維新ふたたび

袖岡徹

プロローグ


 徳川第十五代将軍だった徳川慶喜の明治時代以降の生活を知るための貴重な資料として『家扶かふ日記』というものが存在する。それは、徳川慶喜家に仕える家扶や家従がつづった、明治五年一月から大正元年十二月までの長期間に亘る、徳川慶喜とその家族の日常生活を記録した日記である。


 けれども、全四十三冊からなるこの膨大な日記のなかで、なぜか明治六年九月から十二月までの四ヶ月間の日記だけが欠落しているのである。


 明治六年九月といえば、通商条約改正と海外視察を目的とした岩倉欧米使節団が、一年十ヶ月にも及ぶ洋行を終えて帰国した月である。そして、その直後から、征韓論を契機として西郷隆盛を柱石とする留守政府組と岩倉具視や大久保利通ら渡航組との間で『明治六年十月の政変』と呼ばれる激しい権力闘争が始まるのである。


 なぜ、『家扶日記』の四ヶ月間の記述は抹消されなければならなかったのか。その理由は、いまだ謎に包まれたままである。




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