第三話 勇者として名乗りを上げてくる
引っ掻いてくるポックルの攻撃を躱しつつ肉を喰らい、また焼き、焼いては喰らう。
こうして旅をしていると、タンパク質は貴重だからな。食える時に食っておかないと。
……あ、そうだ。
「おふぃ。ひひあはなんれほほにひふんは?」
「口に物を入れて喋るな。汚い」
それもそうだ。ごくん。
「リビアはなんで、ここにいるんだ? こっちに用でもあったのか?」
「……まあ、そうね。ここから直ぐ行ったところに、山賊のアジトがあるの。今回はそれの殲滅が目的。近くに偶然あんたがいたから、少し立ち寄っただけよ」
「山賊の殲滅……?」
まさか、リビアが一人でそんな依頼を受けるだなんて思っていなかった。
だってこいつ、臆病だし。
「何か言ったかしら?」
「な、何も言ってない、言ってない」
だからレイピアに手を掛けないで。普通に怖い。
リビアの眼光に射抜かれ、手を挙げて降参を示す。
苦笑いと愛想笑いを混ぜて口角を上げると、ため息をついて手を降ろしてくれた。助かった。
「にしても、山賊か……この近くにそんな奴らがいるなんて、知らなかったぞ」
「数日前に、諜報員が仕入れた新しい情報だもの。あんたは東のルウセン共和国で任務があったでしょう。知らないのも当然よ」
「あぁ、その時か」
数日前の、外道暗殺一家壊滅任務を思い出し、納得する。
あれは中々、骨の折れる任務だった。当主がしぶとかったのを覚えている。俺も、久々に本気で戦えた。
ぼーっとしていると、不意にリビアが「それで」と続きを発した。
指をもじもじさせて上目遣いで見てくる。
「ライゼル、さ。疲れてると思うけど、一緒に……」
「行く」
食い気味で肯定した。
山賊は山を生業にしている人や、安全に旅をしたい人にとっては邪魔な存在だ。
そんな奴らをのさばらしにするなんて、俺にはできない。
即快諾した俺に、リビアは目をぱちくりさせて驚いたが、やっぱりねと言うように笑みを浮かべた。
ポックルも、やれやれと鼻息を漏らす。
『小僧。余は下衆一家との戦闘で疲れてるのじゃ。貴様一人でやれ』
「ああ。ポックルは休んでてくれ」
山賊程度なら、ポックルの力を借りなくても殲滅できる。それに一人じゃない。リビアもいるからな。
リビアは肩を竦め、レイピアを手に立ち上がった。
「ライゼルなら、そう言うと思った。それじゃあ早速行きましょう。食休みしてからって言っても、あんたは聞かないでしょう?」
「当然だ。困ってる人がいるのに、俺一人が休んでる訳にはいかない」
何故なら俺は、勇者だから。
◆◆◆
肉を食い終えて満腹になったのか、ポックルは宝石の中に戻った。
相変わらず、自由な奴だ。たまに本当に精霊なのか、疑わしくなる。
鬱蒼とした森の中、リビアが先導し、森の中を歩いていく。
こいつしか山賊のアジトの場所がわからないからな。
奥に進むにつれて、徐々に魔物の気配が強くなる。
四方八方から俺たちを狙う気配が伝わってくるが、誰も動かない。
野生の本能故か、俺の体についているウルガロクの臭いのせいかはわからないけど、無駄な戦闘で疲れなくて済むなら越したことはない。
深い森を更に奥へ。徐々に木々が密集していき、自分が今どこにいるのかわからなくなってきた。
けどリビアは何か目印でもあるのか、迷わず進んで行く。
いくつもの倒木を抜けて行くと、見上げる程の大きな岩が見えてきた。
急に立ち止まり、岩の下にこびりついた泥をこそぐリビア。
何してるんだ?
彼女の肩口から、下を覗き込むと……ひし形を貫くように、一本の棒が刻まれていた。
「諜報員の付けたマークか」
「ええ。このマークから東に200メートルほど行った所に、奴らのアジトがあるらしいわ」
なるほど、東か。
腰のポーチから、コンパスを取り出して確認する。
ふむ……こっちか。
「リビア、行こう」
「なんであんたが仕切ってるのよ」
「じゃあ、お前が前行くか?」
「……譲るわ」
仕方ない、とでも言いたげに肩を竦める。やれやれ、怖いくせに。
……もしかしてこいつ、一人だと怖いから、俺を巻き込んだのでは?
