第20話:違和感
キィン!!
地下通路に、発射音が響き渡った。
青白いマズルフラッシュが闇を切り裂き、飛びかかってきた「巨大ナメクジ」の頭部を弾き飛ばす。
衝撃で中身をぶちまけ、魔物は痙攣して動かなくなった。
「ふぅ……。これで、このあたりは片付いたか?」
俺は大きく息を吐き出し、銃口から立ち上る僅かな煙を払った。
地下水路の第3階層から第4階層にかけてのエリア。
ここに来るまで、すでに十数体の魔物と遭遇している。
今のところ無傷だが、緊張で肩が凝ってきた。
「ええ、お見事よカイル。狙いが正確だわ」
前衛を務めていたエレオノーラが、レイピアについた体液を振るい落としながら振り返る。
彼女の動きには余裕があった。
魔力過多による体の重さが消え、本来の剣技が戻っているようだ。
俺が撃ち漏らした敵がいれば彼女が捌くし、彼女が引きつけた敵を俺が撃つ。
攻守のバランスが噛み合い始めていた。
「そっちこそ。君が前で視線を集めてくれるから、俺は落ち着いて狙えるんだ。正直、助かる」
「ふふ、良い連携になってきているわね」
エレオノーラは満足げに微笑み、懐から地図を取り出した。
ダンジョン攻略用に売られているものに公爵家が知っている情報を付け足されて作られた、正確無比なダンジョン地図だ。
「調子が良いわね。弾の残りはどう?」
「まだ予備の弾は十分ある」
「なら、予定より少し奥まで行きましょうか。このまま第5階層の入り口付近まで足を伸ばして、中ボスエリアの様子を見ておきたいわ」
第5階層。
そこは初心者向けダンジョンの中層にあたり、中ボスがいるエリアだ。
「……そうだな。今の俺たちの連携なら、なんとかなる気がする」
俺の中にも、少しばかりの自信が芽生えていた。
あの変異種オークを倒した後の身体能力向上。
そして、新しい銃弾による銃の安定性。
以前とは違う手応えがある。
俺たちは頷き合い、さらに暗い通路の奥へと足を踏み入れた。
第4階層の終わり際。
本来なら第5階層への一本道が続くはずの場所で、俺たちは足を止めた。
「……おかしいわね」
カンテラの灯りを頼りに地図を見ていたエレオノーラが、眉をひそめた。
「地図には、こんな横穴は載っていないわ」
彼女が指差した先。
本流の道から逸れるように、ひっそりと口を開けた横穴があった。
風が流れてくる。行き止まりではないようだ。
俺は何気なくその横穴に近づき、壁面に手を触れた。
「ッ……?」
指先に走った感触に、背筋がゾクリとした。
それまでの通路は、荒削りの岩盤が剥き出しになった壁だった。
だが、この横穴の奥だけは違った。
(なんだ、これ……?)
ツルリとした、冷たい感触。
俺は光を壁に近づけた。
継ぎ目がない。
まるでコンクリートのような、滑らかな灰色の壁面。
「魔法で作った道、なのか?」
「いいえ。魔法による建築なら、もっと特有の魔力痕が残るはずよ。これは……まるで、最初から『そういう形』で存在していたような……」
エレオノーラも不思議そうに首を傾げている。
だが、俺はもっと別のことを考えていた。
俺は壁の平面を目を凝らして観察した。
(違う。魔法じゃない。……この技術は)
手作業や魔法のイメージ具現化では、こうはならない。
まるで地球にある、巨大なビルに使われているようものが存在している。
オーバーテクノロジー。
俺の腰にある「ピースメーカー」と同じ、この世界にあってはならない異物が、このダンジョンの奥底にも眠っているのか?
