第26話 王の激昂

「……いい加減にしろ」


 低く、地響きのような声がした。  ゼルフィナが動きを止める。  アレンが立ち上がっていた。その全身から、赤黒い魔力が噴出している。美しかった紫水晶の瞳は、今や鮮血のような真紅に染まっていた。


「セシリアに手を出したら、森ごと消すよ」


 それは比喩ではなかった。  王城の上空に渦巻いていた雲が一瞬で消し飛び、空間そのものがアレンの怒りに呼応して悲鳴を上げる。


「あ、アレン様……?」


 ゼルフィナの顔から余裕が消えた。  彼女は知っていた。この少年が本気になれば、大陸の一つや二つ、容易く灰にできることを。


「僕は人間として生きる。セシリアと一緒に、おじいちゃんになるまで生きるんだ。……それが『器』としての役割じゃないとしても、僕の意志だ」


 アレンは一歩踏み出し、セシリアを背にかばった。


「帰れ。二度と僕たちの前に現れるな」


 王の命令(ギアス)。  絶対的な強制力がゼルフィナを打ち据える。  彼女はガタガタと震え、目から血の涙を流しながら、それでも深い敬意を持って平伏した。


「……御意。今は、お引きしましょう」


 ゼルフィナは空間の裂け目へと後退する。  だが、最後に不吉な予言を残した。


「ですが、お忘れなきよう。貴方様の力は、人の世の理を壊します。いつか必ず、その愛する者を、貴方様自身が傷つける日が来るでしょう……」


 ゼルフィナが消え、静寂が戻る。  アレンの瞳の色が元に戻り、彼は糸が切れたようにセシリアに倒れ込んだ。


「アレン!」

「……ごめんね、セシリア。怖かったよね」

「ううん、ううん……!」


 セシリアはアレンを強く抱きしめた。  彼の体は温かい。けれど、先ほどの圧倒的な力の片鱗と、ゼルフィナの予言が、冷たい棘となってセシリアの胸に突き刺さっていた。


 二人は守り抜いた。  けれど、それは「猶予」を得たに過ぎないことを、互いに理解していた。

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