『魔法少女、引退します。~お色気皆無のベージュの下着で世界を守る魔法おばさん、寄る年波には勝てず、ギックリ腰で娘に継承~』
第2話 スポブラ魔法少女は反抗期。〜好きな人には絶対見せられない、母譲りのフリフリ服〜
第2話 スポブラ魔法少女は反抗期。〜好きな人には絶対見せられない、母譲りのフリフリ服〜
柚宮幸子、年齢はヒミツ。本業は魔法おばさん。しかし、今日の朝はいつもと違っていた。アパートの台所で、ものすごく静かに、そしてゆっくりと動いていた。広告を広げ、1つの欄に目が止まる。
「っ……あら〜、今日はお魚半額なのね〜、家計が助かるわ〜……」
幸子はそう呟いたが、その顔は喜びではなく、苦痛に歪んでいた。昨夜、悪の組織の戦闘員がドロップした特大の白菜を、嬉々として担ぎ上げた際、この世の終わりのような、不気味な鈍い音が腰から響いたのだ。つまるところ、ギックリ腰である。
いくら魔法おばさんとは言っても年齢には勝てないのか、日々の特売品争奪戦や悪との激しい戦いで酷使された体は、限界を迎えていた。
「変な動きしてるけど、大丈夫なの?」
リビングで中学の課題を広げていた娘の佳乃が、呆れたように声を上げた。
「大丈夫よ〜。魔法の力で治らないかしらって試したんだけど〜、なぜかギックリ腰には効かないのよねぇ〜」
幸子は、魔法のフライパンを杖代わりに、なんとか歩いているが、激痛に襲われ、再びシンクに寄りかかった。
「まったく。世界を守る魔法おばさんが、ギックリ腰で戦線離脱とか、ギャグにもならないわよ」
佳乃はそう毒づきながらも、そっと幸子のそばに駆け寄り、シンクの上の食器を片付け始めた。反抗期はまだ微妙に続いているが、母を心配する気持ちは本物だ。
「優しいのね、佳乃〜、お母さん、感動しちゃったわ〜」
「ち、ちがうわよ! 食器を落として割れたりしたら危ないから!仕方なくやってるだけ!」
顔を真っ赤にして否定する佳乃に、幸子は優しい笑みを向けた。
「あのね、佳乃。今日ね〜、スーパーでお魚が半額なの。お母さんの腰じゃ、重たい荷物は持てそうにないわ〜。買い物に付き添ってくれないかしら?」
「えー、やだよ。友達と遊ぶ約束が――」
佳乃は反射的に断ろうとしたが、痛みに耐える母の顔を見て、言葉を詰まらせた。
「……仕方ないから付き合ってあげる。今回だけだからね」
そうして、幸子は佳乃に支えてもらいながら、アパートを出た。
スーパーに着くと、ショッピングカートに体重を預けながら押していく。
「今日の特売は、冷凍のうどんなの〜、お得なのよ〜」
「さっき魚っていってなかった!?ていうか、何でこんなにいっぱい買うのよ!!」
「安いんだもの〜」
二人の間には、まだ微妙な距離感があった。しかし、肩を並べて歩く母と娘の背中は、どことなく似ているのだった――。
二人はスーパーでの買い物を終え、特売品を詰め込んだエコバッグをキャリーカートに載せた。ギックリ腰の幸子に押されながら駐車場へと向かっていた。
車に荷物を積んでいると、何やら駐車場の角の方が騒がしい。
「あらあら、誰か事故でも起こしたのかしら〜」
視線を向けた、その時だった。
「なんでだよ!俺、別に悪の組織とか興味ねーし!」
聞き覚えのある、少し高い声。佳乃が視線を向けると、そこに立っていたのは、クラスメイトの春樹だった。バスケ部で、明るく人気者。佳乃とは教室ではふざけ合う友達、といった関係だが、佳乃は密かに好意を寄せていた。
その春樹を、見るからに怪しい黒いスーツ姿の男たちが五人がかりで囲んでいた。
「君のような優秀な人材は、我が組織にとって必要不可欠なんだ!」
「お前の才能は、こんなちっぽけな世界で埋もれさせてはいけない!」
どうやら悪の組織が、春樹を無理矢理スカウトしているらしい。悪の組織の目的は世界征服。その手始めとして、まず優秀な人材を仲間に引き入れようとしているのだろうか。
「嫌だっつってんだろ!放せよ!」
春樹は抵抗するが、まだ中学生。数の上でも体格の上でも圧倒的に不利だった。男たちに腕を掴まれ、今にも車に押し込まれそうになる。
「ちょ!!春樹!?」
佳乃は思わず駆け出そうとしたが、その場に釘付けになる。助けたい。でも、自分にはどうすることもできない。
「お母さん!早く変身して、あいつらをやっつけてよ!」
佳乃は藁にもすがる思いで、幸子に助けを求めた。幸子の顔つきは、瞬間的に魔法おばさんのそれへと変わった。しかし、キャリーカートを離し、変身しようと腰を捻った瞬間――。
「ひぁあ〜〜!!!」
幸子から、耳を塞ぎたくなるような、悲鳴にも似た、しかし間の伸びた呻き声が漏れた。腰に走った激痛に、幸子の顔は一瞬で蒼白になる。
「お母さん!?」
「あら〜……ごめんね〜、今ちょっと無理かも〜……」
ゆっくりとした声とは反対に、額には脂汗が滲み、幸子は地面に膝をついた。魔法おばさんとしての力が完全に封じられた瞬間だった。春樹の方へ顔を向けると、いよいよ車へと押し込まれようとしていた。
「このままじゃ、春樹が……!」
佳乃の瞳に焦りの色が浮かぶ。その時、地面に手を突いた幸子が、震える声で決意を込めた。
「こうなったら〜、最終手段よ〜」
「どうするの?」
何か手があるのかと期待を向ける。しかし、返ってきたのは予想の斜め上の言葉だった。
「佳乃が魔法少女になって、助けるのよ〜」
何を言われたのか、思考が止まる。
「……え?絶対いやよ!そ、そうだ、警察に…」
「間に合うかしら〜?」
短い時間、何度も思考するが、やはり答えは一つだった。
「ぐっ…、………仕方ないわね!」
幸子はなんとか立ち上がり、佳乃の手を取る。そして、痛みに耐えながら、佳乃の両手を胸元で優しく包み込むように、自分の手を重ね、自分の額と佳乃の額をそっと合わせた。
「佳乃〜、今からお母さんの魔法の全てを渡すわ〜……、この街を守れるのは、もう、佳乃しかいないのよ〜……」
熱い光が、幸子と佳乃の間を駆け巡る。その光は、二人の間にあった微妙な距離感を溶かすように、佳乃の全身へと流れ込んでいった――。
「あ、それから〜、一度受け取ったら〜、もう返せないからね〜」
「え、ちょ!?そういう事は先に言いなさいよぉおおお!!」
佳乃の叫びも虚しく、まばゆい光が佳乃を包み込み、服が光の粒子になって消えていく。
「うわあああ! な、なにこれ!?」
そして、彼女の体が、最も見られたくない姿になる。
「…………っ!」
周囲の視線、特に春樹と、悪の組織の男たちの視線が、一瞬で佳乃に集中する。佳乃はこの瞬間、色気皆無のスポブラと、セットのショーツ姿になっていた。
「やだあああ!!」
佳乃は思わず隠すように体を丸め、顔を覆う。この屈辱。この姿を、よりによって、春樹に――!
屈辱と恥ずかしさ、そして猛烈な反抗心が、佳乃の体を駆け巡る。そして、光が完全に収束し、フリルとリボンが過剰にあしらわれた痛々しい魔法少女の服が、佳乃の身体を包み込んだ。右手には、母愛用の魔法のフライパンが握られている。
変身が終わった瞬間、佳乃は春樹に突撃した。
「ぇ?佳乃?お前なにしてーー」
「忘れろぉおお!!忘れろ、忘れろぉお!!」
ゴワンッ!ゴワンッ!!ゴワンッ!!!
鳴り響く鈍い音と共に、たんこぶが連なり、春樹は意識を失った。怒りに任せて絶叫、春樹に暴力を振るう佳乃だが、事態は待ってくれない。悪の組織の男たちが、佳乃を囲み、襲いかかってきた。
「よくも邪魔をしてくれたな!」
「は?あんたらのせいで、春樹に見られちゃったじゃない!」
魔法のフライパンを握り直した佳乃は、敵へと向き直る。その表情は鬼か悪魔か。ドス黒い陽炎のようなオーラを感じ取り、組織の男たちはたじろぐ。
「ヒィッ」
一瞬で距離を詰められ、目に止まったのはフライパンを振り下ろす佳乃の姿だった。
「ぇ、ちょ、まっ」
「よくも!あんたらのせいで!!よりにもよって!春樹に!!見られたじゃないの!!!」
ボコッ!バキッ!!ガスッ!!
佳乃の一方的な正義(?)が、今、始まった――。
母から受け継いだ魔法少女の力は絶大だった。襲いくる組織の男たちを次々と殴り倒し、そしてその横には、お菓子がドロップされていた。お母さんは野菜なのに、私はお菓子なんかい!と心の中でツッコミを入れた。5人全て倒し、肩で息をする。
「ふぅ…。ちょっとスッキリしたかな…」
スポーツの後のような、透明感のある笑顔があった。
変身を解く。再び光の粒子がフリフリ服を包み、光が晴れると元の服に戻っていた。
佳乃は急いで倒れた春樹の元へ駆け寄る。その頭には、大きなこぶが三つ、連なって出来ていた。
「うわぁ、痛そう……。ごめんね、春樹……」
佳乃は少しバツが悪い顔をしつつ、ハンカチを濡らし、こぶを冷やす。その時、春樹が呻き声を上げて、ゆっくりと目を開けた。
「う、うーん……?」
春樹はぼんやりとした視線を佳乃に向けた。
「お、お前……佳乃……?」
「あ、うん。大丈夫?変な人たちに絡まれてたみたいだけど……」
佳乃は努めて平静を装う。春樹は頭をさすりながら、辺りを見回した。
「なんか……変な夢を見てたような気がするんだよな……。誰かに思いっきり殴られたような……あと、なんかピンクのフリフリの服とか、飾り気のない下着とかが、一瞬見えたような……」
佳乃は、心臓が止まりそうになるのを感じた。
「気のせいよ」
佳乃は春樹の顔に、ニッコリと、しかし一切の慈悲を含まない冷たい笑みを向けた。
「えっ?でも妙にリアルな…」
「き・の・せ・い・よ」
その声には、有無を言わせぬ魔法少女の威圧が込められていた。春樹は、背筋が凍りつくような感覚を覚え、誤魔化すように再び頭のこぶをさすった。
「そ、そうか。気のせいか……」
この世には知らない方がいいこともあるのかも知れない。
「佳乃〜、冷凍食品が溶けちゃうわよ〜」
幸子の、いつもの間の抜けた声が響く。
「もう!お母さんったら!」
佳乃はそう言いながら、一つため息をつき、春樹に背を向けた。
「じゃあね、春樹。また学校でね。あ、それとこれあげる」
ついでに、ドロップした大量のお菓子を半分押し付けた。
この街を守る新しい魔法少女が誕生した瞬間だった。
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