第四話 私の名前はハヅキ

 なんとなく丸く収まったところで、ロビンが話を再開する。


「兎にも角にも、なにか心当たりはないかな? 魔物の異常発生に関係していそうなもの。―――具体的に言うと、両眼がカメラのレンズになってて、シャキーンとしたおヒゲと太っちょなマシュマロボディがチャームポイントの、道化師ピエロみたいな黒い恰好かっこうをした人!」


 そんな、如何にも不審者な怪しい人物に心当たりはなかった。

 ……それにしても、話が本当なら見た目だけでもすごく強烈な人だ。キャラも濃そう。もし会ったことがあるのなら、それこそ記憶喪失になったとしても忘れられそうにない気がする。


 ―――と、いうか。


「やけに具体的だな。もう見当は付いてるって訳か?」

「まあね~! 確証がある訳じゃないけど、あたりはつけてるよ。っていうかさ、五十年前の『大厄災だいやくさい』からこっち、迷宮で起こる異常事態はだいたい“”の仕業だからね」


 あっけらかんと言い放つロビン。


 私は少し呆れてしまった。


「それなら、わざわざコイツにく必要はなかったんじゃねぇのか?」


 私をあごで指して言うピックマン。

 かちんとくるものはあったけど、言いたいことは大体同じだった。


 私達のいぶかしむ目を、しかしロビンはかぶりを振って否定する。


「いやいや、確認することは大事だよ。それに、こうして考えることが、彼女の記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないでしょ? お嬢さんマドモアゼルのその不死身の身体も、もしかしたら“”の仕業なのかもしれないし。可能性を考え始めたらキリがないけれど、一つ一つ潰していくのは決して無駄ではないさ」


 そうかな……そうかも……?


「まあ、そういう訳だから。今日のところは、彼女を連れて地上うえに戻るとしようか。いいよね、ピックマン君」

「……別に構わねぇけどな。一応訊いとくぜ。何故だ? 黒幕に見当がついてるんなら、わざわざここまで来て引き返す必要ねぇだろ。この先にいるんだろ?」

「うん、いるだろうね。だけど、だよ。第一層から第八層ここまで、しらみつぶしに魔物を狩り続けたからね。また湧くまで時間には余裕があるだろう。傍迷惑な“”は待たせておけばいい。だったらさ――彼女がなにか、少しでも記憶を取り戻せるよう、お手伝いがしたいんだ。僕は!」


 私を見詰めて、ロビンはにっこりと笑う。


 ピックマンは呆れた風に鼻を鳴らした。


「俺としちゃあ異論はねぇよ。ここまでの仕事の報酬さえ貰えりゃあな」

勿論ダコール! 君もそれでいいかな、お嬢さんマドモアゼル?」


 あまりにも純朴じゅんぼくな仕草で首を傾げて尋ねてくるロビン。

 正直に言うと、私はどう答えたものか考えあぐねていた。


「ええと……その、地上? に戻れば、私の記憶を取り戻せるかもしれないの?」

「そうだよ。でも残念ながら保証はないよ。棺も持って行って探索者ギルドの人達に調べて貰うけど、そこまで当てにはならないと思う。ただ、僅かな可能性があるだけさ。もちろん無視して先に進んでも構わない。そうしたらなんらかの結果は出るだろう。だけどね――それって、勿体もったいないと思うんだ」

「もったいない?」


 鸚鵡オウム返しに聞き返すと、ロビンは満面の笑みで「そう!」と頷いた。


「だってここは異世界、夢の国なんだよ? 君はまだ、この世界で目覚めたばかりじゃないか! あまりにも勿体ない! 君はまだなにも知らない! この幻夢郷ドリームランドには、現実世界にはない、不思議なものがたくさんあるというのに!」


 物語を謳う吟遊ぎんゆう詩人しじんのように、身振り手振りを交えてロビンは語る。


「様々な姿をした異種族の人間、しゃべる猫の街、しま瑪瑙めのうで築かれたお城、雲の上に浮かぶ美しい空中都市、空をいで進むガレー船、手が届く距離にある大きな月――挙げていけばキリがないくらいだ!」


 彼は一度言葉を止めて、姿勢を正す。


「異世界から来た君には、少しだけでもいい、この素晴らしい世界を是非とも楽しんで貰いたいんだよ。―――もしも君が元の世界に帰る道を選んだ時に、ここで過ごした思い出が、大切な宝物になるように」


