『魔法少女、引退します。~お色気皆無のベージュの下着で世界を守る魔法おばさん、寄る年波には勝てず、ギックリ腰で娘に継承~』
第1話 お色気皆無のベージュの下着で世界を守る魔法おばさん、鮮魚コーナーで恋をする
『魔法少女、引退します。~お色気皆無のベージュの下着で世界を守る魔法おばさん、寄る年波には勝てず、ギックリ腰で娘に継承~』
きょうこ
第1話 お色気皆無のベージュの下着で世界を守る魔法おばさん、鮮魚コーナーで恋をする
柚宮幸子、年齢はヒミツ。会社員の夫・忠男と、高校2年の娘・佳奈、中学1年の娘・佳乃との四人暮らしは、ごくごく普通のアパートで営まれている。今日もスーパーで特売の卵を吟味する、どこにでもいる主婦だ。
だが、彼女には誰にも言えない秘密があった。そう、彼女は密かに悪の組織と戦うベテランの魔法しょう…もとい、魔法おばさんなのである。
ピンチの時、幸子は人知れず路地裏へ駆け込む。心の中で呪文を唱え、一際強い光が彼女を包む。次の瞬間――着ていた服が光の粒子となって消え、あらわになったのは、色気もクソもない、見るも無残なベージュ色の下着だ。少しふっくらとした体型も、色気のなさを後押ししている。
(もっと綺麗な下着、着て来たらよかったかしら〜?)
心の中でつぶやきつつも、光は容赦なく彼女の全身を覆い尽くす。そして、白とピンクを基調としたドレスのような服に、フリルやリボンがこれでもかとばかりにあしらわれた、プニキュアに出てくる女児向けのヒロインアニメのような、おばさんが着るには「痛々しい」と形容されかねない、しかし幸子にとっては「可愛い」と信じて疑わない魔法おばさんの姿へと変身を遂げるのだ。
その右手には、愛用の魔法のフライパン。これが彼女の唯一にして最強の武器だ。フライパンを振りかざし、悪の手先をぶっ叩く。
「いくわよ〜悪の戦闘員さん〜」
間延びしたセリフとは裏腹に幸子の一撃は鋭い。鈍器だが。
敵は幸子の一撃を食らうと、まるで泡のように霧散する。そして、何故かその場には新鮮な野菜がドロップされるのだった。
戦闘後、変身を解いた幸子は、ドロップされた大量の野菜を抱えながら、お決まりのセリフを呟く。
「家計は助かるけれど、運動はつらいわ〜」
これが彼女の口癖だった。
悪の組織の目的は世界征服。その手始めとして、幸子の住むこの町を抑えようと暗躍していた。そして、彼らを束ねるラスボスは、27歳くらいだろうか、高身長で絵に描いたようなイケメンだ。
ある日のこと。スーパーの鮮魚コーナーの角を曲がった、その時だった。(あらあら〜、こんなところに素敵な殿方が〜)幸子の心の中で、カランコロンと教会の鐘が鳴り響いた。
値引きシールを狙っていた視線の先にいたのは、絵に描いたようなイケメンだ。すらりと伸びた手足、整った顔立ち、そして何より、特売品の鮭の切り身を吟味している姿が、主婦の心を鷲掴みにした。
「は、はぁ〜……ポ♡」
無意識のうちに漏れた幸子のため息を、彼が拾った。
「何か、お探しですか?」
優しく、それでいてどこか涼やかな声に、幸子の心臓はトクン、と大きく跳ねた。普段の特売争奪戦の時とは違う、甘く、そしてちょっぴり切ないリズムだ。
「あら、ごめんなさいね〜、つい見とれてしまって……ふふ、素敵な方だから、つい」
年甲斐もなく、頬がカッと熱くなるのを感じる。こんなにも素直な褒め言葉を口にするなんて、何十年ぶりだろう。口元には自然と笑みがこぼれる。普段は夫の忠男にも見せないような、はにかんだような表情だ。幸子の頭の中では、(この方、普段は何を召し上がっているのかしら?)(奥さんはいらっしゃるのかしら?)といった、乙女のような思考がぐるぐると渦巻いていた。
