第6話 王の知らせ~求むるは、次なる『綺羅の琥珀』の輝き
……何をしているんだろう。
さっさと、こんな町、出ていけばいいのに。
どうして残ってるの?……誰かに見つけてほしいから?誰に?……バジェに?
そこまで考えが至ったところで、引っ込みかけていた涙がまた溢れてきた。
泣き始めると、声が反響する。橋の下は目立ちすぎるかもしれない。それに、今からの時間だと、日が傾いて陰になったら、ここは真っ暗になる。真っ暗程度、怖くはない。今までだって一人旅で野宿だってしてきたもの。
でも、暗いと見つけてもらえない。……探してもらえるかもわからないのに。
そうだ。バジェにしてみれば、食事や宿の心配を余分にしなくて清々したと思っているかもしれない。特に宿代なんていつも文句を言っていた。……それで理由をつけて相部屋にしてくる、したたかな男だったけれど。
護衛だって私は言い張っていたけど、街道を旅するなら、魔物の繁殖期にさえ気をつけていれば、実はそれほど心配はない。街道は整備されていて、王の兵が、増え始めた魔物や賊の討伐を定期的に行っている。それでもダメな時は駄目なので、結局、運ではある。
けど、バジェは、本人の言い分はともかく、常に護衛を必要とするような規模の旅商人ではない。
価値のあるものといえば、ポンすけとバジェ本人ぐらいのものだ。
あとはガラクタばかり。襲われたって、たいした被害にはならない……と思う。
だから、私なんていなくていいんだ。まして『穢れの銀』な私なんて。
もうかぶっていた上着のフードを外した。銀の髪も瞳も隠さない。街の人がぎょっとした顔をしているのが見えたけれど、これが私にとって普通だった。
今までだって、本当はそうだった。一人で生きると決めてからは。
バジェと一緒に旅をするのに、『穢れの銀』が一緒だと、バジェが商売しづらいだろうと思って遠慮をしていただけだ。そもそも、バジェのあの商売のまずさを考えると、『穢れの銀』がいたところで何の問題もなかっただろう。いてもいなくても、商売なんてさっぱりなんだ、きっと。
「……あーあ、なーんだ!私って、馬鹿みたい!」
声を張り上げたけど、虚しいだけだった。
そこに風が舞う。銀の髪が、風に巻き上げられる。――と、何かが顔に張り付いた。
「ぎゃあ!?なに、なになに!?」
一人大騒ぎをした後で、顔に張り付いてきた紙を取る。
放り投げたかったけれど、その紙には『王の知らせ』のハンコが押してあった。
……『綺羅の琥珀』がどうとか書いてある。
『待ってる』?……違うな。なんて読むんだろう。街で買い物をする程度の言葉なら読めるけど、こういう難しくて長い文章は、たいてい読める人に読んでもらうのが世の決まりだ。まして『王の知らせ』だ。何か大切な事が書いてあるのに捨てたりしたら、大変な事になる。
紙をもってふらふらする。町の人の読める塩梅も、多分私と同じ感じだ。そうなると……
視界の端に、緩く崩したターバンを巻いている人が見えた。
バジェを思い出して苦い気持ちになる。青空市場ではなく、この町で店を開いている商人のようだった。店先で暇そうにしている。さっさと日が落ちて店をたたませてくれないかといった様子だ。今なら話しかけてもいいだろう。
「あの。これ、飛んできたんですけど」
私の髪と瞳に店主は驚いたようだった。怪訝な顔で紙を受け取ると『はいはい……ああ。なんだ』と軽く頷いてそれだけだった。近くの掲示板から剥がれて飛んできたものらしく、後で貼り直す、との事。『王の知らせ』といっても内容は様々だ。少なくとも、この町の人にとってはそれほど重要なものではないらしい。
「あの……なんて書いてあったんですか?」
さっさと店から離れてくれないかなあ?という店主の視線を無視してたずねてみた。
……なにか、大切な事が書いてあるような気がする。この町の人にとっては重要でなくとも。私にとってはとても重要な気が。
「ああ、これはね『次代の『綺羅の琥珀』求む!』って書いてあるんだよ。ほら、『綺羅の琥珀』が『穢れ』ちまっただろ?『砂の塔』は崩れるしで国はもうてんやわんや!頼りになる『綺羅の琥珀』がいないんだからな。それでこんな事やってんだよ」
