第四話 私の名前はハヅキ
なんとなく丸く収まったところで、ロビンが話を再開する。
「兎にも角にも、なにか心当たりはないかな? 魔物の異常発生に関係していそうなもの。―――具体的に言うと、両眼がカメラのレンズになってて、シャキーンとしたお
そんな、如何にも不審者な怪しい人物に心当たりはなかった。
……それにしても、話が本当なら見た目だけでもすごく強烈な人だ。キャラも濃そう。もし会ったことがあるのなら、それこそ記憶喪失になったとしても忘れられそうにない気がする。
―――と、いうか。
「やけに具体的だな。もう見当は付いてるって訳か?」
「まあね~! 確証がある訳じゃないけど、
あっけらかんと言い放つロビン。
私は少し呆れてしまった。
「それなら、わざわざコイツに
私を
かちんとくるものはあったけど、言いたいことは大体同じだった。
私達の
「いやいや、確認することは大事だよ。それに、こうして考えることが、彼女の記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないでしょ?
そうかな……そうかも……?
「まあ、そういう訳だから。今日のところは、彼女を連れて
「……別に構わねぇけどな。一応訊いとくぜ。何故だ? 黒幕に見当がついてるんなら、わざわざここまで来て引き返す必要ねぇだろ。この先にいるんだろ?」
「うん、いるだろうね。だけどここまで来たからこそ、だよ。第一層から
私を見詰めて、ロビンはにっこりと笑う。
ピックマンは呆れた風に鼻を鳴らした。
「俺としちゃあ異論はねぇよ。ここまでの仕事の報酬さえ貰えりゃあな」
「
あまりにも
正直に言うと、私はどう答えたものか考えあぐねていた。
「ええと……その、地上? に戻れば、私の記憶を取り戻せるかもしれないの?」
「そうだよ。でも残念ながら保証はないよ。棺も持って行って探索者ギルドの人達に調べて貰うけど、そこまで当てにはならないと思う。ただ、僅かな可能性があるだけさ。もちろん無視して先に進んでも構わない。そうしたらなんらかの結果は出るだろう。だけどね――それって、
「もったいない?」
「だってここは異世界、夢の国なんだよ? 君はまだ、この世界で目覚めたばかりじゃないか! あまりにも勿体ない! 君はまだなにも知らない! この
物語を謳う
「様々な姿をした異種族の人間、
彼は一度言葉を止めて、姿勢を正す。
「異世界から来た君には、少しだけでもいい、この素晴らしい世界を是非とも楽しんで貰いたいんだよ。―――もしも君が元の世界に帰る道を選んだ時に、ここで過ごした思い出が、大切な宝物になるように」
胸に手を当てて、ロビンは
あまりにも真っ直ぐな瞳だった。
不覚にも見惚れてしまう。冒険。希望。
だから私は、私と同じ記憶喪失の異世界人だという彼を、こんなにも夢中にさせるこの世界が気になって仕方がなくなってしまった。
「―――ありがとう、ロビン。私もこの世界を見てみたい」
答えると、ロビンはとびっきりの笑顔を弾けさせた。
彼は本当に嬉しそうに、手を打ち鳴らす。
「そうこなくっちゃ! ―――さて! それじゃあ、当座の呼び名が必要になるね。いつまでも
彼は先程までとは一転して、顎に指先を当てて、難しそうに首を
当座の、私の呼び名。
それはつまり、この世界における私の名前。一向に記憶を取り戻せそうにない現状を
……一瞬、勇者『ああああ』という名前が頭を過ぎったのだけれど。
私の人生とはなんの関係もないものだと即断して、
「そうだねぇ、ディスパルというのはどうかな?」
それも却下です。
「ディスパルって……それ、確かフランス語で『身元不明死体』って意味よね。流石に、冗談にしては性質が悪過ぎ」
「はっはっはっ、ごめんね!」
半眼で
先程のピックマンへの冗談といい、今のといい、どうやら彼のジョークセンスは壊滅的らしい。
「…………」
「…………」
私とピックマンは無言で見詰め合い、互いに深く頷いた。
「うーん……なら……オーギュスト、アウグストゥス、オーガスト、アウート……―――ねぇ、ピックマン。今は八月だったよね?」
「あ? ああ、今日は八月十六日だ」
「そっかそっか! ―――じゃあこの日を記念して、僕は『ハヅキ』という名前を君に
ロビンは如何にも芝居がかった仕草で礼をして、地面に片膝を突き、右手を胸に当てて言った。
ほんとう、改めて、色々とすごい子だ。
見ているとなんだか面映くなる反面、壇上の役者みたいにとても絵になっているとも感じる。人を惹き付けて虜にする、ある種の天性の魔性を宿しているように思えた。
