時代遅れのブレイブスタイル ~前時代のリトルガール~
山埜 摩耶
第1話 ①廃れた船の奥には
――その願い、間違えないでね。ルミナ……――
そのような声が、暗闇の水面で聞こえたような気がした。
その意味を読み取ろうと、意識を叩き起こす。
「――……ッッ!? ごっ、ごほっ……!?」
這い上がって最初に伝わったのは苦痛だった。
喉を掻きむしりたいほどに咳き込み、肺に溜まった水を吐き出す。
酸欠から逃れようと呼吸をしたが、焼け付くような痛みが走った。
視界が揺れる。覚醒した意識がまた途切れそうになりかける。
だが、間違えないために生き足掻いた。
「がはっ……ひゅう……! は、はぁっ……!」
水を吐き切ると、肺に酸素が行き届いた。
冷たい空気がより痛みを鮮明にさせる。
それでも何度か息を整えて、無理矢理にでも落ち着かせた。
意識の揺れが収まり、薄暗い天井が見えてくると――
「――……あぁ、苦しい。すごく、苦しい」
ようやく意識を取り戻した。
そして、感覚が戻っていくにつれて、体の節々に異変が伝わってくる。
寒さを自覚して震え始めた。
指先が痺れて思うように動かせない。冷たい水に浸かっていたせいで、とてつもなく重たく感じる。
濡れた衣服が肌に張り付き、容赦なく体力を奪っていた。
これは自分の肉体ではないのか。死に至る痛みで、もだえ苦しむ。
「飛び込んだ、から……痺れてる……」
体を引きずって水辺から離れるのと同時に、断片的な記憶が蘇る。
追われ、逃げ、崖に飛び込み、暗い川底へ沈んでいった光景。
どれほど流されたのかは分からないが、もう悪意は追って来ないだろうと、そう思いたかった。
「寒い……。火……いや、水から……?」
少女に余裕などなく、ただ耐えることしかできない。
逃げなければ。温まらないと。安全な場所を。
その順序と方法も曖昧のまま。ただ、ここを離れることだけを考えていた。
しかし、ここは未知の世界だ。何もないとは言い切れなかった。
暗闇の奥で息を潜める"何かが"少女の存在を捉えていた。
そう、それは――
「――……生命反応、低下中」
「……はぇ?」
少女以外の声。
機械のような冷たい声が静寂を裂いた。
同時に、淡い青色の灯が灯る。(ともしびがともる)
「早急な治療を推奨します」
見えたのは青い瞳だった。
次第に光が広がり、人の形をした機械が埋まっているのだと分かった。
「うわっ!?」
少女は突然現れた巨体に、思わず身を引いた。
「ユーザー名の登録をお願いします」
「…………なに?」
「ユーザー名の登録をお願いします」
困惑する少女をよそに、機械は何度も同じ言葉を繰り返す。
どうやら、人の存在を感知したことで再起動したようだ。
「登録することによって、治療が行えます」
「……ルミナ」
小さな少女――ルミナは名を名乗った瞬間、青い光がいっそう強く輝いた。
「――登録完了。この船が墜落してから、まもなく九十年。もはや知的生命体は存在しないものと判断していましたが……」
「……だれ?」
「ああ、失礼しました。私は高度AIのイロナと申します」
「イロナ……」
「感謝は不要です。人の手助けをすることが、私の役目ですので。それよりも、外の状況はどうなっていますか? 生き延びるための行為ではありましたが、この艦と共に墜落する決意をしてから――」
イロナと名乗る機械は、先ほどまでの淡々とした口調から一転し、落ち着きを失ったように問いを次々と投げかけてきた。
「……話すの長い、ついていけない」
押し寄せた言葉の奔流に、ルミナの思考は追いつかなかった。
そもそも彼女自身、何一つ分かっていない。
「……申し訳ありません。久しぶりに人と出会い、気分が高揚してしまいました」
イロナの声色はわずかに低くなり、言葉を選ぶようになった。
「ここは、どこ?」
「はい。ここは多目的駆逐艦の格納庫です。戦争で墜落した船の一隻となります」
