第6話 残り5日を残しての決断
翌朝、目が覚めた時には、もう決めていた。
震える指でスマホを開き、近藤にメールを打つ。
件名:(なし)
本文:
『やらせてください。』
たった一言。でも、この一言に、全てを賭けた。
送信ボタンを押す。
三分後、返信が来た。
『了解。今日の午後3時、以下の住所に来い。詳細はそこで話す。』
添付されていた住所を見て、僕は目を疑った。
港区白金台。高級住宅街だ。
指定された場所へ向かうと、そこには白い洋館が建っていた。門には表札。
『美山』
理事長の、自宅?
インターホンを押すと、すぐに応答があった。
「斎藤みゆきさんですね。お待ちしておりました」
門が自動で開く。玄関まで続く石畳の小道。手入れされた庭。
ここが、私立聖ヶ丘女子学園の理事長、美山崇子(みやまたかこ)の家だった。
玄関で出迎えてくれたのは、五十代くらいの女性。落ち着いた雰囲気で、でもどこか威厳がある。
「初めまして。美山崇子です」
深々と頭を下げられた。
「あ、いえ、こちらこそ……!」
慌てて頭を下げる。理事長の方から、こんなに丁寧に。
「どうぞ、お上がりください」
通された応接室は、まるで美術館のようだった。壁には絵画。本棚には古い洋書が並んでいる。
「斎藤さん、この度は大変な役目をお引き受けいただき、ありがとうございます」
美山理事長は、静かに語り始めた。
「実は私、若い頃、ジャーナリストを目指していたんです。でも、時代が許さなかった。だから、今回のような企画には、とても共感するんです」
お茶を一口飲んでから、彼女は続けた。
「今の女子高生たちは、本当に面白い。でも、大人たちは彼女たちを正しく理解していない。商業的に消費するだけで、その内側を見ようとしない」
美山理事長の目が、僕を真っ直ぐ見つめる。
「あなたには、本当の彼女たちの姿を伝えてほしい。それが、私の願いです」
「……はい」
美山理事長は立ち上がった。
「では、早速ですが。私が経営している店舗で、制服の採寸を行います」
「店舗……ですか?」
「ええ。実は私、アパレル事業も手がけているんです。学校の制服も、そこで作っています」
車で十五分ほど移動した先は、表参道の静かな路地にある、小さなアトリエだった。
『Atelier Miyama』
看板には、そう書かれている。
中に入ると、数名のスタッフが作業をしていた。そして、マネキンには見覚えのある制服が――聖ヶ丘女子学園の制服が掛けられている。
「それでは、採寸を始めましょう」
ベテランらしい女性スタッフが、メジャーを持って近づいてくる。
「脱いでいただけますか? 下着だけで結構です」
「え……」
「正確な採寸には必要なんです。ご安心を、慣れていますから」
美山理事長が見守る中、僕は――
顔が熱くなる。
これが、始まりなんだ。
『斎藤みゆき』が、女子高生になる。
その第一歩が、今、始まろうとしていた。
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