合理主義な彼女が出来たから、非合理的な恋愛をすることにした。

渡路

問1 ラブコメを経ずにできた恋人は、恋人足りうるか?

前提1 恋愛は許可制である。

 恋をするのに、届け出がいる。

 国のお偉いさん方がそう決めてから、もう30年以上経ったらしい。


 街頭スクリーンでは毎週のように、今週の最適カップルとかいう珍奇なものが発表されて、ニュースを開けば「全国平均適合率」だの「恋愛未登録者の減少率」だの胡乱な情報をお茶の間に流してる。


 当時は「大馬鹿政策来たwww」「AIに人間が支配される時代(笑)」等と、色んな意味で話題になったというが、30年という年月は人々の反発心だったり、違和感を均してしまうには十分な時間だったらしく、今となってはあって当然のもの扱いだ。


 どころか、学校によっては強く共感同意しているところもあったりして、そういう学校は「国家恋愛届モデル校」なんていう、厳つい称号を与えられている。

 この春、俺が通い始めた桜杜さくらもり総合学園は、明治から続く由緒ある学園であると同時に、施策当時からのモデル校だ。


 生徒数5千人超とかいう、フィクションから出てきたのかよと突っ込みたくなるようなマンモス具合は、さぞかし国としてもモデル校にするには打ってつけだったのだろう。

 で、それの何が問題なのかと言えば、だ。


 この学園では「恋愛」も、「勉強」や「運動」と同じくらい、「義務教育」とされている。ということであった。




「──次のスライドをご覧ください。AIによる相性判定基準は、主に心理適合・遺伝的相性・生活志向の三つに分類されます。これらの総合値が70%を超えた場合のみ申請基準をクリア。恋愛届の申請権利が与えられます」


 教壇に立ち、如何にもお役所勤めですみたいな面で淡々と説明をしているのは、この学園の生徒会副会長──月之上つきのかみ月夜つくよ

 吸い込まれそうなくらい、長く真っ暗な黒髪に、冷たいグレーの瞳。


 制服の襟元すらシワ一つないその様は、詳細に語られなくとも、彼女の性格を物語っている。

 同じ一年生だというのに、副会長に抜擢された所以は、その整い尽くされた立ち居振る舞いを見れば、言葉はなくとも分かるというものだ。


 黒板の代わりに埋め込まれたモニターには、を簡単に説明したグラフやフローチャートが映し出されている。

 端っこの方には、「恋愛は社会的責任です」だなんていう、実にげんなりとしてしまう文字列が、明るく光っていた。

 

 いやホント、何度見てもセンスないな、このスライド……。

 一度でいいから製作者の面を拝んでみたいものである。


「また、恋愛届が承認されたカップルは、最低一か月の観察期間が設けられており、これを拒否することはできません。期間内は基本的に、恋人登録を解除できませんので、登録は慎重に行うのが望ましいでしょう」


 国家恋愛届モデル校なだけあって、我が校(学園である以上、我が園と言うべきなのだろうか?)ではこのように、生徒会役員による恋愛届制度についての講習が週二で行われている。

 今回は座学だけれども、場合によっては実習だったり、申請のシミュレーションだったりをさせられることもある。


 以前、理想のデートプランを練ってみましょう、とかいう頭お花畑わ~い! みたいなことを考えさせられたときは、本気で頭がおかしくなるかと思ったものだ。

 これがマジの法律に則ったものだというのだから、俺はなんて時代に生まれてきてしまったんだと思わざるを得ない。


「慎重にって言っても、90%を超えたら自動で申請されちゃうんですよね? その場合でも、取り消しってできないんですかー?」


 とはいえ、どちらかと言えば否定的な思想の人間はそう多くない。というか、俺みたいなのはぶっちゃけ少数派だ。

 いや、まあ、そもそも俺らが入学する前から桜杜総合学園は「国家恋愛届モデル校」な訳だから、それも当然ではあるのだが……。


 このように、頻繁に質問が飛んだりと、中々活発な講習であることが多い。 

 月之上副会長は、まるで「良い質問ですね」とでも言わんばかりに頷いた。


「そうですね、仮申請は自動で処理されます。しかし、そもそも相性率が90%を超えたという事例は、施行開始から31年たった今でも、数件しか確認されていないというのが実情です。つまり──これを詩的に解釈するのなら、運命の相手……ということになるのではないでしょうか。そのような人と巡り会えたのだとしたら、国としても個人としても、損することはないと思いますよ」