……うん、ありえそう。俺の善意を利用して、ふてぇ奴だ。断らないけど。
前を歩く俺の後ろを、リビアはぴたりと付いてくる。
この辺までやって来ると、魔物の気配を感じなくなった。
恐らく山賊が、魔物除けの護符か薬品を使っているんだろう。
その代わり、少し先から人の笑い声が聞こえてきた。
リビアも気付いたのか、緊張の糸が張り詰める。
足元の枯れ葉や枝に気をつけ、慎重に距離を詰める。
巨大な岩を陰に、耳を澄ませた。
下品な笑い声。下世話な内容。微かに漂ってくる酒の臭い。間違いなく、ここだ。
「ここが入り口ね。情報によると、あの先に洞窟があるらしいわ」
リビアがレイピアに手を掛け、握っている情報を教えてくれた。
と言うことは、奴らは見張りってことか。
……それにしては、緊張感がない。見張りのくせに酒を飲んでるし。
「わかった。リビアはここで待っててくれ。ちょっと行ってくる」
「……一応聞くけど、何をするつもり?」
「勇者として名乗りを上げてくる」
ゴスッ! 痛い、殴られた。
「何をするんだ」
「それはこっちのセリフよ、お馬鹿ッ。なんでわざわざ敵に見つかりに行くのよ、馬ッ鹿じゃないのッ……!?」
胸倉を掴まれ、小声で罵倒された。二度も馬鹿って言うな。
奇襲なんて真似、勇者がやる訳ないだろ。
相手が雑魚だろうと、魔王だろうと、真正面から戦うのが勇者だ。俺はそんな勇者でありたい。
あからさまにムスッとした顔をすると、リビアは小さくため息をついて俺の頭に手を置いた。
ちょ、なんだよ。
「とにかく、この任務を受けたのは私。私の指示に従いなさい。いい子だから」
「わ、わかった。わかったから頭撫でるな」
年上だからって、まだ弟扱いするなよ。恥ずかしい。
……仕方ない。ここはリビアを立ててやるか。
「それで、どうするつもりだ?」
「煙幕を張るわ。相手の視界が塞がっている内に倒すわよ」
口元を布で覆うリビア。一応俺も覆うけど、気乗りしないなぁ。
「奇襲って、俺の勇者道に反するんだけど」
「危ない橋を渡るより、よっぽど良いわ」
そういうもんなのかねぇ。
ポーチから二つの煙玉を取り出し、火の魔石で着火。すぐさま岩の向こう側に投げた。
「あ? なんだぁ、こりゃ──あッ!?」
小さな爆発音と共に、真っ白い煙が辺りに広がる。
見張りの山賊たちも、突然のことにパニックになっているみたいだった。
「行くわよッ」
レイピアを抜き、煙の中に突っ込むリビア。俺も後を追って、剣を抜く。
白く、不明瞭な視界だが、辛うじて奴らの影だけは見える。
奴らもただ黙っている訳ではない。各々が武器を持ち、声を荒げていた。
「敵襲! 敵襲ぅ!」
「チキショウっ、どこに……ぐはっ!」
「ギャアア!」
煙の向こうから、山賊たちの断末魔が聞こえてくる。リビアが容赦なく仕留めているみたいだ。
俺も近くにいる山賊の首を刎ね、心の中で謝罪する。
悪いな、俺だってこんな戦い方はしたくないんだけど、仲間の方針でね。
更に近くの敵を袈裟に斬ると、背後から殺気を感じた。
振り返りざまに、剣を走らせる。
同時に、背後にいたリビアが俺に向けレイピアを突き立て……お互いの背にいた山賊を、絶命させた。
それを最後に、周囲から人の気配が消える。
風で煙が吹き飛び、ようやく視界が良好になった。
地面に倒れる、六人の山賊たち。誰一人、息をしていない。
「よくもまあ、あの煙幕の中で正確に敵の位置を把握できるな」
「私、耳がいいからね」
得意げに胸を張るリビア。
暗闇だって、昼間のように物の位置を特定できるんだもんな。
凄い特殊能力だよ、本当に。
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