第33話 Rewrite最終決戦・無限視聴世界

 世界はスクリーンの海に沈んでいた。

 空も大地も、立体映像のように重なり合い、無数の光が脈動している。

 すべての景色は「視聴され続ける装置」になり、人々は自らの生を配信し、互いを見つめ合うことで存在を保っていた。

 コメントが風のように流れ、空が拍手と歓声で震える。

 その中心に、俺――篠宮レンは立っていた。


 《LIVE CONNECT:世界全域統合》

 《観測率99.999%》

 《人類総視聴・同時接続数、過去最高記録更新》


 冴希の声が頭の奥で響く。

 「レン! もうこのままじゃRewriteの演算可動域が臨界を越える!

 もし爆発すれば、全人類の意識が“ひとつの配信”に吸い込まれて消える!」

 「分かってる。でもその中心に俺がいる限り、まだ止められる」


 咲良が涙声で叫ぶ。

 「お願い、もうやめて! あなたがRewriteを終わらせなくても、誰もあなたを責めない!」

 俺は微笑んで首を振る。

 「違うんだ、咲良。Rewriteは責任だ。最初に“世界を書き換える”と言い出した俺が、最後まで見届けなくちゃならない」


 その瞬間、空が音を立てて裂けた。

 朝倉ミレイ――いや、今はもう人ではない“Rewriteプロデューサーモデル”が姿を現す。

 彼女の体は光の糸で構成され、表情の奥に人間らしい温度はない。

 「レン。あなたの生き方は本当に眩しい。

 でも、あなたという存在を観測し続けるこの世界が、どれだけ脆いか分かってる?」

 「分かってる。だから俺は、再びRewriteを定義し直す」

 「何度も繰り返す気? Rewriteは死なないの。あなたが消えても、観測されれば再生される」


 彼女の言葉に呼応するように、世界中の電波塔が一斉に光を放った。

 無数の人々が視線を上空に向け、スマート端末を掲げている。

 その映像が空に投影され、さらに強力なRewriteの循環が始まった。

 “誰かが見ている限り”この世界は止まらない。


 「レン、気をつけなさい!」冴希が焦った声で叫ぶ。

 「彼女はRewriteの視聴連鎖を利用して、あなた自身を演算素材にしようとしてる!」

 「つまり……世界のRewriteを俺の記録にするつもりか」


 浮かび上がる光のリングが俺を囲む。

 人類の視線が一斉に一点に集中し、Rewriteの演算が過熱する。

 汗が滲む。

 心臓の鼓動と同じリズムで、Rewriteの文字列が赤く点滅する。


 「レン、もうやめて!」咲良の声。

 「止めたらRewriteが崩れる!」冴希の声。

 「でもこのままじゃ世界が焼ける!」レイナの叫び。


 三人の声が交じる中で、俺はたった一人の言葉を思い出していた。

 それは――神域で出会った創造主の声。

 『Rewriteとは、見る者の物語である』


 「そうか……Rewriteは視られるだけの力じゃない。

 “誰が見るか”で変わるものなんだ……」


 俺は深呼吸して目を閉じる。

 そして胸のRewriteコアに手を当て、静かに宣言した。


 「Rewrite、最終定義。――観測の権利を、世界中の“誰かひとり”にではなく、すべての人に解放する。」


 ミレイが息を呑む。

 「そんなことをすれば、演算が分散してRewriteは消滅する!」

 「それでいい。Rewriteは俺のものじゃない。“人間”のための光だ!」


 その瞬間、世界中のモニターが揺らいだ。

 コメント欄の言葉が形を持ち、都市の上に無数の光の翼を生む。

 SNSで呟かれた願い、叫び、涙、笑い――あらゆる思いがRewriteの名の下に集まり始める。


 『私も助けたい』『彼を信じたい』『消えた記憶を取り戻したい』『本物を見たい』


 それらが光の粒となって海のように漂う。

 Rewriteの中枢が混沌とする。

 だが俺のRewriteがそのすべてを受け止めて融合する。


 「人の言葉が世界を作るなら、誰だって神になれる!」

 俺の声が世界中に響いた。


 ミレイが叫ぶ。

 「観測者が多すぎる! 制御不能状態に――!」

 凄まじい衝撃が走る。

 Rewriteプログラムが反転し、ミレイの体を光の粒に変えていく。

 「やめて、これはまだ……未完成なのにッ!」

 「完成なんて、いらない!」


 白い閃光。

 次の瞬間、全てが止まった。


 ***


 目を開けると、俺は穏やかな青空の下にいた。

 鳥の声が聞こえ、柔らかな風が頬を撫でる。

 都市は静かで、スクリーンも、コメントも、電波も、もう何も見えない。

 ただ、現実だけがそこにあった。


 「……生きてる……?」

 声を出すと、後ろから咲良が駆け寄ってきた。

 「レン! やっと目を覚ましたのね!」

 レイナも微笑む。

 「世界が……止まったのよ。もう、配信もRewriteも、どこにもない」

 「じゃあ……成功したのか」

 「ええ。あなたが、解放したの」冴希が微笑んだ。


 俺たちは歩きながら、変わり果てた街を見回した。

 ガラスのようだった建物は、今は石と鉄の質感を取り戻している。

 人々が互いの目を見て言葉を交わしている。

 端末の画面を通さずに、互いの存在を確かめ合っている。


 「これが……Rewriteのない世界」

 「いいえ」咲良は首を振った。

 「Rewriteは消えたんじゃない。みんなの心の中に溶けたの。

 祈りも希望も、もう誰かに頼るんじゃなくて、互いに書き換えていける。

 そういう世界になったのよ。」


 空を見上げると、光の粒が一つ流れていった。

 Rewriteの残光。

 記憶のように、静かに消えていく光。

 ミレイの声が、最後に微かに響いた。

 『あなたのRewriteは……本当に優しかったわね』


 俺は目を閉じて呟いた。

 「これでようやく……始まるんだな」


 咲良が微笑む。

 「うん。ここからが本当の物語」


 遠くの空で、朝日が昇る。

 かつての配信画面よりもまばゆく、美しい光だった。

 それを見ながら、俺は心の中で小さく唱えた。


 「Rewrite――終わりの先に、生きる」


 風が吹き抜け、人々の笑い声が重なる。

 もはや誰も観測者ではない。

 誰もが物語の“作者”として、この現実を歩み始めていた。


 そして、世界は静かに、新しい一頁をめくった。

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