「……カイル?どうしたの、顔色が悪いわよ」
「あ、いや……」
俺は壁からパッと手を離した。
えも言われぬ不気味さが込み上げてきたからだ。
好奇心はある。
だが、それ以上に生存本能が警鐘を鳴らしている。
今の俺たちが踏み込んでいい場所じゃない。
「なんでもない。……この道はやめておこう。なんか、気味が悪い」
「ええ、賛成よ。」
俺たちはその横穴を背にして、正規のルートへと戻った。
不気味な横穴を通り過ぎ、俺たちは第5階層の大広間に到着した。
そこは、地下水路の水が流れ込む、巨大な貯水槽のような空間だった。
天井は高く、湿った空気が淀んでいる。
「ここが最深部か。……静かだな」
俺が呟いた、その時だった。
ドバァァァァンッ!!
突然、穏やかだった水面が大爆発を起こした。
大量の水しぶきと共に、黒い巨体が陸地へと這い上がってくる。
「グルルルルルゥゥ……ッ!!」
腹に響くような低い唸り声。
現れたのは、ワニだ。
だが、動物園にいるようなサイズじゃない。
全長は優に10メートルを超えている。
全身を覆うのは、光沢を放つ黒銀色の鱗。
「『アーマード・ゲーター』……!5階層のボスって聞いてたけど、こんなに大きいの!?」
エレオノーラが声を上げた。
アーマード・ゲーターがギョロリとした目で俺たちを捉え、その巨体に似合わぬ猛スピードで突進してきた。
ドシン、ドシン、と地面が揺れる。
「来るわよ!私が止める、カイルは支援を!」
「無茶だ!」
エレオノーラが前に出る。
彼女は真正面から受けず、半身になってレイピアで衝撃を逸らそうとした。
だが。
ガギィィィン!!
「くぅっ……!?」
硬い金属音が響き、エレオノーラの体が大きく弾かれた。
あまりの重量と硬さに、剣技が通じない。
アーマード・ゲーターは止まらない。
そのまま丸太のような尻尾を振り回し、追撃をかける。
「させっかよ!」
俺は銃を構え、走った。
狙うは眉間。
ハンマーを起こし、即座にトリガーを引く。
キィン!!
吸い込まれるように命中した弾は――しかし、火花を散らして弾かれた。
「硬っ……!?」
嘘だろ。鉄板すら凹ませる威力だぞ。
あの鱗、生物の装甲じゃないくらい硬い。
一撃で貫けないなら、どうする?
考えるより先に、俺の手は動いていた。
「なら、数で押す……ッ!」
俺はトリガーを引き絞ったまま固定し、左手の掌でハンマーを連続して叩いた。
ファニング。
本来は曲芸技に近いが、近距離で弾幕を張るにはこれしかない!
ババババンッ!!
精度なんて二の次だ、とにかく止めなきゃマズい!
立て続けに放たれた5発の弾が、ワニの顔面を襲う。
貫通はしない。
だが、着弾の衝撃が、ワニの首を強制的にのけぞらせた。
「ギャッ……!?」
ワニの意識がエレオノーラから逸れる。
よし、効いてる。
ダメージはなくとも、痛みと衝撃はあるはずだ。
俺はさらに畳み掛けるために、トリガーを――。
カチッ。
乾いた音が、俺の心臓を鷲掴みにした。
空。
弾切れだ。
「チッ、もうかよ……!」
6発なんて、撃ち始めれば一瞬だ。
俺の攻撃でターゲットを変えたワニが、怒り狂った形相でこちらに向き直る。
その距離、あと数メートル。
俺は走り出した。
背中を向けて逃げながら、震える指でシリンダーを解放する。
エジェクターロッドを叩く。
チャリ、チャリチャリ……。
空になった真鍮の薬莢が地面に落ち、軽やかな音を立てる。
後ろからは、ドシンドシンと足音が迫ってくる。
(くそッ、手ェ震えるな!落としたら死ぬぞ!)
俺はポケットから銃弾を取り出した。
焦りで指が滑りそうになるのを必死に抑え込み、シリンダーに押し込む。
カチャリ、カチャリ。
6発の魔力薬莢が収まる感触。
シリンダーをスイングイン。
装填完了。
その瞬間だった。
「――ッ!」
背後で風を切る音がした。
俺は反射的に、地面を蹴って真上に跳んだ。
ブォンッ!!