 受け答え慣れているのだろう。

 マニュアルを読むみたいにスラスラと、月之上副会長がそう答え、質問主は「ほえー」って感じで納得の表情を見せる。


 AIだとか、システムだとかに勝手に診断されて、知らないうちに相性率とかいうのを出される……なんてロマンの欠片もない過程を、運命と呼称するのは、何だか皮肉にすら聞こえる。

 我ながら性格の悪いことだが、何だか一周回っておかしくなってしまい、口角が上がってしまった。


「あほくさ……」


 だから、思わず失笑と共に独り言が小さく漏れ落ちた。

 聞こえたらしい隣のクラスメイトが、「馬鹿お前」と少し笑いながら俺を小突き──月之上副会長と、バチッと目が合った。

 やっべー、と反射的に思う。


「──三方ヶ原みかたがはらくん、ですね」


 三方ヶ原みかたがはら加波かなみ。俺の名前だ。

 この人、教師でもないのに各生徒の名前覚えてんのかよ……。

 ていうか何? 今の聞こえちゃってたの? だとしたら、地獄耳ってレベルじゃねーぞ。


「あー……えっと、その」

「"あほくさい"と言ったように聞こえましたが?」

「や、別に深い意味はなくってぇ……」

「恋愛届制度は国策であり、桜杜総合学園の教育理念にも通ずるものです」


 まごまごと口ごもる俺を両断するように、冷たい一言が振り下ろされた。

 けれど、怒ってるわけではないのだと思う。

 ただ、間違いを正す親や教師のように、月之上副会長は淡々と諭しているようですらあった──子供の身としては、それこそ緊張するというものではあるが。


 お陰様で、クラスにも緊張が走り、俺を小突いたやつなんかは桜SNS(恋愛届制度を推進する一環で実装された、学園内SNSである。最初は何これ? となったものだが、これが意外と使い勝手が良い)を開くのが見えた。


 桜SNSでは、毎日のように【#授業実況】がトレンドに乗っている。つまりはそういうことだ。


「ですが、疑問を持つことは良いことです。三方ヶ原くんには、三方ヶ原くんなりの主張があるのでしょう。ですから、まずはお聞かせ願いましょうか。どうぞ? 三方ヶ原くん」


 まるで断罪の一幕だ、と思った。

 この場で俺は明らかな異端者だったし、そもそもクラス中から視線が突き刺さっていて、小心者の俺としては今すぐ気絶しそうである。

 しかも、こうなってしまったら俺が何かしらの返答をしない限り、この場は収まらないだろう。


 天井を見上げて数秒。

 ペチペチ頬を叩いて、これが夢ではないことを再確認してから、深く深呼吸した。

 緊張で塞がりそうになる喉をこじ開けるように、声を出す。


「……誰かが誰かを好きになることに、アレコレ決まり事を押し付けて、誰とも知らない許可が必要になるというのは、何だか残酷じゃないか? というか、それはもうほとんどディストピアだろ……」

「議論しつくされた主張ですね──自由であるが故に、人は感情の制御を失うのだとは思いませんか? 感情の暴走は人を傷つけ、時には社会すら傷つける……と。それは、合理的ではないでしょう? 恋愛届制度は、恋愛感情と秩序を共にするものなのです」

「いや、そうじゃなくって……つまり、俺が言いたいのは、非合理的で何が悪いんだ? ってことなんだよ。合理的であることが、必ずしも正解とは限らないだろう。非合理な選択から生まれる正解も、きっとある」

「──なるほど。本当に、非合理的ですね」


 ほう……と呆れたように、月之上副会長が息を吐く。

 議論の一区切り。

 教室の空気が、ざわめき立つ方にシフトし始めたのを肌で感じた。


 あー、もうこれ絶対、桜SNSで晒されてるよ……。

 俺、平穏無事に帰れるかなあ?


