第6話 スライム、ギルドで働き始めました


昼過ぎ。王都の大通りをゆっくり流していたときだった。


 車内のカーナビが急に光った。


《付近に“既知の魔物反応”を検知

 推定:第1話のスライム》


「いや、推定すんなよ……」


 苦笑しながら周囲を見回すと——

 タクシーの前で、ぷるっぷるっと跳ねている透明の姿があった。


『あっ……! 運転手さん!!』


 懐かしい声だ。

 最初にこの異世界で乗せた、あのスライム。


「お、久しぶりだな。……元気してたか?」


『はいっ! あの……ぼく、今はギルドの“おてつだい”してます!』


「おお、ちゃんと居場所ができたんだな」


 身体をぷるぷる震わせて、得意げにしている。

 前よりずっと、輝いているように見えた。


『今日は……ギルドから“荷物の配達”を任されて……

 でも……その……重くて……』


 言いかけた瞬間、バサァッと大量の書類がスライムの体からこぼれ落ちた。


『あ〜〜っ!! また落としたぁぁ!!』


「お、お前な……」


 どう見ても一人じゃ無理な量だ。


「乗れ。全部まとめてギルドに届けてやるよ」


『えっ……! い、いいんですかっ!?』


「そのためのタクシーだろ」


 そう言うとスライムは、嬉しすぎて液体のまま膨張した。


『じゃ、じゃあ……遠慮なく……!』


 荷物と一緒に後部座席へ乗り込むのを確認し、出発する。


 



『あの、運転手さん……』


「ん?」


『ぼく……ギルドの人たちに、ちゃんと“役に立ってる”って言われるんです……

 “スライムは弱いけど、君は働き者だね”って……』


「そりゃ良かったな」


『でも……』


「でも?」


 スライムの身体が、しゅん、と小さくなる。


『……まだ、怖いんです。

 外に行くと、他の魔物に“おまえみたいな雑魚がギルドで働くな”って言われて……』


「ああ……」


『……正直、くじけそうで……』


 スライムは、少し震えていた。


 ——こいつは最初から、弱い自分を責めるタイプだった。


「スライム」


『……はい』


「仕事を任されてる時点で、お前は“雑魚”じゃねぇよ。

 雑魚なら誰も頼らない」


 スライムの透明な身体がきらっと光る。


『……っ!!』


「それに、強さなんてあとからついてくるもんだ。

 まずは出来ることからやればいい」


『……はいっ!』


 スライムは身体の色を、少し濃い青色に変えた。

 嬉しいと色が変わるタイプらしい。


 



 ギルドが見えてきた、そのとき。


「あっ!!」


『えっ!?』


 路地裏から、ゴブリンが荷物を抱えて全速力で飛び出してきた。


《スリ+書類泥棒》


 と、カーナビが勝手に判定する。


「お前……書類盗むなそんなジャンル!」


 だがゴブリンは早い。

 このままだと逃げる——と思った瞬間。


『ぼ、ぼくが……やります!』


 スライムが後部座席から車外へ飛び出した。


「おいスライム!?」


 ぷるん!! と弾むように地面に落ちたスライムは——


 ゴブリンの足元へ高速で転がり込み、


 ズルッ!!


「ぶぎゃっ!?」


 見事に足を滑らせて転ばせた。


 その隙にスライムは盗られた書類を吸い取り、

 ころん、と俺の足元まで戻ってくる。


『と、とれました……!』


「……やるじゃねぇか」


 スライムは照れくさそうにぷるぷる震えながら言った。


『ぼく……役に立てた……!』


 



 ギルドへ書類を無事に届けると、受付嬢が感謝してくれた。


「スライム君、ありがとう。本当に助かったわ」


『へ、へへっ……!』


 スライムは誇らしげに膨らんでいた。


「じゃあな。また乗りたくなったら来いよ」


『はいっ! 絶対また来ます!!』


 スライムは嬉しそうにギルドの中へ跳ねていった。


 また一匹……いや、一人か。


 また一人、ここで前を向いて進んでいく。


「いいな……あいつ」


 俺も負けずに頑張らないとな、と思いながら

 次の乗客を探してタクシーを走らせた。


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