第3話 聖域の中心で叫びマスカ?

 怒り心頭に発し、私は階段を一気に駆け下りた。途中で靴が脱げたけど、かまわず外へ飛び出す。向かう先は、神殿の最奥にある『ほしみの泉』と呼ばれる場所だ。


 普段は聖女が身を清めるための泉だが、ここに血を垂らすとけがれをぎつけた魔物がやってくるから、絶対にここで傷をすすぐなと言われている。


 本当は掃除が大変だから禁止されているんじゃないかな。こんな聖域のど真ん中に魔物が現れるなんて考えられないもの。


 でも、今だけは伝承を信じたい。


「あんなクズたちのために、命削って働いてたなんてバカみたい。こうなったら魔物でも何でも召喚よびだして、この腐った神殿をぶっ壊す!」

 足の裏は小石とかを踏んだせいで、ちょうど血だらけ。私は迷わず泉に飛び込んだ。


 だが、何も起こらなかった。落胆と空腹でよろめき、泉のふちに腰を落とす。


「ほら、聖女の血よ! じゃぶじゃぶ飲みにきなさいよ!」

 ヤケクソになって足をばたつかせ、水しぶきを上げた時だった。


 ドーム状の水晶天井が、まるで飴細工あめざいくのように粉々に砕け散る。降り注ぐ破片の中、空から巨大な翼を持った何かの影が見えた。


 防御が間に合わなくて傷つくのを覚悟したけど、水晶はなぜか私の体を避けて周辺の地面に突き刺さる。


永劫えいごうの夜の終焉しゅうえんがようやく訪れたな、我が花嫁よ」

 目の前に降り立ったのは、この世のものとは思えない長身の美青年だった。光を拒むかのような烏黒うこくの髪、獲物を狙うような鋭い深紅しんくの瞳、白い肌は病的なほど透き通っている。


『あなたと結婚できるのを楽しみにしていました、って言っても無駄だよねー』

 投げやりに言ったのは美青年ではなく、彼の右肩の上で浮いている半透明の黒猫だった。


「猫が喋った……え? ていうか、猫の幽霊?」

 私はポカンと口を開けたまま動けない。


『わっ、ボクの姿と声を認識できる人間に初めて会えた!』


「あなたたち……誰なの?」


「我が名はヴェルミリオン・マレディクト。この者は我が魔力に呼応し、影より顕現けんげんせし存在……『深淵しんえんちるよる血宴けつえん』」


『つまり、使い魔のアビス・ナイトフォール・ブラッドレイヴでーす、よろぴく。長いからアビスでいいよ、花嫁サマ!』

 美青年が真面目なトーンで話した後に、黒猫アビスが軽快な口調で補足する。


「ヴェルミリオン・マレディクト……」

 私は彼の名前を反芻した。


 もしかして、魔物というか闇の王自らお出ましってコト!?

 しかも、彼は聞き捨てならないことを言わなかっただろうか。


「は、花嫁って……私が? あなたの?」

 自分の顔を指さすと、ヴェルミリオンとアビスが同時に頷いた。


 ――ええええぇ!?

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