 胸に手を当てて、ロビンは真摯しんしに告げる。

 あまりにも真っ直ぐな瞳だった。

 不覚にも見惚れてしまう。冒険。希望。浪漫ロマン。それはとっても素敵なもので、それを心の底から楽しげに語る彼の姿もまた、宝石みたいにキラキラと輝いて見えて。

 だから私は、私と同じ記憶喪失の異世界人だという彼を、こんなにも夢中にさせるこの世界が気になって仕方がなくなってしまった。


「―――ありがとう、ロビン。私もこの世界を見てみたい」


 答えると、ロビンはとびっきりの笑顔を弾けさせた。

 彼は本当に嬉しそうに、手を打ち鳴らす。


「そうこなくっちゃ! ―――さて! それじゃあ、当座の呼び名が必要になるね。いつまでもお嬢さんマドモアゼルと呼ぶのは失礼だし」


 彼は先程までとは一転して、顎に指先を当てて、難しそうに首をひねっている。


 当座の、私の呼び名。


 それはつまり、この世界における私の名前。一向に記憶を取り戻せそうにない現状をかんがみると、そういうことになる。


 ……一瞬、勇者『ああああ』という名前が頭を過ぎったのだけれど。

 私の人生とはなんの関係もないものだと即断して、忘却ぼうきゃくの彼方に放り捨てた。


「そうだねぇ、ディスパルというのはどうかな?」


 それも却下です。


「ディスパルって……それ、確かフランス語で『身元不明死体』って意味よね。流石に、冗談にしては性質が悪過ぎ」

「はっはっはっ、ごめんね!」


 半眼でめ付けて指摘すると、ロビンはなんらびれた様子もなく、ケラケラと笑った。

 先程のピックマンへの冗談といい、今のといい、どうやら彼のジョークセンスは壊滅的らしい。


「…………」

「…………」


 私とピックマンは無言で見詰め合い、互いに深く頷いた。


「うーん……なら……オーギュスト、アウグストゥス、オーガスト、アウート……―――ねぇ、ピックマン。今は八月だったよね?」

「あ? ああ、今日は八月十六日だ」

「そっかそっか! ―――じゃあこの日を記念して、僕は『ハヅキ』という名前を君におくりたいと思う。どうかな、お嬢さんマドモアゼル? 受け取って頂けるだろうか?」


 ロビンは如何にも芝居がかった仕草で礼をして、地面に片膝を突き、右手を胸に当てて言った。


 ほんとう、改めて、色々とすごい子だ。


 見ているとなんだか面映くなる反面、壇上の役者みたいにとても絵になっているとも感じる。人を惹き付けて虜にする、ある種の天性の魔性を宿しているように思えた。


 ハヅキ。


 私は、その名を口の中で転がす。何度も。

 むかし日本で使われていた、八月の異称。確か、実際に人名として使われることも多かった筈。

 うん、気に入った。

 告げると、ロビンは大層喜んだ。その場で小躍りして、私の手を握る。まるでダンスに誘うみたいに。


「気に入って頂けたなら幸いだ! よろしくね、ハヅキ!」

「うん、よろしくね。ロビン。……あと、ピックマンも」

「ついでかよ……。まあ、別に構わねぇがな。そこのジジィにしても、所詮しょせんは仕事だけの付き合いだ。金さえ払えば大抵のことは流してやるが、馴れ合う気は微塵みじんもねぇ。慈善活動なんざ以っての他だ、気色悪くて反吐が出る」


 苛立たし気に顔をしかめて鼻を鳴らし、憎まれ口を叩くピックマン。

 私とロビンは顔を見合わせて、苦笑した。


 ロビンは「さて!」と甲高く手を打ち鳴らした。


「名前も決まったし、地上に戻ろうか。だけど歩いて行ってたら何日も掛かっちゃうし、その棺も置いていく訳にはいかない。なのでショートカット用のアイテムを使います!」


 言うや否や、ロビンはズボンのポケットから石を取り出した。

 黒い縞瑪瑙でできていて、大きさはロビンの拳にすっぽりと収まる程度。幾つか穴が開いている。楕円形の輪郭りんかくの一部に突き出た吹き口のある、オカリナに近い形をした石笛だった。

 彼は吹き口にくちびるを当て、息を吹き込む。

 奏でられる旋律せんりつ

 指先で正確に穴をふさぎ、黄色い少年が一曲を紡ぎ上げる。美しくて、不思議な音色。いつまでも聞き入っていたくなるけれど、それは直ぐに終わってしまった。


 音が、空気に溶けて消えるのと同時に。

 風に乗って、巨大な怪物が現れていた。


 それは、竜だった。


 全体的なシルエットは蜂に似ている。大きさは三メートルくらい。尻には尻尾ではなく丸みを帯びた腹があり、しかし背中から生える二枚の翼は蝙蝠こうもりのものにそっくりな構造をしていた。

 黄色がかった黒い甲殻に全身が包まれていて、頭の上の方に触角みたいな器官が二本ある。口は小さいけれど爬虫類ドラゴンを思わせる形で、しかし両の側面に蜂の大顎が備わっていた。

 楕円を描く腹の先端からは、多数の鉤爪状の毒針が、乱雑な束になった形で体外に顔を出していた。

 関節や甲殻の隙間は、針金みたいに硬質な黄色い体毛でよろわれている。一方で、翼の翼膜には繊細せんさいな印象の細かな毛が密集していた。

 強膜が黒い大きな眼には、黄玉トパーズのような黄色いつぶらな瞳。

 三対――合計六本の歩脚があり、一番上の脚でパンパンにふくらんだ巨大なリュックサックを抱えている。

 反った背中にはくらがあって、首と肩には手綱たづななどの装具が着けてあった。


「この子は宙渡蜂ビヤーキーという名前の、嵐ノ皇ハスターの眷属たる風属性の魔物だよ。僕のペットでね、空間を超えて移動することができるのさ! ……迷宮の中限定だけどね」


 言いながら、ロビンは蜂竜が抱えている荷物に手を突っ込んだ。そしてしばらく手探りで中を漁ってから、目当てのものを見付けたのか、腕を引き抜く。

 彼は、黒褐色の徳利とっくりを掴んでいた。

 飲み口のくびれた部分にひもが結ばれていて、それは栓に繋がっている。人の頭ほどの大きさがある丸い容器の中で、ちゃぷりと音がした。


 ロビンは徳利の栓を抜き、ピックマンに手渡す。


 ピックマンは鉤爪かぎづめの付いた手で器用に徳利を持ち、頭上まで掲げると、顎を大きく開いた。

 徳利が傾き、飲み口から液体が流れ落ちる。それは融解した黄金に似ていた。

 ほんの少量をらして飲むと、彼は私に徳利を投げて寄越す。


「ほらよ、だ。飲んどけ」

「酔い止めって……」


 なんとか受け取って、私は飲み口を覗き込む。

 かすかにアルコールの臭いがした。


「お酒じゃない。逆に酔っ払っちゃうわよ」

「大丈夫だよ。アルコール度数はそんなに高くないから。……あっ、蜂蜜やアルコールにアレルギーがあるなら別だけどね!」


 ない、とは思うけど……。


 私が悩んでいるのを見て、ロビンは説明を追加する。


「それは『黄金の蜂蜜酒』といってね、宙渡蜂ビヤーキーの空間跳躍に人間の肉体が耐えられるよう護ってくれるものなんだ。飲めないとなると、徒歩で地上に向かうしかないのだけれど……」


 ……そうまで言われると、仕方がない。


 記憶がないから自信はないけれど、私はたぶん未成年だ。まだお酒を飲んでいい歳ではない。

 だけど郷に入っては郷に従え、ともいうし。夢の世界であるここで日本の法律は適用されない。なら、飲んでみても大丈夫……だと思う。

 それに先に飲んだピックマンがピンピンしているから、少なくとも毒ではないだろうし。


 私は意を決して、徳利をあおった。


 黄金の液体が喉を滑り落ちる。

 炭酸を含んでいるのか、舌にピリピリとした刺激があった。ほのかに甘みがあるけれど、割とすっきりしていてドライな風味。聞いた通り酒気も弱くて、とても飲み易い。

 気が付けば、徳利の中は空になっていた。

 ……ずっと棺の中で飲まず食わずだったから、かな。ぐいぐいいってしまった。不死身の身体でも飢えるものらしい。


「ごめんなさい……ぜんぶ、飲んじゃった……」

「あははは! いいよ、気にしないで! うちに帰ればまだまだあるから! ―――さて! それじゃあ帰りますか!」


 ロビンが、ビヤーキーという名前の怪物――魔物の背中へと軽やかに飛び乗る。彼は鞍にまたがり、手綱を握り締めた。

 彼は手綱を操作して、魔物の身を低く屈ませる。


「さあおいで、ハヅキ!」


 差し出された掌。

 私は彼の手を取る。するとあっという間に引き上げられて、気が付けば彼の後ろに座っていた。

 そして私の後ろにピックマンが座る。


 それからロビンの指示で、魔物は棺とそのふたを抱える。そして音もなく、ふわりと空中に浮き上がった。


「じゃあ飛ぶよ! 二人共、しっかり捕まっててね! 地上に向かって出発!」


 ロビンが手綱を打つ。

 ビヤーキーが翼を広げ、力強く羽搏はばたく。


 瞬間――私の視界が、暗黒に飲み込まれた。


 見えない手に三半規管をわしづかみにされて、めちゃくちゃに振り回されているかのよう。左右も前後も上下も分からなくなる。酷い目眩めまいと吐き気に襲われて、座っていることすら困難だった。


 私は咄嗟とっさに、身体に触れていた冷たい感触――目の前に座っているロビンに強くしがみ付く。


 冷たい。痛いほどに冷たい。

 その冷たさだけが、私の救いだった。


 急速に意識が薄れていく。今まさに気絶しようとしている直前に―――



 ―――いってらっしゃい! またおいで!



 ロビンの声によく似た、名状し難い響きを孕んだ風の音を聞いた。

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