第7話 『綺羅の琥珀』って?~一般的な理解として
「……エーラ、お前な?『綺羅の琥珀』って、知ってるのか?」
「し、知ってるよ?」
『見るべきものを視る』力で、未来を見て、国を正しく繁栄させる助言を行う。この国になくてはならない乙女だ。
それが『穢れて』いなくなった。だから今、国はてんやわんやになっている。……だよね?
私が考えた事をそのまま話すと、バジェはため息をついた。
今は宿屋だ。
あの後バジェは青空市場に私を連れて戻った。どうやら、『私を連れて戻るまではこの町から出さない』とかなんとか、奥様連中に言われて蹴り出されてきたらしかった。バジェのお店や荷馬車は奥様連中と、代表奥様の旦那さんが守っていてくれた。
なお、ポンすけはバジェの保護者だか見張り役としてつけられたらしい。ますますできる子である。ぜひともトランディオに改名してほしい。荷引き馬にしておくのがもったいない。
ともかく戻ったバジェは、無事に事態が収拾しましたと奥様連中に説明と平謝り?をする事になった。どうやら奥様連中は私の事を、『悪徳へっぽこ旅商人に弄ばれた、健気な『穢れの銀』の女の子』だと決めつけているらしい。そこには幾ばくかの誤解がある。納得できない。しかし、そうするのが一番あの場を丸く収められるようだった。バジェも、『これ以上事をややこしくするな』と目で合図を送ってきていたので、その設定に乗っかる事にした。
きっと奥様達の間では、私達『若き夫婦』がこれから仲良く旅をしながら商売をする事になるのだろう。勝手なものだなあ。
……ただ、彼女たちの想像がそうなら、せめて想像でだけは、私達がそうであってほしいと、なんだか甘くて苦い気持ちになった。
ともかく、戻って宿屋。
『綺羅の琥珀』についてのおさらいをしていたところだ。でも、世間で言われている『綺羅の琥珀』情報なんてその程度だ。
未来が視る事ができて、それを王様に伝えてくれる女の人なり女の子。その姿は誰も知らない。だって『綺羅の琥珀』は代々『砂の塔』に住んでいるから。あれ?代々、でいいんだっけ?まあともかくすべてがあやふやだ。
バジェは宿屋の相部屋、簡素な隣のベッドに胡坐をかいて、何やら言いたそうだった。こちらを見たまま、商人独特の崩して巻いているターバンの端をくるくる回している。考えたり言葉を選んだりしている時の癖だ。
「わ、わかるよ!?この国の大事な人が、『穢れの銀』なわけないって事でしょう!?」
この国で昔から忌避され続ける『穢れの銀』。よりにもよってそんなのが『綺羅の琥珀』なんて事になったら、暴動が起きるかもしれない。
「そんな事じゃなくってな?」
「『そんな事』!?」
「いや、まあ、大事な事だとは思うぜ?世の中にゃあ、『綺羅の琥珀』を崇め奉る奴だっているんだからな。馬鹿な奴らだよ。そうじゃなくってな?お前自分で言ったよな?――その、『見るべきものを視る』力が、お前にあんのか、って話だよ」
……そうだった!
バジェにそういう話、してきた事、なかった!いや、バジェに限った話ではない。誰にも言っていない。それが『見るべきものを視る』力だと気づいた時、世話をしてくれていたおばさんに話した事はあったけど、その時もおばさんは深いため息をついて、今のバジェと同じような、深いため息と、憐れむような目をしていた。
「――悪かったなあ、エーラ」
「……うん?」
「お前、そんなに俺の事が好きだったのか」
「えええ!?」
「なのに俺があんな事を言っちまったから、『月の精がお前の耳元で囁い』ちまったんだな?」
「別に私、おかしくなってないから!正気だから!」
「いや、悪かった。俺も、エーラがそんなに情の深い女だったとは思わず……そうかー。そんなの俺に惚れてくれてたかー。あー!罪な男だなー、俺はー!」
「違うから!やめて!変な勘違いしないで!?」
私が顔を真っ赤にして否定するけど、バジェはまったく聞き入れない。しばらくそんなやりとりをしていると、宿屋の隣の部屋から『うるせえ!』と声が響いてきた。……隣、でいいんだよね?ものすごく声がはっきり聞こえたんだけど。この宿屋、スッカスカなんだな。夜、嫌だな……
「と、ともかく。ホントなの。『綺羅の琥珀』みたいな力があるの。ちゃんと未来、視えるんだよ?」
「未来が視える?」
『色男バジェ』の腹立つ大根芝居は終わったけれど、目を半分伏せたような、明らかに馬鹿にしたような目をしている。
「ほ……本当だよ」
「じゃあ何か?お前は、俺がぶん殴られて三日も顔を腫らす未来を視たり、主婦に言いくるめられて大損する未来ばっか視てきたって事だな?」
「それは見てない!見てたらちゃんと言うよ!?」
「はっ、どうだか――」
「その未来が視れてたらよかった、って思ってる。……私、何でも視れるわけじゃないの。突然、思いもかけない事ばかりが視えて……」
そう正直に言うと、バジェは眉間に皺を寄せ、ベッドの上で胡坐をかいたまま背を反らした。耳をポリポリ掻いたりして、考えているようだ。
「あ、あの。もう少し前の話だけど、バジェが足を挫く未来を視た時は、何とかしようと思ったんだよ?」
