがトランザ領ではなくビグザ領へ来る可能性も捨てきれない。


 領地の位置関係を冷静に考えると、むしろビグザ領へ来る可能性の方が高そうにデズルには思えた。


 つまるところ、どう転んでも現状で最前線に位置するビグザ領には、滅ぶ未来しかなさそうであった。


「(先のことを考えると、歴史はなるべく変えない方が良いんだろうなぁ。でも、俺は死にたくない。アレ? でも待てよ? 俺にとって助けたい人間は、ビグザ領にいるだろうか?)」


 素朴な自問への答えはすぐに出た。


「(いないな)」


 簡潔で明白な答えである。


 前当主、現当主からの扱いが悪いデズルへは、それを知るビグザ領に住む人間の全てが優しくない。


 もっとも、下手に優しく接すれば、デズルを大切にしないビグザ家の人間、領主一族に目を付けられるのだからそれも当然ではあった。


 要は、世に言う『長い物には巻かれろ』を地で行く住民しか、ビグザ領にはいないのだった。


「(騎士爵にすらなれないから、俺には王国からの年金だって出ない。となると、王都で職を探して、生活費を稼いで生きて行くしかないだろうか?)」


 未来に起きる事象がわかっていても、デズルの現状だとその知識は『全く』と言って良いほど役に立たない。


 不遇の三男の立場でしかない男が自由に生きて行くには金が必要であり、その金を楽に稼ぐ方法が存在しないのだから当然ではあった。


「(今の俺の魔力は騎士爵の基準にすら届いてないけど、未来のアナハイ村で起こるあのイベントにもし便乗できれば。450がたぶん450000とかに化ける。そうなれば、人生イージーモードだよなぁ。でもその頃にはもうおっさんどころか、爺さんに片足を突っ込んでるだろうけど)」


 ミシュラが異世界から帰還することで発生する『スーパーパワーアップイベント』に参加が叶うのならば、デズルの考えは正しい。


 まぁ、その段階でデズルは50前後の年齢になる。


 故に、『そこから人生イージーモードになったとして、どうするのか?』という話になりかねないのだけれども。


「(少し先の未来だと、塩で儲けるって手もあるか? 今なら東部辺境伯領まで行けば、そこそこの値段で塩を仕入れられる。大量に仕入れることができれば、儲けもデカくなる。けど、その時期って37年の年の瀬より少し前。晩秋から初冬のあたりなんだよな。スティキー皇国との戦争終結が48年の年末。アナハイ村の案件はそのかなりあとになるんだったっけ。クーガが生まれるのが34年で、異世界から半年後に帰還した時には成人済みで公王になってたはず。物語の後半は、年度や日時がわかる資料集がまだ作られてなかったから、はっきりしないんだよなぁ。クーガが魔道大学校を卒業する53年の春以降なのは確定なんだけど。俺とクーガの年齢差は26だ。ウハッ、卒業後10年以内の話だとして、最大で俺55歳くらいになってるのか)」


 デズルが置かれている現実は、本当に厳しい。


 未来知識があっても、ラックが絡む部分へ関与する形の無茶をして大きく歴史を変えてしまえば、結局自分が死んでしまうかもしれないのだ。


 また、先だつモノも必要なだけ稼ぐ手段が乏しい。


 簡単に大きく稼げるような方法があるなら、誰もがトライするに決まっているのだから。


「(『救ったら詰む』ってわかっている家族、領民が俺に対してクズムーブしてくれているから、『容赦なく見捨てても良い』って思えるのが助かる。このあたり、『デズルとして生きて来た人生経験』と言うか『価値観』の影響もデカいんだろうな)」


 そこまで思考が進むと話は早い。


 自身の持つ金、衣服などの荷物をとっとと纏めて行く。


 今の環境から逃げ出すこと。


 それがデズルにとっての最優先事項になった瞬間であった。




 デズルは、当面の目的地をトランザ領に決めた。


 あそこの領主一族もまた、超の付くクズなのは理解している。


 けれど、あそこは領民への締め付けが緩いのだ。


 端的に言って、『トランザ家の当主は外向けへの対応が悪いだけで、領内への投資を惜しんではいない』のだった。


 つまり、少なくともビグザ領より金払いが良く、仕事もある。


 重機や魔道車が扱える魔力持ちのデズルは、おそらくそこそこ良い待遇が期待できる領地であろう。


 やばくなる時期は予めわかっているので、稼ぐだけ稼いでから脱出すれば良いのであった。



 

