第2話 ミステリアスなメイド

 ***


 ふと意識が戻り、閉じていたまぶたを開ける。上下気品のあるベージュのスーツに身を包んでいるものの、髪の長さと色から推測するに、今の自分自身は『仮の姿』ではなく、綾瀬悠斗の姿に戻っているようだ。そして石畳の道路の真ん中で、悠斗は気を失って倒れていたらしい。建物の雰囲気からしてヨーロッパ大陸にある国のようだ。

 俺の記憶が正しければ、あのとき俺は、東雲に殺された筈だ。なのに、こうして生きている。それに……ここはどう見ても海外。俺が東雲の槍に斃れたのは日本国内だから、場所が明らかに違っている。と、言うことは……

 藤峰燈志郎氏の自宅前で、大魔王シャルマンに遭遇したのも、正体がバレて、幹部の東雲に殺されたのもすべて夢の中の出来事。それを理解した悠斗は心底安堵した。

 だけど、俺はなんでこんなところで気を失っていたんだ? それに……

「ここは……どこなんだ?」

 上半身を起こし、辺りをゆっくりと見廻みまわした悠斗、静かに歩み寄る誰かが、その問いに応じる。

「ここは、十九世紀後半のイギリスでございます」

「十九世紀後半の……イギリス?!」

 悠斗は驚愕すると、問いに応じた相手に視線を向けた。背が高く、スレンダーなメイドが、気取るような含み笑いを浮かべて悠斗を見下ろしていた。黒のロングドレスに白色のエプロンドレス、アップにした銀白色の長髪にホワイトブリムと容姿端麗の若き女性で、両手を後ろに組んだその姿は気品がある。

 マジかよぉ……

 驚きと動揺が入混じる表情をした悠斗の頭は今や、大混乱していた。

 イギリスはイギリスでも、十九世紀後半だと……? それに、日本語じゃなくて、英語が口から勝手に飛び出すし、この人の言っていることも理解出来る……なんだ? 俺の中で、何が起きているんだ?

「もしかしたら、夢でも見ているのかもしれませんね」

 頭が混乱している最中、両手を後ろに組んだまま微笑み、ミステリアスな雰囲気をまとって、その人は不意に口を開く。

「ここは、現実と幻影が入り混じる、不思議な世界ですから。現実しか存在しない世界の人間からすると、単なる夢物語に過ぎません。なので、あなたはまだ、夢の中にいるのかもしれませんよ」

「だといいけど……」

 ようやっと、頭の混乱が鎮まり、冷静さを取り戻した悠斗は平静を装い、返事をすると、

「あんた、何者だ? 俺に話しかけてくるってことは、ただの人じゃないよな?」

 何気なくそう尋ねた。平静を装う悠斗の鋭い問いに、含み笑いを浮かべて、その人はこう返答する。

「あなたは余程よほど、鋭い勘をお持ちでいらっしゃる……ならば、このまま何も言わなくとも、私が何者なのか、すぐに察しが付くでしょう」と。

「えっ……教えてくれないの?」

「私が何故、あなたに教えなければならないのです? これほどまでに鋭い勘をお持ちならば、私が何者なのかくらいご自身で判断出来るでしょう? それとも、ご自身はただの人間だから何も分からないと仰りたいのですか?」

 そう言って、薄ら笑いを浮かべて嘲るその人は、悠斗が思っている以上に意地悪だった。


「どうした、ロザンナ」

 おしゃれなオレンジ色のリボンで装飾した黒いハットとマントを羽織り、無愛想な顔をした美青年がこちらへと歩み寄って来る。色白のその人は、まるで人形のように美しかった。

「何か、あったのか?」

「黒髪の若い男性が……ここで倒れていたので」

「若い男性……」

 青年はふと、ロザンナの足元に目をやった。すると、つやのある黒髪に茶色の目をした若い男性の姿がそこにあった。

「怪我をしているな」

「この程度の怪我ならば、簡易式かんようしき の救急セットで間に合うかと……」

「そうだな。ロザンナ、怪我の手当をしてやれ」

「承知しました」

 こうして悠斗は、通りすがりの通行人の手により、右膝に負った擦り傷の手当をしてもらったのだった。


「なんだか、悪いな……」

 おもむろに屈み、手際よくも丁寧に包帯を巻くロザンナに、ばつが悪そうな顔をして、右膝に負った怪我の手当の礼を述べると悠斗は、

「怪我の手当をしてくれたお礼に、俺に何か手伝わせてくれよ!」

 すぐそばで佇む黒マントの青年の方に視線を向けるとそう言った。

「生憎だが、きみに手伝ってもらうことは……」

 黒マントの青年はそう言って断ろうとした時だった。不意に俯いた悠斗が出し抜けに口を開いたのは。

「あんた、貴族だよな? それも結構有名で……闇にも繋がっている」

 それを耳にした青年の、仏頂面に笑みが浮かび、気取った口調で問いかける。

「この私が……闇に繋がっているように見えるか?」と。

 悠斗は俯いたまま、淡々と返答。

「ここはロンドンのスラム街……その中でもとりわけ、闇社会に属する人間が集う場所だ。まっとうな貴族ならまず、足を踏み入れない」

 そこで顔を上げた悠斗は、黒マントの青年を鋭く見据えるとこう言葉を付け加えた。

「そんな場所に、使用人を連れて歩いているってことは、闇に属する人間の可能性が高いってことだよな」と。

 顔色ひとつ変えず、青年は声の調子を保ちながらも返答。

「そうとは、限らないだろう? 単に、道に迷っただけかもしれない」

「ならなんで、俺を町の病院に連れて行かなかったんだ? 普通ならまず、程度はどうであれ、怪我人を病院に連れて行く筈だ。なんの面識もない、見ず知らずの他人ならなおさら……それをしなかったのは、それなりの理由があるからなんだろう?」

 なおも訝る悠斗に、黒マントの青年は険しい表情になると問いかける。

「きみは一体……何者だ?」と。

「俺の名は、荒巻雄馬……ただの探偵だよ」

 そこで悠斗は初めて名乗り、自身が探偵であることを明かした。

 本当は、VILLAINBUSTERSヴィランバスターズの綾瀬悠斗なのだが、ここはあえて正体を隠し、私立探偵、荒巻雄馬と偽ったのである。

 その後、ヴィアトリカ・ビンセントと名乗った貴族の青年改め、お嬢様と家政婦長ハウスキーパーのロザンナ・ワトソンとともに行動をすることになった悠斗は、主人に仕える使用人としても、すべてにおいて完璧だが毒舌で、狡猾なロザンナに翻弄される日々を過ごすことになる。

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