「足ぃ?」
いつの話だよとバジェが顔を歪めた。
「ほら。雨が降るかもって私が言って……でもバジェが転んで。足を挫いて」
「んな事あったか?」
「あったってば!何か……抜き打ち?があって。バジェが何か大きな鉄クズを――」
「あー!……その話はもう思い出させるな。久々の腹立つ騙され方をした件だな!?」
……やっぱりあの鉄クズ、騙されて買ったんだ。しかも、横流しも何もできずに捨てて来たから丸々大損してるもんね。流石のバジェでも苦い思い出らしい。
「思い出せるのは、それを押しつけて来た、あの髭面の顔だけだ……アイツ絶対許さねえ……久々に夢に見るかもしれねえぞ、おい。――そればっかりで、足挫いたかどうかなんて思い出せねえ」
そっちが大事な事なのに……
「あ、じゃあ、はちみつパン!三つ前の町で!それ食べるのを視たの。バジェ、買ってくれたでしょ?」
今思い出しても、あの美味しいパンの味が口の中に広がってくる。また食べたいなあ……
「はちみつパンって、あんなの店が吟遊詩人とガキに銅貨握らせてあちこちで歌を歌わせてんだぞ。耳に残って仕方ない。お前に言われなくても俺は買って食うつもりだった。ましてあの町に行きゃあ、誰だって食うだろ」
未来でも何でもないとバジェは取り合わない。
でも他にとなると、バジェと出会う前に視ているものだと、あまりに断片的すぎて、ものすごい未来の事なのか、もしかしたらもう起きて見過ごしてしまっている事なのかもわからない。それに――
さらにその他にとなると。
高いところから、落ちていくバジェ。笑っているバジェ。
それは、幼い時から何度も視ている。今から考えれば、『見るべきものを視る』力で初めて視た未来だ。
でもそれを……ちらりとバジェを見る。髭剃りが悪いのか、剃り残しが目立つ顔。もうすこしマトモそうなバジェだった気がする。いつも荒いキャンバスに黒炭で書いたようなものしか視えないけれど。なんなら今より少し若かったような……?あれ?でも、それだと話がおかしくなる?
困惑している私をよそに、バジェが私にたずねてきた。
「そんなどうでもいい――『未来』?より、もっといい未来は見てねえのかよ」
……いいのと真反対の未来なら見ているなんて、言えるわけはない。
「俺が金貨抱えて大笑いしている未来とか。そうだ!俺が大商人株を買って、俺の名前を署名するところとか!そういうのを視ろよ!」
「そういう未来にならないと、視れないよ……」
「なるかもしれないだろ!?まずお前が信じろよ!俺を!バジェ様を!」
無理。
それは無理だってー!
「……そうなると、いいね?」
がんばろーねっ。きゅっと両手を軽く握って、頑張りポーズをしてみたが、それがバジェの癪にさわったらしい。『どういう事だ、エーラ!』との声をバジェが張り上げたところで、先ほどとは反対の壁が、ドン!と鳴った。……ごめんなさい。静かにします。
「……『綺羅の琥珀』になったところで、いい事なんて何もねえぞ。『砂の塔』で豊かな暮らし?――んなわけあるかよ。いいもんが食えたところで、一生牢屋暮らしと変わんねえや」
バジェが身振り手振りを大袈裟に取った後、最後に両手首を囚人のようにあわせて『んべっ』と舌を出した。……そうかもしれない。……きっとそうなんだろう。王様の為に未来を告げ続けるっていうんだから。
「だいたい、前の『綺羅の琥珀』だって結局よくわかんねえんだろうが。『穢れ』た『穢れ』たなんて言われてるが、結局、何がどうだったのか、どうなったのか。王様は、俺ら下々の者にゃあ、真実なんてなーんも知らさねえんだからな!」
「け、穢れた、っていうのは……その。あれなんじゃない?」
「アレ?」
『綺羅の琥珀』は代々女性だというし。つまり、その……
ごにょごにょと言葉を濁す。その様子を見て、バジェが笑っている。意地が悪い。だが、それだけではないようだった。
「……それっぽっちで『綺羅の琥珀』でなれなくなるようなら、それこそエーラ、お前に『綺羅の琥珀』は無理なんじゃねえか?」
そう言って、バジェは私ににやりと笑って見せた。
「え……?――!?」
顔が赤くなる。あ、でもどうなんだろう。
でも、私は変わらず未来が視えているし……
「んなもんにわざわざならなくていいんだよ。何もいい事ありゃしねえって」
そんな事よりとバジェに手を引かれた。大切な事だと思うのに。それに何より、この宿は、壁が薄いみたいだし!今夜は嫌だなあ!?
「で、でも、『綺羅の琥珀』の候補者を見つけて紹介したら、その紹介者にものすごくたくさんの謝礼が出るって――」
がばりとバジェが起き上がった。
「……エーラ。その話、もっと詳しく」
――バジェは、大通りの貼り直されているはずの『王の知らせ』を見に、すっ飛んで行った。
そして、間もなく、その『王の知らせ』を引き剥がして戻ってきた。ライバルを増やすわけにはいかないとかなんとか。……私が言い出した事ではあるけれど、なんかもう――好きにして。って感じだった。
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