なんでも、大きな街で『綺羅の琥珀』候補者を受け付けているらしい。
無事、次代の『綺羅の琥珀』となれば、残りは一生『砂の塔』住まい。王族と同じような暮らしができるとか。紹介者にも、三回生まれ変わっても使いきれないほどの金が与えられるという話らしい。
「……『砂の塔』って崩れたんじゃないの?」
「そんなの俺は知らないよ。まあ、詐欺師が古今東西の方便を聞かせてくれる場になっているだけらしいねえ」
この近くだと、一週間ほど南に向かった街で、会場が開かれているらしい。
期間中は随時受付だという。そんな話、初めて聞いた。……まあ詐欺師大集合の場になっているみたいなので、国としては『綺羅の琥珀』よりも詐欺師の集団を一斉摘発する場にしているんじゃないかとその店主は笑っていた。確かに、その方が賢い気がする。
それとなく店主から追い払われたところで、バジェと出くわした。
というか、ポンすけに風よけマントの端を咥えられて、引きずられてきたみたいだった。荷馬車や店はどうしたのだろう。……まあ、たいした物もないはずだけど。
「お……おお、エーラ!」
ヤッホー、お久しぶり。そんな感じの気軽さだったが、流石にバジェの表情は引きつっていた。言葉をずいぶん選んでいるようだった。
「いや……エーラ。さっきのアレはだな?お互い、悲しい誤解があっただけだと、俺は言いたいんだ」
どんな誤解があったというんだろう。
「あれはエーラ、お前の事じゃなくてだな?」
「私じゃなかったら、誰だっていうの」
「……いやー……なー?」
もう少し、考えてから喋り出してほしい。バジェはいつもそうだ。私は長くため息をついた。バジェは元々背を丸めがちな背をさらに丸めて、私の顔を覗き込んできた。
「だってお前……考えてもみろよ。お前だって、こんな先行きのない旅商人のカミさんなんて、嫌だろ?」
「……それはそう」
「どれだ!俺の先行きが無いって方なら、許さねえぞ!?」
どうしたいんだろう、バジェは。
でも、私だってどうしたいんだろう。
バジェといるのは楽しい。意外と優しいところだってある。……けれど、それ以上にどうしようもないところも多い。バジェの奥さんになりたいのかと問われると、聞いてきた相手に『どういうつもりでそれを聞いてくるの?』と、真剣にたずね返すだろう。
けど、ショックだった。
『穢れの銀』と結婚したいなんて思わないって。
私のために――バジェは自分が気に入らなかったからだと後で言い直したけれど。それでも何にせよ私の事で怒ってくれたバジェは『私が今まで見てきた人とは違うんだ』って、やっぱりあの『夢?』の人だからだ。そう思っていたところに、あれだった。
すごく、すごくショックだった。
奴隷だ妾だ。後に続いてきた言葉もどれも酷いものだったけれど。ともかく何か――色々なものがショックだった。どうしたいのかはわからない。
きっと違ったんだ。あれは夢。あれは未来視なんかじゃない。
『綺羅の琥珀』の『見るべきものを視る』力とは違う。けれど――あれ以外なら、未来視っぽいものは見てきた。だから。
「――バジェ。アンタに、一生分――ううん、それ以上、稼がせてあげる」
南の街。そこで私は『綺羅の琥珀』になる。そうしたら、もう傷つく事なんてない。王様みたいな暮らしをさせてもらえるんだ。バジェとは関係なく。バジェを紹介人にすれば、バジェも、三回生まれ変わっても使いきれない金が手に入る。どっちも幸せになれるじゃない。
そして何より――バジェが私を愛する事もなければ。『愛する私のために死ぬ男』にもなりえない。
……私は、上手く不敵に笑えていただろうか。商人じゃないから、そんな腹芸できてないかも。でも、バジェだって商人としてはへっぽこなんだから、きっとわからないはずだ。
ねえお願い、私に騙されて。
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