第5話 返答まで残り6日



夜中の二時。眠れなかった。


ベッドに寝転がったまま、天井を見つめる。エアコンの音だけが部屋に響いている。


俺は半年前、大学時代から付き合っていた花奈(はな)と別れた。


表向きの理由は「お互いに仕事が忙しくなってきた」という、よくある建前だった。


でも、本当は違う。


本当は、そのずっと前から、俺の見た目が原因だった。


花奈は商社で働いていた。同期や先輩には、いわゆるハイスペック男子がゴロゴロいる。身長180センチ、高学歴、高収入、爽やかな笑顔――。


そんな連中と、俺を比べた時。


身長160センチ。童顔。女の子に間違えられることもある外見。雑誌ライターという、世間的にはパッとしない職業。


「みゆき、また間違えられたの?」


最初は笑っていた花奈の声が、だんだん笑えなくなっていった。


「ねえ、もう少し筋トレとかしたら?」


「髪型、変えてみない? もっと男らしい感じに」


「うちの会社の人たちと会う時、ちょっと……ごめん」


最後の一言が、トドメだった。


花奈は俺を、周りに紹介するのが恥ずかしかったんだ。


別れ話をしたのは、二月の寒い夜だった。


「ごめん、みゆき。私、もう無理かも」


「……そっか」


俺は何も言い返せなかった。


だって、わかっていたから。俺は、花奈が望む「男」じゃなかった。


それから半年。


仕事に打ち込んだ。取材に没頭した。記事を書き続けた。


でも、心のどこかで、ずっと思っていた。


『俺は、このままでいいのか?』


この見た目。このコンプレックス。


それを、武器に変えることはできないのか。


スマホを手に取る。近藤からのメールがまだ画面に残っている。


『女子高生に……なれるか?』


もし、この企画が成功したら。


俺の名前は業界で知られるようになる。フリーランスとしての道も開ける。月70万の報酬。四ヶ月で280万。


そして何より――


『俺のこの見た目が、武器になる』


花奈に見下されたこの童顔が。


周りに笑われたこの小柄な体が。


初めて、意味を持つ。


「……やってやろうか」


呟いた声は、誰にも届かない。


でも、その言葉は確かに、自分の耳に届いた。


窓の外は、まだ暗い。


夜明けまで、あと少し。


返答まで、残り6日。


俺の中で、何かが動き始めていた。​​​​​​​​​​​​​​​​

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