寒い森の帰り道

 


 新月の夜のことです。いつの間にか普段通っている道から外れ、暗い森の中から出られなくなってしまった少年がいました。今の季節の森は寒いうえに危険な熊や狼もいます。少年は危険から見つからないよう息を殺しながら朝を迎えるための場所を探します。歩き続けていると、少年の目の前には小さな小屋が見えてきます。中に入って休ませてもらおうと少年は戸を叩きますが中から返事はありません。少年が戸を開けて中に入ると小屋の中には大きな狼がいました。腰が抜けてその場に転んでしまった少年に狼はゆっくりと近づいてきます。少年は逃げようとしますがうまく立ち上がれません。

「よぉ坊主、少し悪いが静かにしてくれねぇか?ここら辺は最近穴持たずが出るんだ。俺みたいな年食った狼一匹じゃ逃げることもままならん」

狼は少年に向かって話しかけてきました。

「驚かせちまったかもしれないが、俺はここらで元々狩人をしていた人間なんだ。若いころに余計な分まで動物を狩っていたからか罰が当たってこんな姿さ」

狼は少年の反応など気にせずにずっと喋り続けます。

「今じゃ人の姿の時間より狼である時間のほうが長いかもしれん。最初はうまく動けなかったが四足歩行もしっぽの振り方も今ではお手のものよ」

少し自虐風に笑う狼に対してようやく落ち着いてきた少年が尋ねます。

「明日の朝までここで休ませてもらってもいい?ずっと歩いていて足も疲れて体は凍えているんだ」

「あぁ、いいとも本当に久しぶりの会話なんだ。俺のほうから頼みたいくらいだ。明日の朝になったらお前の住んでいるところの近くまで送って行ってやるよ」

一体いつから狼として暮らしているのか、今の村はどんな様子なのか。 少年と狼は朝が来るまで話し込みました。

「おい、坊主もう朝日が登ってきやがった。こんなに楽しかったのは久しぶりだし俺がお前を村の近くまで乗せてってやるよ」

 狼はそう言うと少年の近くに伏せて、少年が狼の背に跨った瞬間狼は走り出しました。

 月の明かりもない真っ暗な夜はあんなに怖かった森ですが、少しずつ明るくなって緑が見え始めるとなんとも幻想的な風景が見えてきた。小屋の近くには滝があるようで落ちてきた水が霧のようになって朝日がぼんやりと辺りを照らしている。夜に1人だった時の恐怖は忘れて、少年は狼と一緒にその光景を楽しんでいました。昨日は長い時間迷っていたように感じた道のりが、狼によってあっという間に駆け抜けられ少年はあっというまに自分の村に着きました。

「ありがとう、もし君に会えていなかったら帰れなかったかもしれない」

「いいんだ、気にするな。俺だってお前に会えてなかったら暇すぎて今度こそ死んでいたかもしれないぜ」

 2人は向き合って笑いました。そうしていると、村の人たちが少年に気づいてこちらに向かってきます。

「じゃあな、ずっとここに居たら俺は狩られちまう」

 狼はそう言うとまた森の中に入っていきました。

 その日は珍しく朝に狼の遠吠えが聞こえました。

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