第3話 エルフの騎士と溺愛のきっかけ

森を抜ける道中、俺は何度も死んだ。  毒蜘蛛の急襲、木の根に仕掛けられた罠、突然の土砂崩れ。この森は殺意に満ちていた。  だが、シルヴィアの視点では、俺たちは一度も足を止めることなく、最短ルートで危険を回避し続けているように見えているはずだ。


「ジン、お前は何者だ?」


 休憩中、シルヴィアが干し肉をかじりながら聞いてきた。  その瞳には、最初のような軽蔑の色はない。あるのは純粋な好奇心と、わずかな畏敬だ。


「ただの冒険者志望だよ。ちょっと勘が鋭いだけの」

「勘、か……。蜘蛛の巣の位置をセンチ単位で避けるのを勘とは言わん」


 彼女は呆れたように笑った。  好感度は現在『25』。悪くない数字だ。だが、まだ足りない。  彼女を完全に俺の側につけるには、決定的な何かが要る。


 森の出口が近づいてきた頃、俺は「ある未来」を見た。  それは、これから起こる悲劇の記憶だ。


 数分後、俺たちは開けた場所に出る。  そこには地面を覆う落ち葉の下に、古びた落とし穴が隠されている。  前の周回で、シルヴィアはその罠にかかった。  穴の底には杭が仕掛けられており、さらにそこに潜んでいた巨大な肉食獣が、落ちてきた彼女の足を食いちぎった。  彼女は片足を失い、冒険者生命を絶たれる。絶望のあまり、彼女は自ら剣で喉を突こうとした――そこで俺はロードした。


 その記憶が、鮮明に脳裏にある。  俺は立ち上がる。


「行こう、シルヴィア。出口は近い」

「ああ」


 彼女が先頭を歩く。俺は少し後ろをついていく。  問題の地点まで、あと十歩。  俺は心の中でカウントダウンを始める。


 ――五。  ――四。  ――三。


 シルヴィアが、運命の一歩を踏み出そうとする。  その足が地面に着く直前、俺は全力で地面を蹴った。


「危ないッ!」


 俺はシルヴィアの体に体当たりをした。  ドサッ!  二人でもつれ合うようにして、俺たちは地面に転がった。


「なっ、貴様、何を――!」


 シルヴィアが激昂して俺を突き飛ばそうとする。  だが、その言葉は途中で止まった。  彼女が踏み出そうとしていた地面が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちたのだ。  現れたのは、深さ数メートルの大穴。  そして底からは、飢えた獣の唸り声が聞こえてくる。


 シルヴィアの顔から血の気が引いていく。  もし俺が突き飛ばしていなければ、彼女は今頃あの穴の底にいた。  エルフにとって、足の欠損は戦士としての死を意味する。  彼女は震える手で、崩れ落ちた穴の縁に触れた。


「……あ、私……私は……」

「怪我はないか、シルヴィア」


 俺はあえて平静を装い、彼女に手を差し伸べる。  シルヴィアが俺を見上げた。  その瞳は大きく見開かれ、潤んでいた。恐怖と、安堵と、そして強烈な感謝がない交ぜになっている。


「ジン……お前、わかっていて……?」

「嫌な予感がしたんだ。間に合ってよかった」


 俺は微笑んで見せる。  シルヴィアは俺の手を掴み、強く握り返してきた。その手は震えていた。  彼女は立ち上がると、突然俺の胸に飛び込んできた。


「ありがとう……! 私の命を、誇りを……守ってくれて……!」


 彼女の華奢な体が、俺の腕の中で震えている。  俺は彼女の背中に手を回し、優しくポンポンと叩いた。  視界の端で、『鑑定』のウィンドウが開く。


名前:シルヴィア

好感度:80


 数字が跳ね上がった。  『25』から『80』へ。一気に「信頼」を超え、「親愛」の領域に入った。  これが、彼女の攻略完了の合図だ。  俺は心の中で勝利を確信しながら、震えるエルフの少女を抱きしめ続けた。  もう、彼女が俺に剣を向けることは二度とないだろう。

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