第21話:禁忌
巨大なワニ、「アーマード・ゲーター」との死闘を制した後。
俺たちは地上に戻ると、迎えに来ていた公爵家の馬車に乗り込んだ。
だが、馬車が向かったのは学園ではなかった。
「……あのさ、どこに向かってるんだ?」
「どこって、王都の冒険者ギルド本部よ。あんな大きな素材、学園の購買部じゃ買い取ってくれないし、安く叩かれるだけだわ」
向かいの席で優雅に脚を組むエレオノーラが、当然のように言った。
俺は目を瞬かせた。
「え、俺たち学生だぞ?王都のギルドで換金できるのか?」
「何を言ってるの?学園の生徒は、入学手続きと同時に冒険者ギルドにも自動登録されているのよ。書類に書いてあったでしょう?」
「……マジか」
俺は愕然とした。
入学時のあの分厚い書類の束なんて、まともに読んでいなかった。
つまり、俺は今までずっと、レートの悪い学園内の窓口で素材を売り、損をし続けていたということになる。
「……無知は罪だな」
「あら、知らなかったの?まあ、カイルらしいと言えばらしいけれど」
エレオノーラがくすりと笑う。
俺はガックリと項垂れながら、窓の外に広がる王都の街並みを眺めた。
王都の中央通りに面した、石造りの巨大な建物。
それが「冒険者ギルド本部」だった。
入り口の扉は開け放たれ、強そうな武器を背負った男たちが絶えず出入りしている。
馬車を降りた俺は、その威容に少し身構えた。
(……こういう時って、入り口で新人に絡んでくる『テンプレな不良冒険者』がいるのがお約束だよな。『おい学生、ここはガキの遊び場じゃねえぞ』とか言って)
俺は周囲を警戒しながら歩き出した。
だが、すれ違う冒険者たちは俺を一瞥するだけで、特に絡んでくる様子はない。
むしろ、俺の隣を歩くエレオノーラの姿――その圧倒的な美貌と、一目で高級品と分かる装備――を見て、道を開けていく。
(……なかったな。まあ、公爵家の馬車から降りてきた相手に喧嘩を売るバカはいないか)
平和なのは良いことだ。
俺は少し拍子抜けしつつ、エレオノーラの後について中へと入った。
ギルド内は、熱気と汗、そして鉄と革の匂いが混じり合っていた。
俺たちは買取所に向かうと、エレオノーラのマジックバッグから、先ほどの戦利品を取り出した。
ドサリ、ドサリ。
買取所に置かれたのは、巨大なワニの皮、鋭利な牙、そして握り拳大の魔石だ。
受付嬢の女性が、目を剥いて硬直した。
「こ、これは……第5階層の主、『アーマード・ゲーター』の素材ですか!?」
彼女の甲高い声が、騒がしいギルド内に響き渡った。
一瞬、周囲のざわめきが止まる。
「学生のお二人が倒したのですか?あの個体、討伐推奨レベルはかなり高いはずですが……」
「ええ。たまたま遭遇してしまって。運良く仕留められたわ」
エレオノーラが涼しい顔で答える。
その言葉に、周囲の冒険者たちがざわつき始めた。
「おい見ろよ、あのでかい素材……」
「ワニのヌシじゃねえか。最近、誰も手を出さなかったやつだぞ」
「学生がやったのか?嘘だろ」
懐疑的な視線が俺たちに突き刺さる。
だが、すぐに誰かが声を上げた。
「……いや、あの方はアルカディア公爵家の令嬢、『氷姫』エレオノーラ様だ」
「ああ、今年の首席と噂の……。なるほど、公爵令嬢の魔法か。それなら納得だ」
空気が「疑い」から「納得」へと変わる。
とてつもない魔力を持つ天才令嬢なら、これくらい倒しても不思議ではない、というわけだ。
そして、俺への視線は――。
「隣の男は誰だ?荷物持ちか?」
「従者だろうな。いい身分だぜ、お姫様のお守りで」
完全に「おまけ」扱いだった。
だが、俺にとってはそれが一番好都合だ。
(よしよし、その調子だ。俺が目立つと『銃』のことがバレるからな)
俺は気配を消し、あえてエレオノーラの後ろに一歩引いて控えた。
影の薄い従者。
それが今の俺の最適な立ち位置だ。
査定はすぐに終わった。
提示された金額は、金貨数枚。
学園生にとっては、目が飛び出るような大金だ。
「これ、カイルが持っておきなさい」
ギルドを出た後、エレオノーラは革袋に入った報酬を、そのまま俺に差し出した。
「は?いや、半分だろ。君が囮になってくれたから勝てたんだぞ」
「私は家からの支援があるから、お金には困っていないの。それに、あなたのその『武器』……お金がかかるんでしょう?」
彼女は俺の腰にある銃をちらりと見た。
痛いところを突かれた。
俺はありがたく金貨を受け取った。
「……悪いな。正直、助かるよ。弾代がバカにならないんだ」
俺は袋の重みを手に感じながら、頭の中で素早く計算を始めた。
(今回の売上はデカイ。……だが)
俺は脳内で経費を差し引いていく。
今回消費した弾。
予備弾を作るための火薬代。
薬莢となる真鍮の加工費。
そして、加工を依頼するミナへの支払い。
(……差し引くと、手元に残るのはこれだけか)
俺は苦笑いを浮かべた。
金貨数枚が、あっという間に銀貨数枚レベルの利益にまで圧縮されてしまった。
「……意外と残らないな」
「剣なら、一度買えば手入れだけで済むのにね」
「全くだ。こいつは撃つたびに、金をばら撒いてるようなもんだよ」
