第33話
発動は、祝福ではなかった。
城内に号令は響かず、鐘も鳴らない。
誰かが歓声を上げることもなかった。
それは、あまりにも静かに行われた。
統治者セラフィナは、執務区画で一人、UIを開いていた。
視界に展開される項目は、いつもと変わらない。
人口。稼働率。資源。兵力。
だが、その一角にだけ、これまで存在しなかった選択肢が現れている。
エルフ種族比率――条件達成。
警告表示が、同時に浮かび上がる。
【注意】
本選択は不可逆。
再実行は不可能。
国家資源を恒久的に消費。
確認を促す文言が、幾重にも重なっている。
セラフィナは、即座に承認しなかった。
数字を再確認する。
資源残量。
今後の成長予測。
他種族との均衡。
もし誤れば、この国は数年単位で停滞する。
それでも、この機会は二度と訪れない。
エルフは、希少ではない。
レギス・ノクスには、すでに複数の種族が存在する。
だが、この条件を満たすだけの集団として編入された種族はこれが初めてだった。
そして、この世界で生き残るための選択肢は常に先に取る者の側にある。
セラフィナは、視線を戻す。
【兵士ユニット:エルフ種族型】
【英雄ユニット:エルフ】
二つの項目が、並んでいる。
兵士は、量産できる。
性能は高く、適応力もある。
だが、それはあくまで「戦力の補強」だ。
英雄は違う。
一種族につき、一人。
それ以上は表示されていない。
不可能なのではない。
必要がないと、システムが定義している。
英雄ユニットの項目を開くと、UIは一切の詳細を提示しなかった。
能力値は、空白。
装備欄も、未定義。
ただ一文だけが、表示されている。
【極めて高コスト】
【国家規模への影響:大】
セラフィナは、理解する。
人間の英雄が、これまで生産されていない理由も。
不足していたのは、条件ではない。
余裕だ。
今回は、偶然が重なった。
人口。
資源。
タイミング。
そして、エルフたちの「内側に留まる」という選択。
どれか一つでも欠けていれば、この項目は表示されなかった。
セラフィナは、英雄の項目に指を重ねる。
躊躇は、ない。
感情も、ない。
あるのは、必要か否かという判断だけだ。
「発動」
UIが一瞬、暗転する。
警告が消え、確認文が消え、選択肢そのものが消滅する。
二度と、戻らない。
城のどこかで、何かが始まる。
だが、誰にも分からない。
光は走らず、音もない。
エルフたちは、ただ空気が変わったことだけを感じ取る。
森の中にいた時とは違う、張り詰めた感覚。
同時に、兵士の項目が更新される。
エルフ種族型兵士。
生産可能。
数値は控えめだ。
無制限ではない。
この国は、英雄を量産する国ではない。
兵士すら必要以上には作らない。
英雄は切り札だ。
戦場を一変させる存在。
一個人で戦局を覆す存在。
だが、失えば取り戻せない。
だからこそ一人で十分なのだ。
セラフィナはUIを閉じる。
選択は終わった。
これでレギス・ノクスは一段階、先へ進んだ。
それが正しいかどうかはまだ分からない。
判断に必要な情報はすべて揃っていた。
英雄が生まれる。
それは奇跡ではない。
祝福でもない。
計算の末に選ばれた、唯一の解だった。
そして、この決断が後にどれほどの重みを持つのか。
今は、まだ誰も知らない。
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