第16話

 スティールハートは黒鉛るつぼを抱えながら虚空を睨みつけていた。闇雲に同じことを繰り返しても今ぶつかっている壁を打ち破ることは難しい。それは分かっている——分かっているのだが、考えうる手段はすでにすべて試していた。


 すると来客を示すUIが表示される。そういえばシャドウブレイドから連絡を受けていた。


「スティー、ちょっと届け物があるから、開けてくれるかにゃ?」

 ほいっぷるん♪の声に応えて、彼は工房の扉のロックを解除した。


「……邪魔するぞ」

 シャドウブレイドはそう言って中に入ると、スティールハートの姿を見て眉根を寄せた。


「ずいぶんと疲れた顔をしているな……どうしたのだ?」

「いや、ウーツこうを作るために、このるつぼを壊すかどうか考えてたんだ。結構高いからな」

 シャドウブレイドの問いにスティールハートが答える。


「ウーツこうってにゃに?」


「古代インドで作られていた伝説的な鋼鉄だ。ダマスカスこうとも言う。こいつを作るには鉄や炭素以外にもバナジウムなどの微量元素が必要になるんだが、ラッキーなことに、製鉄まつりで作った海綿鉄には必要な元素が含まれていたんだ」


 ラッキーという言葉を使っている割には、スティールハートの表情は冴えない。


「壊すのですか? 溶けた鉄を鋳型に流し込めば良いのでは?」

 ドーマンが尋ねる。


「普通の鋳造ならな。だがウーツこうは違うんだ。溶かした後に、るつぼの中で気の遠くなるような時間をかけて、ゆっくりと冷やし固めなきゃならない。そうすることで成分が結晶化して、あの美しい模様が生まれるんだよ」


「なるほど……。中で完全に固まってしまう、と」


「ああ。だからインゴットを取り出すには、外側のるつぼを壊すしかない……が、実はすでにウーツこうを使った試作品をいくつも作っていてね」


「今までと同じやり方を踏襲しても最高傑作は作れないということですね?」


 ドーマンの問いに、スティールハートは無言で首肯する。


「フッ……それならば朗報があるぞ。鋼大蛇ダマスカス・サーペントの牙を持ってきた」

 シャドウブレイドはそう言うと、牙をスティールハートに手渡した。


「こいつは……素晴らしいはがねだ! 伝統的なウーツこうとは違い炭素量の異なる鋼鉄が積層構造になっているようだな。これはむしろ折り返し鍛錬をしないで、そのまま使ったほうが良いかもしれん……。そうだ! これを側鉄に使って四方詰しほうづめで作れば!」


 スティールハートはそう叫ぶと、鋼大蛇ダマスカス・サーペントの牙を抱えたまま嬉々として火床ほどへと向かっていく。


「……その前に、進捗状況を訊いてもいいか?」

 シャドウブレイドが鋭い調子で尋ねるとスティールハートの動きが止まった。


「え?」

「依頼した刀の進捗状況を教えてくれ……。別に急かすつもりはないが気になってな」


 シャドウブレイドがそう言うと、ドーマンが口を開いた。


「ロングソードが売れた後も、A-の武器や道具をすでにいくつかオークションに出してましたよね。合計で三つほど。もっと良いものが出来ていても不思議はないと思いまして……」


 スティールハートは暫くのあいだ無言で床を睨みつけていたが、やがて意を決したかのようにシャドウブレイドの顔を見ると、そのまま床に土下座した。


「すまん! Sランクの武器を作ると大言壮語を吐いたというのに未だに作れていないんだ。だが……この素材があれば……ひょっとしたら……だからもう少し待ってくれ!」


 スティールハートは、床に置いた鋼大蛇ダマスカス・サーペントの牙を見つめながらそう言って、頭を床に擦り付けるようにして懇願した。


「ちょっ、ちょっと待つにゃ、スティー。Sランクは作れなくて当然にゃ」


 ほいっぷるん♪がそう言うと、スティールハートは、きょとんとした顔をして彼女を見た。言葉の意味を理解すると、悲しみとも怒りとも判定しがたい感情が沸き起こってくる。


「なぜだ!? 俺の力量ではSランクは無理だというのか?」

 スティールハートは顔を引きひきつらせてそう叫んだ。


「……『製鉄まつり』のすぐ後に運営から重要事項の通知が来ただろう?」

 シャドウブレイドがそう言うと、スティールハートは床に正座したまましばらく考え込んだ。


「さぁ? ……通知は完全にオフにして、鍛冶に没頭してたからな」

 スティールハートは両腕を組んで考え込んだが、まったく記憶にない。


「Sランクの武器を作るには、S級ダンジョンの主である四大龍王から得られた素材が必要だという通知だったんですよ。しかもその直後に、四つあるS級ダンジョンはすべて、大規模クランが占拠してしまった。実質、一般プレーヤーはSランクに手が届かない仕様になったわけです」


