第二話 俺が勇者なことには変わりない

 脚を出そうとして……止めた。

 小さくなっていくキャラバンの背を、黙って見送る。



「あっぶねぇ。危うく詐欺られるところだったぜ」

「人助けして報酬ふんだくるつもりだったんだよ、きっと」

「本物の勇者は、まだこの世に現れてねーってのに……ふざけた野郎だ」



 …………。

 ま、あれだけ憎まれ口を叩けるなら、大丈夫だろう。道中お気をつけて。


 キャラバンが見えなくなるまで見つめた後、ウルガロクの死体から角を採取する。

 こいつの角は、粉にすればいい薬になるんだ。仲間たちも喜んでくれるだろう。後は肉を少し貰って、腹ごしらえをしよう。


 鼻歌を口ずさみつつ作業を続けていた、その時だった。

 首から提げていたペンダントの宝石が白く光り……ポンっという音と共に、白猫が飛び出してきた。

 ひたいから背に向かい、赤い毛で紋様が浮かんでいる。



「ポックル、起きたのか」

『当たり前じゃ。あれだけ暴れていたら、誰だって嫌でも起きるわい』



 久々に外に出たからか、毛繕いをして伸びをしている。うーむ、ここだけ見ると、ただの猫だな。



『おい。今貴様、余を猫畜生と同列に見たな。余はいにしえの大精霊ポックル様だぞ。這いつくばって敬え』



 浮遊し、頭の上に乗ってきた。やっぱそこが好きなんだな。



『やれやれ。それにしても貴様も甘ちゃんじゃが、奴らも酷いのぅ。助けてもらっておいて、あの態度はなんじゃ。食い殺すか』

「馬鹿、やめろ」

『誰が馬鹿じゃ! 余を愚弄するでない!』



 べしべし尻尾で叩くな。ちょっと痛いんだから。



「誰になんと思われようと、目の前で困っている人がいたら助ける。それが勇者だ」



 胸に光るバッチに目を落とし、握る。

 大丈夫……俺は、勇者だ。誰に何を言われようと、その覚悟だけは揺らがない。



『全く……貴様は出会った頃から変わらんな』

「もっと褒めていいんだぞ」

『誰も褒めとらん。馬鹿真面目だと言っただけだ』



 いいじゃないか、馬鹿真面目。俺の好きな言葉だ。

 改めてウルガロクを解体していると、今度は背後の茂みが動き出した。

 一瞬、死肉を漁りに来た魔物かと思ったけど、この気配の感じは……。



「リビアか」

「大正解。さすがは私の弟子。気配探知は一人前ね」



 やっぱり。……って、誰が弟子だ。誰が。


 白銀のストレートロングヘア。

 自身の体のラインに合わせた、白銀の甲冑。

 細かな装飾がなされた、白銀のレイピア。


 全てが白く、淀みのない綺麗な光沢を帯びている。

 知らない人間がこの姿を見たら、女神降臨か天使のお出迎えと勘違いするだろう。


 いつも思うけど、俺たちの仕事は血生臭いことが多いのに、汚れが目立つ格好だ。

 ポックルも似たようなことを思ったのか、俺の頭にのしかかり、ジト目でリビアを見た。



『よぅ、小娘。相変わらず悪趣味な白じゃのう』

「ポックル様、やめてください。これは私の純潔を表すものなんです。誇りですよ、誇り」



 自身の体に手を当てて、胸をそびやかすリビア。あー、はいはい。凄いデスネ。

 リビアを無視してウルガロクの肉を削いでいると、やれやれと肩を竦めて近付いてきた。



「ポックル様も言っていたけど、さっきの連中の言動は見過ごせないわ。せっかくライゼルが助けてくれたのに、あんな捨てセリフを吐いていくなんて」

『そうだぞ、小僧。賛成多数だ。喰おう』



 喰うな。

 飛んで行こうとするポックルの頭を鷲掴みにして止める。

 大精霊が~古が~動物虐待が~とか言ってるけど、知ったことではない。


 小さくため息をつき、逃がさないようにポックルをリビアに押し付けた。



