第4話 ただの再演

 翌日、学校は何事もなかったみたいに動いていた。


 家では警察が部屋の隅から庭の草木の根元まで詳しく調べ上げている。

 玄関先は有名メディアの報道陣と、作品を直接見せて欲しいと懇願する画伯たちで溢れかえっている。


 昼休み、俺はいつものひとり飯と最近お気に入りの校舎裏の方から聞こえた声に足を止めた。

 1度たりとも忘れたことのないあの声を。


「お前まじで使えねぇなぁ?」


「おいおいこれだけしか持ってねぇのかぁ?」


 記憶が蘇り喉が震えようとする。

 殴った瞬間の拳の感覚、担任と教頭の顔、謝罪と物故。

 体の奥深くに刻まれた傷跡のようなものが、心を蝕むように疼き出す。


 俺はスマホを取り出し、震える手で再生ボタンに手をかけた。理性だけで何とか立ち止まり、決定的な証拠を掴むことにしたのだ。


 俺は、大人の言う「口で解決」するための武器を持つことを優先した。


 角の破れた鞄から財布を奪われた生徒は、有無を言わせず数千円を抜き取られた。


 放課後、俺は動画を校長に提出した。

 教頭や担任に言っても埒が明かないだろうと考えからだ。


 校長は終始微妙な表情を浮かべていた。

 驚いているのか、残念がっているかも分からないようなそんな表情だ。


「……分かった。ありがとう」


 動画を複製した校長は、あとはこちらで対処すると言い、俺を帰した。


 その「ありがとう」は誰に対して言っているのだろうか。

 またしても、正面にいる俺を見ているようには思えなかった。


 翌日、嫌な予感は的中し何も変わらなかった。


 いじめっ子たちは平然とし、俺を見て笑った。


「お前昨日のチクったんだって?」


「しかも態々撮影までしてくれたんだってなぁ?」


 ケラケラと笑いながら意味が無いのにと、嘲笑してくる。


 意味が無い?

 正常な頭をしているなら、この決定的な証拠に意味が無いとは思わないだろう。


 俺は再び校長室に赴き、校長は困った顔をしてこう言った。


「あの子のお父さんは、この学校に大きな寄付をしてくださっている。話を大きくすると、学校全体に影響が――」


 この時、俺は嫌でも理解した。

 結局、大人は「正義」じゃなく「都合」で動くのだ。まるでそれが一番正しいと主張するように。


 俺は帰宅してから、大切に保管していた紙切れを握りしめた。


 こいつの親を殺せば、一人の生徒を救える。


 いや、今後何人もの命を救える。


 そう考えた瞬間、胸の奥が妙に静かになった。


 自分が何を考えているのか理解しているつもりだ。分かっていて、それでも確信した。

 俺は今、正しいことをしているという自信だけを頼りに。


 俺は夜を待った。

 家の空気は、父がいないことを受け入れないまま、警察とメディアの存在を受け入れている。

 刑事の男から、混乱している母は実家に戻っていると告げられた。


 なにか分かったのかと問うと、知らなくていいと言われてしまった。これもまた、刑事なりの正義なのだろう。


 深夜、俺は紙切れに記された住所へ向かった。


 辺りに街頭は無く、古い倉庫のような建物に辿り着いた。そこは、まるで俺が来ることをわかっていたかのように全ての部屋の鍵が開いていた。


 スタスタと奥の部屋へ進むと、美術館でしか見た事がないような一際大きな額縁の前にたどり着いた。


「来たんだ」


 それだけだった。

 顔色を伺うが、歓迎でも拒絶でもない。


 だから俺は言い切った。


「助けたい大勢の人達がいる」


 白髪の女は少しだけ首を傾げた。


「助けたい? その為にここへ来たの?」


 俺は全て分かった上で、何も答えなかった。

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