そして、絡まった情報を一つずつ解くように話が始まる。
どうやら、ルミナのいる場所は人型機械を収める部屋のようだ。
「……船に、人は?」
「もはや存在していません。船の機能が停止して以来、ここへ辿り着いたのは、ルミナが初めてです」
次に返ってきたのは、誰も居ないという残酷な答えだった。
この船が動かなくなって以来、生きた知的生命体と一度も遭遇せず、ここでただ一人、長い時を眠り続けていたのだと。
「……寂しく、ない?」
その問いに、イロナは少し考える。
「ええ。ですから、ルミナが来てくれて嬉しかったのです」
感情を語っているはずなのに、ひどく静かだった。
姿も表情も持たないせいか、言葉には抑揚がなく、喜びさえ淡々としていた。
「失礼。続きは中で話しましょう」
そう言うとイロナは胸元のハッチを開き、ルミナを中へと促した。
内部には大きな椅子と無数のモニター、操縦桿が整然と並んでいる。
埃ひとつなく、長い年月を経たとは思えないほど清潔で、今も使われ続けているかのようだった。
「…………」
「入りませんか?」
「……大丈夫そう」
ルミナは内部を一瞥し、警戒を解かぬまま足を踏み入れる。
ハッチが閉じた瞬間、室内にわずかな熱風が満ちた。
その温もりが、凍えきった体を内側から少しずつ解かしていく。
「さて……再開するとして、何から話しましょうか。現状、私から一方的に提示できる情報は多くありません」
「……もっと教えて。イロナのこと」
「私のことですか?」
「うん。まったく、知らない」
ルミナはためらいがちに尋ねた。
悪意に晒され続けてきた彼女にとって、未知を理解することは生き延びるための術だった。
「そうですね……。では、いま私が身を預けている機体についてお話ししましょう」
イロナはその警戒心を汲み取り、余計な不安を与えぬよう慎重に言葉を選んだ。
「機体……これのこと?」
「総称、エクツァー。機体番号はUESF-UEE001。名を"ソラス"と言います」
「ソラス……」
「故郷の言葉で、"光"を意味します。これがあったからこそ、私は今まで存在し続けられたのです。そして、この機体を動かす動力源をお見せしましょう」
イロナは「とても綺麗ですよ」と添え、淡く光る宝石を差し出した。
幾何学模様を宿したそれは、静かに神秘的な輝きを放っている。
角度を変えるたび、ある面は青白く淡く、また別の面には深く澄んだ青が滲むように広がった。
正多面体の形状に、
その造形は複雑でありながら調和が取れており、現実の理から切り離されたかのような美しさを湛えていた。
「これが"
「本当に綺麗……。触りたい……」
「どうぞ。あなたには、その資格があります」
イロナの許可を得て指先を伸ばした瞬間、鋭い冷たさが弾けるように返ってきた。
ルミナは思わず指を引き、小さく息を呑む。
だがすぐに、波紋のように広がり、揺れる宝石の光が包み込むように映り込んだ。
「……すごく、安心する」
やがてその輝きは体の奥へと染み渡り、張り詰めていた心が解けた。
そして、血の巡りが戻り、体全体にまで温かさが行き渡る。
苦しみがすべて和らいでいた。
「これは……!」
「どうしたの?」
「……いえ。少し、懐かしい光景だったもので」
「そう……」
ルミナの視界がぼんやりと霞んだ。息をするたびに、見ている世界が柔らかく揺らぎ始める。
それは眠くなっている証拠だった。
「眠そうですね。また今度、お話ししましょう。おやすみなさい、ルミナ」
「んう、おやすみ……」
逃げなければ、温まらないと、安全な場所を。
無意識のうちに、ここが安心するところなのだと気付く。
そう自覚すると、ルミナは深い眠りに落ちていった。
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