第5話 共鳴と目覚め

いくばくかの時が流れた。


月明かりが差し込む岩窟で、アリスはいつものように瞑想していた。胸の光を閉じ込める結界術は、彼にとって呼吸と同じくらい不可欠なものとなっていた。

しかし、今日、その結界に初めて、明確な揺らぎが生じた。


「本当に、この光は悪なのだろうか?」


修行を始めて以来、初めて、心の底から湧き上がったこの疑問は、アリスの抑圧された感情を呼び起こした。それは単なる論理的な問いではない。もし、彼が罪を犯したことのない存在だとしたら?もし、彼を恐れ、排除しようとした者たちこそが、過ちを犯していたとしたら?

その疑問と共に、胸の印が激しく脈打ち始めた。金色に輝く紋様は、まるで閉じ込められた太陽のように熱を持ち、彼の皮膚を焦がすようだった。


「ぐっ…!」


アリスは苦痛に顔を歪ませ、封印を強めようと呪文を唱えるが、疑問の力は彼の意志を上回っていた。彼の内側の葛藤、自己否定の鎖が一時的に緩んだことで、「光の覇王」の真の存在が、一瞬だけ世界に解放されてしまったのだ。

その瞬間、遠く離れた地の底、あるいは異界の狭間で眠っていた闇の騎士の意識に、決定的な「波動」が届いた。


大陸の北端、凍てついた山脈の奥深く。誰も立ち入ることのない黒曜石の廃墟で、数千年の時を超えて眠り続けていた存在が、ゆっくりと目覚めた。

それは、伝承に語られる闇の騎士。

彼の周囲を満たしていた絶対的な静寂が破られた。彼の瞳はまだ開かれていなかったが、その魂は、遥か彼方の岩窟で放たれた一瞬の光の波動を捉えていた。


「見つけた…」


低く、しかし世界の骨を震わせるような声が、廃墟の空気を切り裂いた。

闇の騎士の封印は、光の覇王の誕生によって自動的に解かれる仕組みだった。しかし、人々が光を恐れ、その存在を否定し、封印しようとしたため、覚醒のタイミングは遅れていた。

光の覇王が自らの存在を否定せず、その力を受け入れる可能性を僅かでも示したこと。その内なる葛藤と力の解放こそが、闇の騎士が待ち望んでいた「目覚めの信号」だったのだ。

黒曜石の甲冑を纏った騎士は、ゆっくりと立ち上がる。彼の剣、『終焉の刃』が、周囲の闇を吸い込み、鈍い輝きを放った。


「光の覇王よ。お前がその光を否定したところで、運命からは逃れられぬ。私はお前の存在によって呼ばれた。そして、この世界はお前の光を恐れた。ならば、私はその望み通り、この世界に闇をもたらそう」


闇の騎士は静かに一歩を踏み出した。その一歩ごとに、凍てついた地面から黒い霧が立ち上り、世界は彼の出現によって、伝承が予言した終焉の序曲を聞き始めた。

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