「ですがご安心を、三方ヶ原くん。君のような生徒は、毎年何人かはいるものです」

「いや、そりゃまあ、別に俺だけが否定的だなんてことは、思ってはいませんが……」

「そして、そういう生徒を更生してあげるのも、生徒会役員としての務めです」

「ん?」


 何か風向き変わったな。

 明らかに想定してた方向とは、全く違う方に話が進み始めてないか!?


「生憎ですが、私個人としては然程力になれないかもしれません。でも大丈夫。生徒会には多数の生徒が所属しています。きっと、三方ヶ原くんと相性の良い役員もいるでしょう。これまで否定的だった生徒たちも、こうやって一人ずつ考えを改めていったんですよ?」

「……い、いやそれはもう、ただのハニトラ的なアレなんじゃない!? 完全に篭絡されちゃってるやつじゃん! 今西暦何年だと思ってんだ!!?」

「あら、失礼ですね。合理的な判断に同意を示すようになった、と言ってもらえる?」

「しかもちゃんと確信犯なのかよ……」


 お、終わってる……。

 何が終わってるって、これを許容してる学園と国が終わってる……。

 漏れ出た素直な感想は、霞のように宙へと舞って溶け落ちた。

 

「ああ、そうですね。折角ですから、相性診断の説明がてら実際にやってみましょうか」

「は? 何を──」


 勝手なことを。と言う前に、ポロンと俺のスマホが鳴った。

 画面には【総合型相性診断開始】【対象:月之上月夜×三方ヶ原加波】と文字が並んでいる。

 顔を上げれば、モニターにそれが映っていた。「%」の左隣の数字が目まぐるしいスピードで変わり続けている。

 

「このように、学園から貸与されたスマートフォンであれば、相手を指名するだけで簡単に診断が始められます」

「で、十秒程度で結果が分かります、と……」

「おや、知識はあるようですね、その通り、こうしてすぐに、結果、が……」


 と、ここまで饒舌だった月之上副会長が、中途半端に言葉を区切り、黙り込んだ。

 グレーの瞳が大きく見開かれたまま、自身のスマホに釘付けになっている。

 何だ? と思いながらモニターを見て。


【月之上月夜×三方ヶ原加波】

【総合相性率:95.4%】


「────」


 絶句した。

 何なら教室中が、一瞬にして静まり返っていた。

 運命の相手と言えるでしょう──なんて馬鹿らしい台詞が脳裏でリフレインする。


【仮申請開始……自動受理 完了】


「い、いやいやいやいや! 待て待て待て待て! おかしいおかしい!」

「────あ、相性が90%を超えた場合は、自動で仮申請が処理、受諾されます。だ、だだ、妥当な結果、です」

「そっちも超動揺してんじゃん! どの辺が妥当なんだよ……!」

「こ、コホン! せっ、制度……そう、制度的に妥当です! それに……そう、数値はともかく、更生の準備は整いました──三方ヶ原くん!」


 無理矢理息を整えて、動揺を収めた月之上副会長が、既に崩れ気味なきりっとした表情で、俺を見る。


「一か月の観察過程を使用した、更生用特別実習を始めます。拒否権はありませんからね?」


 カメラのシャッターが響く音。

 ポロンポロンと通知が鳴り響く。誰かが早速桜SNSに上げたらしい。


 ちらと見えた、隣のクラスメイトのスマホには、「#95%を超えた男」「処女姫陥落」なんてハッシュタグが躍っていた。


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