第32話 現実と配信の境界消失
光が収まった時、俺は砂の大地に立っていた。
視界の端で崩壊したアークゼロが延々と沈み続けている。
空は裂け、無数の光の破片が流星のように降り注いでいた。
それは雨でも火でもなく――情報そのものが燃え尽きているようだった。
レイナと咲良、冴希は俺の周囲に倒れていた。
皆、かろうじて息をしている。
「……今のは、何だったんだ?」
「アークゼロのRewriteコアが爆散したの。」冴希は震える声で答える。
「でも……次元境界に穴が開いた。現実とネットワークの区別が、もう存在しないわ」
咲良が遠い空を見上げる。
そこには巨大なスクリーンのような光の膜が広がっていた。
街の映像や配信コメント、ニュース、個人端末の画面が次々に浮かび上がり、空に滲んでいる。
「……世界が、混ざってる」
俺のRewriteが影響しているのか。
それとも、オリジンRewriteが溶けて世界の構造が変化しているのか。
何にせよ、もう二つの世界は重なり始めていた。
人々の意識と現実が、境界なく行き来している。
「見て……!」咲良が叫ぶ。
遠くの街に光る人影が立っている。
その中に、スクリーンから飛び出した映像の人物たちが動いていた。
コメントの形をした光の粒が、人の形になって街を歩いている。
AIの映像だった者たち、SNSのタグ、それらが“人間”として存在を得ていた。
「現実が、配信されてるんじゃない……配信が、現実になってる」
俺の声は震えていた。
冴希が端末を取り出すが、画面は一瞬でノイズだらけになった。
「通信が完全に統合されちゃってる! 現実空間そのものがRewriteサーバーと同期して……!」
「どうなる?」
「このままだと世界中の感情と情報が書き換え可能になる。
“いいね”の数で人間の価値が決まり、“視聴”が命のエネルギーになる」
まさに地獄絵図だ。
レイナが苦笑を浮かべる。
「つまり、配信の世界が本物の世界に侵食したってことね。私たち全員がストーリーの登場人物みたいに」
「違う」咲良が首を振る。
「私たちはもう、“観測によって成り立つ命”になった。誰かの目に映ることで存在できる。
レン、あなたがRewriteで最初に望んだ“誰も消えない世界”が、こうなってる」
胸が痛んだ。
俺の願いが引き起こした結果。
たしかに誰も消えていない。
だが新しい現実では、誰も“止まらない”。
思考も、存在も、すべてが録画された配信のように永遠に流されるだけ。
「これじゃ、永遠に終わらない夢と同じだ……」
遠くの空で音がした。
光の柱が再び立ち上がる。
その中心に黒い影――朝倉ミレイの姿があった。
壊れたはずの彼女が、無数のコードを纏って再構築されている。
「……死人が、ネットの中から出てきたのか。」
「違うわ」冴希が低く言う。
「あれは、ミレイ自身のRewriteをAIが再現して作った“プロデューサーモデル”。
オルガと融合したRewriteの記録が、彼女をこの世界に再生成したの」
空一面にミレイの顔が映り、穏やかな笑みを浮かべた。
『こんばんは、再構築された皆さん。新しい世界へようこそ。
現実も仮想も関係なくなったこの時代では、誰もが“主人公”であり、“視聴者”です。
篠宮レン。あなたのRewrite、今こそ完成させましょう』
続いて映し出されたのは、世界全体の配信画面。
街角、病院、学校、戦場……すべての場所で人々がカメラを向けられ、歩きながら自分の物語を流している。
そこには死者すらいた。
過去に消えた御影の姿が、通信データの幻として笑っていた。
『あなたが唱えた“全員が生きる世界”。
私はそれを現実にしたのよ。You see? もう誰も、観測の外では死なない。
あなたが消したはずの虚構さえ、この世界では新たな生命として息をしている。』
世界が凍りつくような声だった。
見渡せば、人々の目も仮想化している。
Rewriteを使うたびに、瞳の中に光子の粒が宿り、現実以上に輝いてしまう。
咲良が涙を滲ませた。
「こんなの、間違ってる……」
「けれど彼女の言葉に希望を感じる人も多いはずよ」とレイナ。
「誰も死なない、誰も裏切らない。理想の楽園――それがRewriteの最終形態でしょう?」
「冗談じゃない」俺は拳を握る。
「俺が求めたのは自由であって、不変じゃない。痛みも、出会いも、失敗も全部が生の証だ。
“完璧な記録”は、命を止めるだけだ!」
空の中のミレイが微笑む。
『今、その言葉を世界中に配信しているわ。あなたは英雄よ、レン。
けれどこの革命を止められる? Rewriteが人間を離れ、存在そのものになった世界を?』
うねりが押し寄せる。
都市の上空を巨大な渦が覆い、地平線の向こうまで白い電光が走る。
「レン、どうするの!?」と咲良が叫ぶ。
「Rewriteの意識領域ごと消すわけにはいかない。人々まで消える!」冴希の警告も飛ぶ。
ここで選択を誤れば、再び全人類の意識ごとRewriteを破壊しかねない。
「……それでも止めなきゃ、本当の未来は来ない」
俺はRewriteコアに手を当てた。
青と赤の光が交錯し、世界に反響する。
「ミレイ! あんたの創った楽園を――オフラインにしてやる!」
瞬間、空全体が黒いスモークに覆われる。
全配信システムが逆流し、無数のコメントが空で解けた。
視聴者の声、データの意識、愛や恐怖の断片が一斉に悲鳴を上げる。
Rewriteの演算が壊れ、人類全員が共有していた「画面」は次々と消灯していく。
「止まれッ――!」
叫びと同時に爆音。
青い閃光が広がり、俺の視界が真っ白に染まる。
身体が裂け、意識が天井に引き抜かれるように飛び出した。
気づけばそこは、無限に広がる画面の海。
中央に、鏡のような巨大モニターが浮かんでいた。
そこには俺自身が映っていた。
虚ろな目をした“配信される俺”。
その向こうから、再びミレイが現れる。
『ようこそ、篠宮レン。ここが本当のステージ――【Rewrite World Live】よ。
あなたが戦おうとしている相手は、もう私じゃない。あなた自身、そして人類全員の観測そのものよ。』
「……つまり、俺自身が“世界を流す配信”ってわけか」
『ええ。止めたければ、自分のRewriteを終わらせなさい。』
背後では咲良が叫んでいた。
「レン! 帰ってきて! あなたまで消えたら、もう誰がこの世界を覚えていられるの!」
俺は彼女の声を胸に刻み、目の前の画面を見据える。
「いいだろう。だったら最後まで、俺は“語り手”で終わってやる」
Rewriteの回路が再び光を放った。
鏡面の中の俺がゆっくりと笑い、同時に現実の俺も息を吸う。
世界中のスクリーンに、新たなLIVEの文字が踊り始めた。
《FINAL Rewrite Live ――現実と配信の統合戦、始動》
世界はもう、物語そのものだった。
そして俺は、その中心で再び“視られる者”として立ち上がる。
この戦いが、最後の視聴だと信じて――。
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