ハヅキ。
私は、その名を口の中で転がす。何度も。
むかし日本で使われていた、八月の異称。確か、実際に人名として使われることも多かった筈。
うん、気に入った。
告げると、ロビンは大層喜んだ。その場で小躍りして、私の手を握る。まるでダンスに誘うみたいに。
「気に入って頂けたなら幸いだ! よろしくね、ハヅキ!」
「うん、よろしくね。ロビン。……あと、ピックマンも」
「ついでかよ……。まあ、別に構わねぇがな。そこのジジィにしても、
苛立たし気に顔をしかめて鼻を鳴らし、憎まれ口を叩くピックマン。
私とロビンは顔を見合わせて、苦笑した。
ロビンは「さて!」と甲高く手を打ち鳴らした。
「名前も決まったし、地上に戻ろうか。だけど歩いて行ってたら何日も掛かっちゃうし、その棺も置いていく訳にはいかない。なのでショートカット用のアイテムを使います!」
言うや否や、ロビンはズボンのポケットから石を取り出した。
黒い縞瑪瑙でできていて、大きさはロビンの拳にすっぽりと収まる程度。幾つか穴が開いている。楕円形の
彼は吹き口に
奏でられる
指先で正確に穴を
音が、空気に溶けて消えるのと同時に。
風に乗って、巨大な怪物が現れていた。
それは、竜だった。
全体的なシルエットは蜂に似ている。大きさは三メートルくらい。尻には尻尾ではなく丸みを帯びた腹があり、しかし背中から生える二枚の翼は
黄色がかった黒い甲殻に全身が包まれていて、頭の上の方に触角みたいな器官が二本ある。口は小さいけれど
楕円を描く腹の先端からは、多数の鉤爪状の毒針が、乱雑な束になった形で体外に顔を出していた。
関節や甲殻の隙間は、針金みたいに硬質な黄色い体毛で
強膜が黒い大きな眼には、
三対――合計六本の歩脚があり、一番上の脚でパンパンに
反った背中には
「この子は
言いながら、ロビンは蜂竜が抱えている荷物に手を突っ込んだ。そして
彼は、黒褐色の
飲み口のくびれた部分に
ロビンは徳利の栓を抜き、ピックマンに手渡す。
ピックマンは
徳利が傾き、飲み口から液体が流れ落ちる。それは融解した黄金に似ていた。
ほんの少量を
「ほらよ、酔い止めだ。飲んどけ」
「酔い止めって……」
なんとか受け取って、私は飲み口を覗き込む。
「お酒じゃない。逆に酔っ払っちゃうわよ」
「大丈夫だよ。アルコール度数はそんなに高くないから。……あっ、蜂蜜やアルコールにアレルギーがあるなら別だけどね!」
ない、とは思うけど……。
私が悩んでいるのを見て、ロビンは説明を追加する。
「それは『黄金の蜂蜜酒』といってね、
……そうまで言われると、仕方がない。
記憶がないから自信はないけれど、私はたぶん未成年だ。まだお酒を飲んでいい歳ではない。
だけど郷に入っては郷に従え、ともいうし。夢の世界であるここで日本の法律は適用されない。なら、飲んでみても大丈夫……だと思う。
それに先に飲んだピックマンがピンピンしているから、少なくとも毒ではないだろうし。
私は意を決して、徳利を
黄金の液体が喉を滑り落ちる。
炭酸を含んでいるのか、舌にピリピリとした刺激があった。
気が付けば、徳利の中は空になっていた。
……ずっと棺の中で飲まず食わずだったから、かな。ぐいぐいいってしまった。不死身の身体でも飢えるものらしい。
「ごめんなさい……ぜんぶ、飲んじゃった……」
「あははは! いいよ、気にしないで!
ロビンが、ビヤーキーという名前の怪物――魔物の背中へと軽やかに飛び乗る。彼は鞍に
彼は手綱を操作して、魔物の身を低く屈ませる。
「さあおいで、ハヅキ!」
差し出された掌。
私は彼の手を取る。するとあっという間に引き上げられて、気が付けば彼の後ろに座っていた。
そして私の後ろにピックマンが座る。
それからロビンの指示で、魔物は棺とその
「じゃあ飛ぶよ! 二人共、しっかり捕まっててね! 地上に向かって出発!」
ロビンが手綱を打つ。
ビヤーキーが翼を広げ、力強く
瞬間――私の視界が、暗黒に飲み込まれた。
見えない手に三半規管を
私は
冷たい。痛いほどに冷たい。
その冷たさだけが、私の救いだった。
急速に意識が薄れていく。今まさに気絶しようとしている直前に―――
―――いってらっしゃい! またおいで!
ロビンの声によく似た、名状し難い響きを孕んだ風の音を聞いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます