第59話 ダンジョンのレベルアップ

 洞窟の奥が、二度目の脈動を打った。空気が変わる。湿り気の質が変わる。土と岩の匂いの奥に、甘い魔力の匂いが混じった。


 僕はコンソールを開いて、ダンジョンの項目を確認する。


【洞窟ダンジョン:黎明の縦穴】


・ダンジョンレベル:2

・階層:5

・守護枠:拡張

・生成機能:解放(低位)

・DP生成効率:上昇

・眷属枠:増加(小)


 その下に、見慣れない項目が増えていた。


【召喚可能モンスター(Lv.2)】


・スライム(精霊系:水)

・ゴブリン(精霊系:土)

・ウィル・オ・ウィスプ(精霊系:火)

・スプラウト(精霊系:木)


「……精霊系?」


 今までは狼だの鼠だの、地中のモグラだの生態系の延長線にある魔物ばかりだった。


 なのに、いきなりファンタジーの定番が混じってきた。


 ゴブリン。スライム。


 正直、ワクワクしない方が無理だ。


 でも、油断はしない。ダンジョンは生命体だ。生み出すものは、僕の味方にも敵にもなる。


「……まずは、スライムだな」


 単純な興味だった。RPGで最初に戦うあの青いゼリー。実物を見てみたかった。


 僕はコンソールに指を当てる。


【召喚:スライム(精霊系:水)】


・コスト:DP 50

・用途候補:清掃/給水補助/低位防衛

・注意:指示が必要


「召喚」


 洞窟の床が、ぷくり、と波打った。


 水たまりがあるわけでもないのに、岩の上に水がにじみ出て、丸くまとまっていく。


 拳より小さい。透明に近い、淡い水色の塊……顔がない。目もない。口もない。ただ、そこに「水」が丸く固まっているだけだ。


「え……これだけ?」


 僕が近づくと、ぷるん、と震えた。


 怖い、というより、可愛い。


 危険な気配はない。むしろ、井戸水みたいな清潔な匂いがする。


 コンソールが追い打ちみたいに表示する。


【鑑定:水の精霊スライム】


・分類:精霊系(低位)

・性質:清浄/追従

・知性:低

・危険度:低

・習性:主の魔力に反応して活動


「水の精霊……」


 スライムって、魔物じゃなくて精霊枠なのかよ。


 僕が指先を近づけると、スライムは逃げなかった。


 逆に、ぷる、と指に触れてくる。冷たい。けど、嫌な冷たさじゃない。夏の水道水みたいな冷たさだ。


「……うーん、初めての召喚だからな……名前ってつけて意味があるのかな?」


 ボスに名前をつけた時は強くなったように思う。


 始めたの召喚獣に僕は名前をつけてあげたい。


「しずくのようだったからな。そのままでいいか。今日からお前はシズクだ。いいか?」


 僕がスライムに名前をつけると、プルプルと震え始めた。


「えっ?」


 ゴソッと自分の中から、力が抜けたような気がした。


「うっ!」


【大量の魔力消費を確認しました。精霊に名付けたことにより、固定召喚が可能になりました】


「固定召喚?」


【召喚獣は、領主様の召喚によってダンジョンに固定されています。ですが、名付けを行なったことで外へ連れ出すことができるようになりました】


「なるほど、シズクはダンジョンの外でも連れて行けるのか?」


【はい。領主様との魔力で結びつきができましたので、外では領主様の魔力を消費して、生命活動を維持します】


「それは、僕の魔力が消えるとどうなるんだ?」


【その際には、召喚が解除されるだけです】


「なるほど」


 プルプルとしていた、シズクを見れば先ほどよりも少しだけ大きくなった。

 

 スライムと聞いて、もっとドロドロとした化け物を想像していたが、見た目は可愛い水の塊でプルプルとして触ると気持ちいい。


「シズクは、掃除ができるか?」


 返事はない。当たり前だ。顔も口もない。


 でも、シズクがプルプルと震えているのを見ていると、なんとなく伝わる。


 指示してくれって。僕は息を吸って、ゆっくり命令を出した。


「うーん、追々何ができるのか教えてくれ」


 シズクが、プルンと跳ねた。


 次の瞬間、低く広がるように形を変えて、洞窟の床を滑っていく。


 通った後の岩肌が、微妙に明るくなる。埃っぽさが消えて、湿り気が整えられたような、澄んだ質感に変わっていく。


「……マジか!」


 これ、掃除ロボだ。いや、掃除精霊だな。


 僕は思わず笑ってしまった。


 ダンジョンを強化するって、罠や魔物を増やして戦力を上げるだけじゃない。


 生活そのものを、底上げする手段が増える。


 水の精霊が掃除する世界。そりゃ、ファンタジーだな。


 そして、ダンジョンはまた、淡く脈動した。


 まるで「次も呼べ」と言っているみたいに。


 僕はコンソールの一覧を見下ろしながら、指先を止めた。


 土のゴブリン。

 火のウィル・オ・ウィスプ。

 木のスプラウト。


 ……増やすべきか。慎重に選ぶべきか。


 僕はスライムが床を磨いていく様子を見つめながら、小さく呟いた。


「まずは、お前だな。……生活圏を整える」


 ダンジョンレベル2。


 僕の領地は、確実に国の形になっていく。


 魔物だと思っていた子達が、精霊と呼ばれる世界。なんだか、まだまだ未知への挑戦になりそうだ。

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