銃という武器の最大の欠点。
それはランニングコストの高さだ。
強力な威力の代償として、俺は常に金を稼ぎ続けなければならない。
学園に戻った俺は、その足で魔導工学科の工房棟――ミナの工房へと向かった。
部屋に入ると、相変わらず油と鉄の匂いが充満している。
「いらっしゃいカイル。……って、うわっ!血生臭っ!」
作業台に向かっていたミナが、鼻をつまんで顔をしかめた。
「派手にやってきたみたいね。生きて帰ってこれて何よりだわ」
「ああ、おかげさんでな。ほら、これ報酬と、メンテの依頼だ」
俺は金貨の一部と、ホルスターから抜いた「ピースメーカー」をミナに渡した。
ミナは金貨を机の隅に無造作に置くと、銃本体を食い入るように見つめながら受け取った。
彼女がこのメンテを引き受けている最大の理由は、この未知のオーバーテクノロジーを分解し、その構造を理解して、自分の技術として吸収することだ。
彼女にとって、メンテナンスは最高の「教材」であり、学習時間なのだ。
ミナは慣れた手つきでシリンダーを確認した。
「うわ、傷だらけ。連続で撃ちすぎよ。バレルも熱のせいで……少し傷んでるかもしれないわね」
「10メートル級のワニが相手だったんだ。出し惜しみしてたら死んでたよ」
俺は椅子にどかりと腰を下ろし、大きく息を吐いた。
ミナが手際よく銃を分解し、清掃を始めるのを眺めながら、俺はずっと気になっていた「あること」を口にした。
「なぁミナ。今日、ダンジョンの深層に行く途中で、妙なものを見たんだ」
「妙なもの?」
ミナは手を止めずに聞き返した。
「ああ。壁の一部だけ、材質が違ってたんだ。魔法で作ったんじゃなくて、まるで地球の……いや、高度な機械で加工したような、継ぎ目のない滑らかな壁があった」
俺の説明を聞いた瞬間。
ミナの手がピタリと止まった。
「……継ぎ目のない、壁?」
彼女がゆっくりと顔を上げた。
その表情から、いつもの茶化すような笑みが消えている。
「それ、どのくらいの範囲?」
「横穴の奥だったから詳しくは分からないけど……明らかに、そのダンジョンの他の部分とは違う『文明』で作られてる感じがした。オーバーテクノロジーっていうか……」
「……古代文明の遺構かもしれないわね」
ミナが声を潜めて呟いた。
俺は腰のホルスターに視線を落とした。
「やっぱり、そう思うか。俺がこいつを拾った遺跡と同じ気配がしたんだ」
俺がこの銃を手に入れたのも、崩落した遺跡の跡地でのことだった。
だから、この世界にかつて高度な文明があったことは知っている。
だが、ミナの顔色は悪い。
彼女は鋭い視線を俺に向けた。
「カイル、あんた歴史の授業寝てたの?」
「は?古代文明のことなら知ってるって。だからこうして報告を……」
「そうじゃないわよ。『女神教』がそれをどう扱っているか、って話」
ミナはため息をつき、冷ややかな声で言った。
「『女神教』は、古代文明を徹底的に嫌っているのよ」
「嫌ってる?」
「ええ。彼らの教義ではこうなってるの。『古代文明は悪』であり、『魔法こそが女神の慈悲』だって」
ミナは布でバレルを拭きながら続けた。
「彼らにとって、古代技術は『かつて世界を滅ぼしかけた禁忌』なの。だから、古代文明の遺跡や遺物は、見つかり次第『異端』として徹底的に破壊・封印されるわ」
「……破壊、封印」
その言葉を聞いた瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。
俺は分解されて作業台に並んでいる、自分の「銃」に視線を落とした。
精巧な歯車。
火薬の力で弾丸を飛ばす機構。
魔法に頼らない、純粋な物理法則と機械技術の結晶。
俺が遺跡で拾い、修理して使っているこの力。
(……ってことは、この銃がバレたら)
俺の心臓が早鐘を打った。
(俺は『悪の遺物使い』として、教会に喧嘩を売ることになるのか?)
今まで、「珍しい武器」あるいは「ロマン武器」程度に思っていた。
周囲に隠していたのも、単に「手の内を晒したくない」とか「変に目立ちたくない」という理由だった。
だが、現実はもっと深刻だ。
これは、宗教的なタブーそのものなのだ。
「……なぁ、ミナ。もしこの銃が、教会の連中に見つかったら?」
「最悪、異端審問にかけられて火あぶりでしょうね。私も共犯者として同罪よ」
ミナは事も無げに言ったが、その目は笑っていなかった。
「だからカイル。その壁のことは忘れなさい。下手に嗅ぎ回って、教会に目をつけられたら終わりよ」
「……ああ、肝に銘じるよ」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
今日、俺はギルドで大金を手に入れた。
金の心配もなくなり、装備の強さも証明された。
だが、それと引き換えに、とてつもなく厄介なものを抱えていることを知ってしまった。
「……とりあえず、今日はもう帰って寝るよ。」
「ええ、それがいいわ。メンテは完璧にしとくから、明日の朝に取りに来なさい」
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