俺の足元、数センチのところを、ワニの巨大な尻尾が横薙ぎに通過していった。
壁が粉砕され、瓦礫が舞う。
もし直撃していたら、俺の体なんて挽き肉になっていただろう。
俺は空中で体勢を整え、無様に転がりながら着地した。
(……見えた。前の俺なら、絶対反応できてなかった!)
緊張はしている。
だが、頭は冷えていた。
視界がスローモーションのようにクリアだ。
死線の中で、俺の感覚が研ぎ澄まされていく。
「カイル!外側はダメよ!あいつの口の中を狙って!」
体勢を立て直したエレオノーラが叫んだ。
彼女はボロボロになりながらも、再びワニの正面に躍り出た。
全身から魔力を噴き上がらせ、頭上に数本の鋭い『氷の槍』を生成する。
「喰らいなさい!こっちよ、図体だけ大きいだけのくせに!!」
彼女が腕を振るうと、氷の槍がワニの鼻先へと殺到した。
パリーンッ! 硬い鱗に阻まれ、氷の刃は派手に砕け散った。
だが、ダメージは通らなくとも、鬱陶しさは抜群だったらしい。
彼女の挑発に、ワニが劇的に反応した。
単純な獣の知能は、より高い魔力を持つ攻撃的な餌に惹きつけられる。
ワニが俺への興味を失い、エレオノーラに向かって怒りの大口を開けた。
10メートル級の巨獣。
人を簡単に丸呑みにできる大きさ。
だが、それがチャンスだ。
俺は膝をつき、両手で銃を構えた。
ハンマーを起こす。
カチリ、という金属音が、やけに鮮明に聞こえた。
(外せば終わり。エレオノーラが食われる)
プレッシャーで押しつぶされそうだ。
だが、不思議と狙いはブレなかった。
暴れまわるワニの動き、エレオノーラの回避行動、開かれた口の角度。
全ての情報が頭の中で線となり、喉の奥の一点へと収束する。
そこだ。
俺は息を吐ききり、トリガーを絞った。
銃口から放たれた弾は、一直線に空気を切り裂き、ワニの口腔内へと吸い込まれる。
柔らかな粘膜を貫き、口蓋を突き破り、その奥へと到達した。
グボッ……!!
ワニの動きがピタリと止まった。
目が見開かれ、口から大量の血が噴き出す。
だが、まだだ。
魔物の生命力を甘く見るな。
「死ねェッ!!」
俺は残りの弾丸を、惜しみなく叩き込んだ。
キィン、キィン、キィン!!
二発、三発、四発。
同じ箇所に連続して着弾し、ワニの脳髄を確実に破壊する。
ズズ……ズ……ン。
巨体がゆっくりと傾き、地響きを立てて倒れ込んだ。
痙攣していた手足がだらりと力を失い倒れこんだ。
戦闘が終わった静寂の中、俺の荒い呼吸音だけが響いていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
銃身からは、熱気が立ち上っている。
握りしめていた右手が、反動の痺れと緊張からの解放でガクガクと震えていた。
俺はその場に大の字に座り込んだ。
「……硬すぎるだろ、こいつ……」
「カイル!」
エレオノーラが駆け寄ってきた。
彼女も泥と水でドロドロだったが、怪我はないようだ。
「無事!?すごいわ、あんな化け物を撃ち倒すなんて」
「ギリギリだったよ。……君が囮になってくれなかったら、リロード中に食われてた」
俺は苦笑しながら、空になったシリンダーを開いた。
真鍮の薬莢が落ちる音が、勝利の鐘のように聞こえる。
弾の消費は激しかった。持ってきた予備弾の半分を使ってしまった。
だが、勝った。
「……帰りましょうか。長居は無用よ」
「ああ、賛成だ。もうクタクタだよ」
俺たちは戦利品を回収し、出口へと歩き出した。
帰り際。
俺は一度だけ立ち止まり、あの「謎の横穴」があった方向を振り返った。
暗闇の奥。
あの不自然なほど滑らかな壁の感触が、指先に残っている気がした。
(古代文明、か……。俺の銃と同じ技術が、この世界にはまだ眠っているのかもしれない)
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