「父上、兄上。昨日の負傷が癒えるまで、一応は動けますが満足な働きが俺にはできません。また、魔道車を失ってしまったので、回復後に領地の役に立てる部分は少ないでしょう」


「ま、それはその通りだな」


 異母兄は、『それがどうした?』という尊大な態度を隠しもせずに、デズルの発言を肯定した。


「で、いろいろ考えたのですが。今の私はトランザ領へと出稼ぎに行くのが、ベストに思えます。『外部で稼いで、金をビグザ家に入れる方が良いのかな?』と」


「ふむ」


「新たな魔道車が購入できるくらいの金に1割を乗せて、30年分割払いでこの家に入れます。ただし、当面の生活を確立するため、金を入れ始めるまでに2年の猶予をいただきますが」


「それはまた、勝手な言い分だな。却下だ」


「まぁまぁ、話は最後まで聴いてくださいよ。前提に加えて、私が持つ『家への権利を全て放棄する』のと引き換えに、『それ以外の私がビグザ家に対して負っている義務から解放されること』を提案したいのです」


 失った魔道車の新車価格は金貨で100枚となる。


 失ったそれの同程度の中古の車体であれば、その半値以下だ。


 それに対してデズルが提案した内容は、金貨110枚の負債を背負う代わりに家と縁を切る契約となる。


 この契約内容を日本円に換算することに意味などないかもしれないが、金貨110枚の価値は1100万円相当。


 騎士爵に毎年支給される年金、金貨50枚を2倍にして、更にその額に対して1割増しなのである。


 これは、十分に巨額な負債であった。


「お前がこの領地で生み出す、生み出して来た価値を金額に換算して比較すれば、考え方次第ではなかなか魅力的な提案かもしれん。だが、30年は長い。確実に支払い続けられる保証もなかろう。なので、王国法で有効となる金貨150枚を30年の分割でビグザ家へ支払う内容の借用書を書け。『今後お前が妻や子を持つ場合は、お前が死んだときに強制でそれを引き継ぐ』という条件付きでな。そうすればそれ以外のお前の『身勝手な』提案を受け入れよう」


「利息分が5倍ですか。しかも、『借金の強制相続付き』とはすごいですね。そこまで条件を吊り上げるのならば、こちらとしては、借用書を他所へ流されない保証をいただきたいですね。『ビグザ家に籍がある直系の人間以外は、その借用書の権利を有さない』と。それでいかがですか?」


 どのみち滅ぶ家なので、実のところもっと酷い契約内容でも全く構わないのがデズルの本音である。


 むしろ、予想以上に厳しく条件を吊り上げて来たことには、いっそのこと感謝したいくらいだ。


 元々、ある程度無茶な条件を追加してくることは、兄のこれまでの振る舞いからして想定内。


 よって、『自身が負う支払い義務を、他所に転売されない保証』を、デズルはそれに対して追加するつもりであった。


 異母兄である現当主が、実父の『それはいくらなんでも、酷すぎないか?』のやんわりとした意向をガン無視してくれたおかげで、デズルとしても追加要求が出しやすい。


 まぁ、『返済開始への猶予の2年』と、『ビグザ家に籍がある直系の人間以外は、その借用書の権利を有さない』の二つが通ってしまえば、実質負担はゼロである。


 何故なら、ビグザ領は最長でも1年半後には消滅する運命であり、生き残る人間がいないのがデズルの知る歴史だからだ。


 こうして、デズルは日本で生きていた時のぼんやりとした記憶と、何故か鮮明に思い出すことのできる小説の内容を活用する人生を歩みだした。


 記憶が偶発的に戻らなければ、本来はその時点で死んでいたはずであり、生き残ってしまった段階で既に歴史が変わってしまっていることについては、全く気づいていないデズルなのであった。



◇◇◇ご挨拶◇◇◇


 一日早いお年玉的な投稿。

 カクヨムコン11に参加したくて出しました。

 応援よろしくお願いします。


 今年も一年、ありがとうございました。

 よいお年をお迎えください。

 来年も、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スペアのスペア ~近い将来、滅ぶ家のいなくなっても平気扱いの三男に転生したので、より良い自分の未来のために足掻こうと思う~ 冬蛍 @SFS

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画