「いえ、恐縮です。鮭の鮮度を見ていたもので。今日のは特に良いですね」
「あら、そうなの?お詳しいのね〜。お料理でもされるのかしら?」
「ええ、まあ。簡単なものですが…(((いつもいつもあなたに邪魔をされるおかげで組織の資金はもう底をつきかけてるんだ!!なぜこの私がこんな惨めな思いをせねばならんのだ!!)))」
「あら〜、いいわね〜!うちの夫なんて、全然しないのよ〜。お兄さんくらいの方が旦那さんだったら、毎日楽しいでしょうね〜!」
気づけば、幸子は目をキラキラさせながら身を乗り出していた。彼が少し困ったように微笑む様子すら、幸子にとっては絵になる。
「あらやだ、私ったら、何やってるのかしら〜!」
後で後悔するほどの勢いで、幸子は夫の愚痴から始まり、中学一年の娘・佳乃のこと、高校二年の娘・佳奈のこと、アパート暮らしの家計のことまで、ベラベラと話してしまっていた。彼の穏やかな相槌に、つい気が緩んでしまったのだ。
「あらやだ、もうこんな時間!ごめんなさいね〜、つい話し込んでしまって……」
「いえ、楽しかったです。では」
そう言って、彼が去っていく後ろ姿を、幸子はうっとりと見送った。まるで初恋の乙女のように胸をときめかせ、幸子はスーパーの買い物カートを、いつもよりほんの少しだけ、ゆっくりと押していた。エコバッグの中の特売品が、いつもより輝いて見えた気がした。
一方、中学一年の佳乃は絶賛反抗期中だった。
「この家で生まれなきゃよかった」
「お母さんなんて大嫌い」
口から出るのは感謝の気持ちとは真逆の言葉ばかり。心では母に感謝しているのに、どうしても素直になれない。
その日、中学一年の佳乃はいつもより足取りが重かった。期末テストの返却日だったが、英語も数学も散々な結果。ただでさえ反抗期でイライラしているのに、それを全然怒らない母親。怒ってほしいのか優しくしてほしいのかよくわからない感情に胃がキリキリする。
テストの結果が悪くても、全て包み込んでくれる優しい母の顔がちらつく。小さく舌打ちした。素直になれない自分がもどかしかった。
アパートまであと少し。角を曲がって見慣れた公園が見えた、その時だ。突然、背後からひやりとした気配が迫った。振り返る間もなく、大きな手が佳乃の口を塞ぎ、もう片方の腕が腰に回される。
「ひっ!」
声にならない悲鳴が喉の奥で潰された。甘い匂いの染み込んだ布が鼻と口を覆い、たちまち意識が遠のく。一瞬、抵抗しようともがいたが、手足に力が入らない。そのまま、ふわりと身体が浮き上がるような感覚に襲われた。
暗闇に沈んでいく意識の片隅で、どこか遠くで車のドアが閉まる音が聞こえたような気がした。そして、佳乃の意識は完全に途切れた。
次に目覚めた時、佳乃の身体は冷たい金属の上にあった。視界がぼやける中、ゆっくりと状況を把握する。薄暗く、禍々しい雰囲気が漂う室内。そして、自分はまるで手術台のような場所に拘束されていることに気づいた。手首と足首がひんやりとした感触の帯でしっかりと固定され、身動きが取れない。
「ここは…どこ…?」
混乱する佳乃の耳に、低い、しかしどこか甘い声が届いた。
「目覚めたようだね、実験体…いや、佳乃君」
声のする方を見上げると、イケメンが立っていた。冷たく、佳乃を見下ろしている。
「フフ…流石はあいつの娘、素晴らしい素材だ。これほどの適合者はなかなかいない」
彼の言葉の意味が理解できないまま、佳乃の脳裏には恐怖だけが広がっていく。その時、イケメンの背後から現れた悪の戦闘員らしき男が、躊躇なく佳乃の学校の制服に手をかけた。ビリッ、と嫌な音がして、服が引き裂かれる。あらわになったのは、スポーツ用の無地の下着だ。
「やめて!何するの!」