 ドーマンが状況を説明する。


「つまり……俺が今持っている素材ではSランクの武器は絶対に作れなくて、どんなに頑張ってもA+が限界……ということなのか?」


 三人が同時に頷くと、スティールハートは一瞬呆けた顔をして、それから立ち上がって大笑いする。


「ハハッ! そうだったのか! いや、おかしいと思ったんだよ。……。ハハハハッ! なるほどね!」


 スティールハートは手を叩きながら大笑いした。まさか、今まで悩みに悩み抜いた事の原因がそのようなことだとは思いもよらなかった。創意工夫をこらせばSランク武器が作れると信じ、あの手この手と様々な手段を講じてきたのだ。


「……で、Aランクの刀は出来たのか?」

 スティールハートの笑いが収まるのを待ってシャドウブレイドが尋ねた。


「ああ、できたよ」

 スティールハートはあっけらかんと言い放つ。


「なな、なんだと!? なんで知らせてくれなかったんだ?」

 彼女はスティールハートに駆け寄ると、彼の両肩を掴んで前後に揺らしながら言った。普段はクールなシャドウブレイドが、ひどく興奮している。


「いや、AランクなんてものはSランクに至るまで試作品みたいなものでな……。わざわざ人に見せるまでもないだろうと思ってたんだ」


「Aランクが試作品だと!? けいには常識が通じないな! ……まぁ、いい。とにかく見せてくれ!」


「Aランクが良いのか? でもどうせだったらA+のほうが良いだろ? 三振りあるから好きなのを二振り持っていってくれ」


 スティールハートはこともなげにそう言い放つと、部屋の隅の倉庫まで歩いていき、中から三振りの打刀を取り出して作業台の上に置く。


「依頼された通り刃長はちょう70cm前後の刀を作った」


 シャドウブレイドは脱兎のごとく駆け出すと、刀をさやから抜いて食い入るように一振りずつ眺めていく。


「な、な、なんと……A+ランクが三振り……この世界に現存する最高の刀が三振りも。……信じられない!」


 シャドウブレイドは呟いた。傍目で見ても鳥肌が立っているのがわかる。まるで魂が吸い寄せられたかのように、目を見開いて刀の肌や刃文をくまなく観察している。


 しばし無言で熟考してから、シャドウブレイドは反っているもの一振りと、一番長くて反りが小さく長いものを一振り選んだ。


「右で斬りつけ、左で防ぐ」

「左で崩し、右で絶つ」

 そう呟きながら、彼女は工房の中で仮想敵を相手に剣の舞を見せる。


 右手に握るのは、備前伝の最高峰『長船兼光おさふねかねみつ』を彷彿とさせる一振りだ。身幅みはばが広く、腰元で強く反り上がったその刃は、遠心力を極限まで乗せた斬撃を生み出す。刃文は華やかな『片落かたお』だ。


 対して左手に握るのは、相州伝の正統『貞宗さだむね』に通じる一振りとなった。こちらは反りが浅く、直刀に近い。硬い地鉄に『直刃すぐは』を焼いたその刀身は、鎧の隙間を縫う鋭い刺突しとつと、敵刃を受け流す強靭な防御に適している。


「おおっ」

 スティールハートは思わず感嘆の声を上げた。


 通常、二刀流といえば長短の二本を使うものだが、彼女の恐るべき膂力と体幹は、重量のある本差ほんざし二振りをまるで指揮棒のように軽々と操ってみせた。凄まじく疾く、そして美しい。これほどの戦士に使ってもらえるというのは光栄なことだ。


「……オークションに出したらどんな値がつくのか想像もつかないが、一振りで一千万は下らないだろう。だが、私にはそれだけの金を工面するあてがない」


 シャドウブレイドは沈痛な面持ちでそう言った。


「金はいらない。あんたは命の恩人だし、もともとあんたが投資してくれたおかげで作れたんだ」

 スティールハートはあっけらかんとそう言った。


「いや、そうはいかん。一方的に恵んでもらうことなどは望まん。けいはまるでわかっていないのだ、自分が作ったものの価値を!」


 シャドウブレイドがそう反駁はんばくする。スティールハートはしばらく考え込んでいたが、やがて重々しく口を開いた。


「シャドウブレイド……あんた『よう』って言葉を知ってるかい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る