「生きていることの喜びも、相手への感謝も、憎しみも、怒りも、死んでたら何もできないからな。良かったじゃないか」

「普通は、あー助けなきゃ良かった……とか思うところよ」

「俺は勇者だからな。困っている人がいたら、絶対に背を向けない。必ず助けるのが信条なんだよ」



 むしろ助けられなかったら、自己嫌悪でへこむ。無事に助けられて良かった、それでいいじゃないか。


 削いだ肉を袋に詰め、残りはそのまま放置する。

 数日も経てば、他の魔物が全部食ってくれるだろう。



「リビアも食うか?」

「いらないわよ。まったく……まあ、ライゼルらしいけど」



 何故か呆れられた上に、褒められた。何故?



「……褒めても肉しか出ないぞ」

「だからいらないって言ってるでしょ」



 じゃあ、なんで褒めたんだよ。

 別に俺、褒められるようなこと何もしてないぞ。当たり前のことをしただけだ。



『余! 余は喰うぞ! 肉よこせ!』

「わかったから暴れんな」



 壊れた馬車の端材を少し拝借し、火を点ける。

 そこに串刺しにした肉を置き、焼けるまでしばらく待つことに。

 余った生肉は、要望通りポックルに投げ渡した。


 リビアも俺の対面の岩に腰を掛け、そっと息を吐く。



「本当……どうしてそこまで勇者に拘るのよ」

「当然、俺が勇者だからだ」

「……ほんっと、呆れるわ」



 リビアは頭を抱え、首を横に振った。失礼な。



「ライゼル……あんた、勇者降誕の祝を知らないはずないでしょ?」

「…………」

「目を逸らすな」

「う、うるさい。それくらい知ってる」



『勇者』とは、世界に本当の危機が訪れた時に天から選ばれる、伝説の存在だ。


 勇者が現れる時、天が七色に輝き、光の柱が地上へ下り、全世界へ鐘の音が響き渡る。

 星は瞬き、大地は息を吹き返し、まるで世界そのものが、勇者の誕生を祝福するかのように摩訶不思議な現象で彩られる。


 そして『真の勇者』の胸には、俺のバッチと同じ勇者の紋章が刻まれる。

 それが、勇者降誕の祝だ。


 ……因みにそれが観測された事例は、数百年前を最後に一度もない。

 つまり……俺は真の勇者ではない。



「世界に祝福されてないんだから、あんたが勇者な訳ないでしょう。いい加減、諦めなさい。時には諦めることも大切よ」

「いいや、俺は勇者だ。今はまだ祝福されてないだけで、世界の危機が訪れたら俺が選ばれるに決まってる。俺が勇者なことには変わりない」

「どこから来るのよ、その自信は……まあ、いいわ。思うだけはタダだものね」

「失礼な」



 そう、俺は勇者だ。勇者として、世界中で助けを求めている人々を助ける。

 いや……助けなきゃならない。



(そして、いつか奴らを──)



 脳裏に過る過去の記憶に歯を食いしばると、いつの間にか傍にいたリビアが、デコピンを食らわせてきた。



「ライゼル、また癖が出てるわ」

「ッ……ごめん、ありがとう」



 リビアの声とデコピンで、我に返った。

 無意識の内に握っていた拳から力を抜き、焚き火へ視線を向ける。


 いつの間にか、肉もいい感じに焼けていた。危ない、危ない。焦がすところだった。

 肉を引き上げ、かぶりつく。口いっぱいに広がる肉々しい野性味と脂が、俺の中の雄を刺激する。美味い。

 あ……勇者と言えば、こいつに聞いたことなかったな。



「ポックル。お前めっちゃ長生きなんだろ? 昔の勇者 とか、見たことないのか?」

『あ~? ……知らんな。昔すぎて忘れたわい』

「普段から古の大精霊様とか威張ってるくせに、記憶力はないんだな」

『シャーッ!』



 めちゃくちゃ威嚇してきた。こいつ、もうほとんど猫じゃん。


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