必死で叫び、ジタバタともがくが、拘束はびくともしない。手足はピクリとも動かず、屈辱と恐怖で涙が滲んだ。
「助けて…お母さん…」
小さく呟いたその声は、自分勝手な言葉ばかり浴びせてきた母親が、まさか助けに来るはずもないと諦めにも似た響きがあった。もう、誰も自分を助けてくれるはずがない。絶望に打ちひしがれた、その時だ。ド派手な音が鳴り響き、壁が吹き飛ぶ。
「佳乃〜、助けに来たわよ〜」
光と共に、白とピンクのかわい……痛々しい姿の母親が飛び込んできた。
魔法のフライパンが縦横無尽に振り回される。バッタバッタと倒れていく悪の手先、そして何故かドロップされる野菜。イケメンラスボスにメロメロだった幸子だが、娘の危機に完全に目が覚めたようだ。
「あら〜?この前の?あなたが悪の組織の親玉さんかしら〜?」
「フン。まさかこんなに早くここが見つかるとはな」
ついにラスボスとの一騎打ち。幸子は善戦しているものの、若干押され気味だ。
「あらあら〜、これはちょっとまずいかしらね〜」
間伸びした言葉とは裏腹に、額には冷や汗が流れている。何度かの攻防の後、ラスボスの一撃が幸子の腹部に直撃した。吹っ飛ばされた幸子は、手術台に縛り付けられた佳乃の上に倒れ込む。
「ゲホっ!」
口から血が吹き出す。
「おかあさん!!」
必死で抱きつこうとする佳乃だが、手足を縛る拘束はびくともしない。高笑いするラスボス。
「フハハハハ、どうやらここまでのようだな!」
「ひゅ〜、ボス、これで肉を食べられますね!!」
場違いな部下の一言にラスボスは現実を突きつける。
「バカが!いらんことを言うな!貴様はしばらく野菜一択だ!!」
バカなやり取りをしている間に、よろよろと立ち上がる幸子。もはや体に力が入らない。
「ごめんね〜佳乃、お母さん、まけちゃいそう」
拘束されている佳乃の手を、幸子がしっかりと掴む。
「お母さん、ごめんなさい、ごめんなさい。…あんなに酷いことを言ったのに…」
「いいのよ〜、だって佳乃は私の娘なんですもの〜」
その瞬間、繋がれた手から、佳乃の想いが流れ込んでくる。大好きなお母さんに反発してしまう辛い想い。ごめんなさい、そして、ありがとう――。その想いは、幸子の力へと変わっていく。
目を見開く幸子。
「あら〜?これならひょっとするかも〜?」
ラスボスが再び飛びかかってきた。幸子は佳乃の手を離し、その場を駆け抜ける。
ゴワンッ!
鈍く、大きな音が響き渡った。ラスボスの頭には、見るも無残な大きなタンコブができていた。ズルズルと倒れ込むラスボス。そして、いつものようにドロップされる野菜。
無事を確認し合う幸子と佳乃。拘束をフライパンで叩き壊す。佳乃は幸子に抱きつき、声を上げて泣いた。反抗期でできていた心のわだかまりが、溶けていくのを感じる。
「ごめんなさい、お母さん……っ、本当にごめんなさい!今までひどいことばっかり言って……っ、でも、助けてくれて、本当にありがとう……っ!」
幸子の肩に顔を埋め、佳乃は嗚咽を漏らした。その震える小さな背中を、幸子は優しく抱きしめ返す。
「いいのよ〜」
あくまでも優しい母だった。
ひとしきり泣いた後、落ち着いた佳乃は白とピンクでフリフリの母親の姿を見直す。
「でもさー、コレは無理じゃない?ちょっとキモいかも…」
佳乃は幸子の魔法服のフリルをちょいちょいと引っ張った。
「そうかしら〜?可愛いと思うんだけど〜」
「年齢考えてよ!!」
スパーン!と佳乃のツッコミが炸裂する。二人は顔を見合わせ、笑い合った。いつものアパートへと続く帰り道、幸子の手には、悪の組織がドロップした新鮮な野菜がたくさん入ったエコバッグが揺れていた。
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